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【第1話】勇者の名前は「ああああ」

 ピロリロリン――♪


 夕焼け色の空に、ドット絵のハートがぷかぷか浮かんでいた。


 古びた城。丘の上には、勇者と姫。画面いっぱいに、ピンク色のロゴが躍る。


『❤ラブゼククエスト❤ ~恋と冒険のファンタジーRPG~』


 ……今思えば、この時点で気づくべきだった。


 大学の帰り道、リサイクルショップのワゴンの底で埃をかぶっていた一本。お値段、百円。圧倒的にダサいタイトルに、「恋と冒険の」という妙に不穏な売り文句。値札のシールは半分はがれかけて、嫌な予感しかしない。


 完全に、ネタ枠だった。


 軽い気持ちで「はじめる」を選ぶ。


『名前を入力してください。』


 画面が切り替わる。背景はなぜか酒場。鎧姿の、腹の出たおっさんが、キーボードに突っ伏して居眠りしている。壁には「GAME OVER」の看板。


 ……演出の意図が、まるで分からない。


 まあいい。俺はレトロRPGの伝統と様式美に則り、粛々と入力した。


 あ。

 あ。

 あ。

 あ。


 決定。


 ほんの出来心だった。誰だって一度はやる。勇者ああああ。戦士いいいい。魔法使いうううう。そういう、くだらない遊びだ。


 ――次の瞬間。


 画面が真っ白に発光し、俺の意識は、ぷつりと刈り取られた。



────────────────



 気がつくと、雷鳴轟く神殿にいた。


 崩れかけた石柱。荒れ狂う、紫紺の空。祭壇の上に、白いトーガをまとった金髪の大男が、仁王立ちしている。


 筋肉。とにかく筋肉。トーガが今にもはち切れそうだ。


 なのに頭のてっぺんからは、もふっとした獣の耳が生えている。顔つきも、どこか獣じみていた。


 神々しいのか、暑苦しいのか、判断に困る。


 そいつは杖を高々と掲げ、俺をビシッと指差し、やけにイイ声で言い放った。


「うむ。よりにもよって、こんな適当な名の者に、世界の運命を託すことになるとはな……。さあ、行くがよい、勇者ああああ!」


「……いや、待ってくれ」


 待て。本当に待て。


 「あ」を連打したのは、確かに俺だ。それは認める。だが、入力画面で滑った冗談を、一生背負わされる筋合いはない。


「せめて名前だけでも変えさせてくれ! イニシャルAとか、それっぽいやつでいいから!」


「ならん。神聖なる契約は、すでに結ばれた。汝の魂には、『ああああ』の名が刻まれておる」


「刻むな! そんな雑な彫り物があるか!」


「うむ、よい声量だ。勇者の素質を感じるぞ」


「話を聞け、筋肉ッ!」


「ワシは愛の神ゼクク。この世界の愛と運命を司る、偉大なる――」


「愛の神が雷バリバリ鳴らすな! 完全に管轄違いだろ!」


 だが、俺のツッコミは、雷鳴にかき消された。


 ゼククは満足げにうなずき、太い指を一本、立てた。


「最後に、餞別だ。よく聞け、勇者ああああ」


「お、ようやく説明か」


「たとえ汝が筋金入りのぼっちであろうと、案ずることはない」


「初対面の神にそこまで言われたくないんだが」


「この世界では、いずれ汝も愛される」


「……は?」


「愛され、求められ、逃げられぬほどに包まれるであろう」


「今、最後だけ妙に怖くなかったか?」


「ぬはは。すべては愛よ!」


「便利な言葉で説明を終わらせるな!」


「では行け、勇者ああああよ。汝の冒険に、愛のあらんことを」


「待て! 説明! チュートリアルは!? せめてチート装備のひとつくらい――」


 視界が、真っ白に染まった。


【システムメッセージ】

 『ラブゼククエスト』を、はじめます。

 チュートリアル……なし。

 初期装備……なし。

 ヒント……なし。

 幸運を、お祈りします。

 (※神さまは、説明をしてくれません。わたしも、あまり、しません。)



────────────────



 ……というのが、数ヶ月前の話である。


 あの獣顔の神。いつか必ず探し出して、一発、殴らせてもらう。愛の神なら、それくらいの愛は受け止めろ。


 そして、現在。


 俺は剣と魔法の異世界で、「勇者ああああ」という名を背負わされながら、ひとつだけ確信している。


 この世界は――たぶん、まともなRPGではない。


 名前は変えられない。神は暑苦しい。物価は理不尽。


 そのうえ、最近、たまに、わけもなく体が重くなる日がある。立ちくらみがして、やけにだるい。働きすぎか、それとも、ただの栄養不足か。


 ……まあ、深くは考えない。


 俺は前世から、筋金入りのぼっちだ。誰ともつるまず、目立たず、ひっそり生きる。それが性に合っているし、それでこそ平穏ってもんだ。


 ひとりは、気楽でいい。


 ――その「ひとり」が、この世界でいったい何を意味するのかを、この時の俺は、まだ、ちっとも分かっていなかった。


挿絵(By みてみん)


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