【第4話③】いこい亭の紹介状
会計という名の死刑執行を終えて、噴水前のベンチに戻った。
財布の中身は、見事に空っぽ。
残ったのは、例の縁起物の石ころが、ぽつんと一個きり。
「……お前だけだよ、俺の味方は」
石ころは、当然、何も言わない。
ただ、握ると、相変わらず、ほんのり手になじむ。
それだけが、今の俺の、ささやかな慰めだった。
メロンは定位置にどっかり腰を下ろし、食後の休憩態勢に入る。
どうやら「広場担当警備員」の任務を再開したらしい。
「ひひっ。そんな死んだ顔すんなって。尊厳拾いしたんだ、安いもんだろ?」
「拾った尊厳の代金が、全財産なんだけどな」
「等価交換ってやつだな」
「錬金術に俺の尊厳を巻き込むな」
メロンは笑って、それから頬杖をついて、横目でこっちを見た。
「まぁ、これで当分は爆発しねぇだろ。……だけどよ。アタシだって、いつもお前のそばにいるわけじゃねぇ。何日か目を離しただけで、今日みたいに手遅れ寸前だ」
「うっ……」
「ぼっちのお前には、アタシ以外の安全弁が要るんだよ。……しかたねぇ。とっておきの場所を、紹介してやる」
メロンはふところから、くしゃくしゃの羊皮紙を引っぱり出すと、俺の胸にぐいっと押し付けた。
【システムメッセージ】
ああああは『いこい亭の紹介状』を手に入れた!
半透明のウィンドウが、いつもより少しだけ、はっきり見えた気がした。
「いこい亭って……お前が、ほぼ出勤してない、あそこか?」
「『ほぼ』は余計だ。月に何回かは顔出してる」
「……月に何回か、で雇用が続く職場、初めて聞いたぞ」
「うちはな、ただの飲食店じゃねぇんだよ」
メロンは頬杖をついたまま、にやりと笑った。
「この街で唯一、神様公認で、汚染値ってやつを安全に下げられる、お助け施設も兼ねてんのさ。教会よりよっぽど、人を救ってるぜ? ……男の尊厳って意味でも、な」
「そんな大事な施設だったのか、あそこ……」
いこい亭。表通りにある、ちょっと高そうな飲食店。
値段が怖くて、一度も入ったことのない店。
まさか、あそこが、この理不尽システムへの公式対策施設だったとは。
メロンは、にやにやと俺を見た。
「この数ヶ月、お前のことずーっと見てきたけどよ。お前ってほんとーに、見てらんねぇくらいの、ぼっちだよなァ。その紹介状を見せりゃ、中に通してもらえる。ついでに……長年の、ぼっち卒業のチャンスかもな?」
「余計なお世話だ……と、言いたいところだが」
あのMマークと、さっき広場で散々おどされた『女の子デビュー』の四文字を思い出すと、強がりは引っ込んだ。あれは、本当に、洒落にならない。
「で、だ。例の衰弱事件、調べる依頼を受けてんだろ? だったらなおさら、まずはそこに顔を出しときな」
「……いこい亭に?」
「ああ」
俺は、ギルドで聞いた話を思い返した。
若い男が、ふらりと衰弱して、ばたりと倒れる。
記憶も、ごっそり抜け落ちる。
妙なのは――倒れてた場所が、てんでバラバラなことだ。
薄暗い路地裏。
人気のない街外れ。
共通点なんて、ぱっと見、どこにもない。
「倒れてた場所、調べてはみたんだ。けど、見事にバラバラでさ。法則がまるで見えない」
「ひひっ。そのバラバラってのが、案外、ミソなのかもなァ」
メロンは串の先で、宙にくるりと小さな円を描いた。
やけに、意味ありげに。
「汚染値絡みの施設にはな。汚染値絡みの客と、汚染値絡みの噂が、勝手に集まってくる。担ぎ込まれた男の話も、な。バラバラに見える点と点も、あそこで噂を拾ってきゃ、そのうち線になるさ。調べるなら、いこい亭が一番の近道だ」
「……なるほど。それに、さっきお前が広場で言いかけてた、あの『バグ』ってのも――」
「さあな。そういうのは、自分の目で確かめるもんだ」
メロンは、緑の瞳を一瞬だけ、ここではないどこか遠くへ向けて――それから、にっと、サメみたいな歯を見せて笑った。
「――まあ、せいぜい、がんばりな!」
はぐらかされた。
こいつは、肝心なところでいつもこうだ。
何か知っているくせに、全部は言わない。
こっちが自分の足で踏み込むまで、半歩先でにやにやしている。




