表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の魔法使い暗殺者  作者: 日神ラーメン
第1章:プロローグ
PR
1/5

第1節:ようこそ、異世界へ

店内に電子音が鳴り響く。


「キュイン! キュイン!」


派手な演出音に混じって、無数の銀玉がジャラジャラと受け皿へ流れ落ちる音が響く。


タバコの煙が天井付近に薄く漂い、独特の匂いが店内に充満していた。


俺はパチンコ台の前に座り、煙草をくわえながらぼんやりと液晶画面を眺めていた。


画面の中では派手な演出が繰り返されているが、もう期待する気力もない。


財布を開いて中身を確認する。


残っている紙幣はわずかだった。


(今日も二万円突っ込んだか……)


小さくため息を吐く。


(どうせまた負けだろうな)


三十代半ば。


独身。


仕事はそれなりに順調だ。


生活に困っているわけでもない。


だが休日になると、気づけばこうしてパチンコ屋に来ている。


特別な夢もない。


熱中できる趣味もない。


ただ、何となく時間を潰しているだけの人生だった。


その時だった。


胸の奥に鋭い痛みが走る。


まるで心臓の内側に針を突き刺されたような感覚。


「……っ!?」


息が止まった。


煙草が指先から滑り落ちる。


次の瞬間。


激痛が全身を駆け巡った。


「ぐっ……ああぁぁぁっ!!」


心臓を巨大な手で握り潰されるような痛み。


視界が白く弾けた。


椅子から転げ落ちる。


床に叩きつけられた俺は胸を押さえながら必死に呼吸をしようとする。


だが空気が入ってこない。


「いっ……痛てぇぇぇぇぇぇぇ!!」


冷や汗が滝のように流れ落ちる。


耳鳴りが鳴り響き、周囲の音が遠くなる。


ざわつく客たちの声が聞こえた。


「おい! 誰か倒れたぞ!」


「店員呼べ!」


「救急車だ! 早く!」


何人かが駆け寄ってくる。


誰かが俺の肩を揺さぶっていた。


だが、その感触すら徐々に遠ざかっていく。


視界の端から黒く染まっていった。


(ああ……)


意識が沈んでいく。


(これ、やばいやつか……)


それが最後だった。


俺の意識は深い闇へと飲み込まれた。


◇◇◇


どれほどの時間が経ったのだろう。


ふわりと意識が浮上する。


まるで深い水底から水面へ浮かび上がるような感覚だった。


「……ん?」


重たいまぶたを開く。


目の前に広がっていたのは見知らぬ景色だった。


石畳の道。


赤い屋根が並ぶ街並み。


白い壁の建物が整然と並び、遠くには尖塔が空へ伸びている。


爽やかな風が吹き抜けた。


どこからか焼きたてのパンの香りまで漂ってくる。


まるで中世ヨーロッパを再現した街並みであった。


いや、それ以上だった。


道行く人々は映画やゲームで見るような格好をしている。


腰に剣を差した男。


杖を持つローブ姿の老人。


籠いっぱいの野菜を抱えた女性。


その誰もが自然にこの風景へ溶け込んでいた。


「……は?」


思わず間抜けな声が漏れる。


何度見渡しても日本らしいものはどこにもない。


電柱もない。


自動車もない。


スマホを見ながら歩く人もいない。


慌てて自分の身体を確認する。


パーカー。


ジーンズ。


スニーカー。


見慣れた格好のままだ。


だが――


周囲の視線が妙だった。


通行人たちが足を止めてこちらを見ている。


好奇心。


警戒。


そして嫌悪。


様々な感情が入り混じった目だった。


(いやいやいやいや……)


嫌な汗が背中を伝う。


(やべぇだろ、これ)


明らかに浮いている。


まるでコスプレ会場の真ん中に私服で放り込まれたような違和感だった。


どうすればいいのか分からず立ち尽くしていると、人混みの奥から一人の少女が現れた。


年は十六、七歳ほど。


茶色の髪を高い位置でポニーテールにまとめている。


引き締まった身体つき。


鋭い琥珀色の瞳。


少女は迷うことなく人混みをかき分け、真っ直ぐ俺の前まで歩いてきた。


そして。


ビシッ!


勢いよく俺を指差した。


「お前――魔法使いだな」


「……は?」


意味が分からない。


だが、その一言で空気が変わった。


ざわり。


街全体が波打ったような感覚。


人々が一斉に後ずさる。


さっきまでの好奇心混じりの視線が消えた。


代わりに現れたのは純粋な恐怖。


そして憎悪だった。


「魔法使いだ!」


誰かが叫ぶ。


それを合図にしたかのように怒号が飛び交った。


「捕まえろ!」


「街に入れるな!」


「殺されるぞ!」


「近づくな!」


敵意が四方八方から押し寄せる。


俺は思わず一歩後ろへ下がった。


(ちょっと待てぇぇぇぇぇ!!)


何なんだよ魔法使いって!


俺はただ目を覚ましただけだぞ!?


異世界転生したと思ったら、いきなり指名手配扱いなんだが!?


混乱する頭のまま。


俺は気づけば走り出していた。


◇◇◇


石畳を蹴り上げる。


全速力だった。


背後から怒号が追いかけてくる。


「殺せぇぇぇぇぇ!!」


「逃がすな!」


「魔法使い裁判所へ突き出せ!!」


何十人もの足音が街中に響き渡る。


俺は必死に走った。


なぜ追われているのか分からない。


この世界に来てまだ十分も経っていない。


罪を犯した覚えなどあるはずがなかった。


「ふざけんなよ……!」


肺が焼けるように熱い。


呼吸が苦しい。


だが止まれば終わりだということだけは理解できた。


曲がり角を何度も曲がる。


人混みを無理やり掻き分ける。


屋台を飛び越える。


それでも追手は離れない。


「いたぞ!」


「こっちだ!」


「囲め!」


声がどんどん近づいてくる。


(くそっ……もう駄目か……!)


その時だった。


路地裏の角から小さな手が飛び出した。


「お兄さん! こっち!」


振り向く。


そこには十歳くらいの少年が立っていた。


金色の髪。


透き通るような青い瞳。


人形のように整った顔立ち。


少年は焦ったような表情で手招きしている。


「早く! 見つかっちゃうよ!」


俺は一瞬迷った。


だが選択肢はなかった。


少年の後を追って路地裏へ飛び込む。


細い裏道を何本も抜ける。


曲がって。


走って。


また曲がる。


やがて追手の声は聞こえなくなった。


静寂が訪れる。


「はぁ……はぁ……」


壁に背中を預ける。


汗が止まらない。


心臓が破裂しそうなほど暴れていた。


「なんとか……助かったぜ……」


安堵の息を吐く。


異世界に来て一時間も経たずに処刑されるところだった。


俺は少年へ向き直る。


「ありがとうな。助かった――」


言葉が止まった。


少年が笑っていた。


その笑みを見た瞬間。


背筋が凍りつく。


子供らしい無邪気さはどこにもない。


獲物を追い詰めた狩人の笑み。


あるいは罠にかかった獲物を見下ろす捕食者の笑みだった。


「つ・か・ま・え・た」


ゆっくりと。


楽しむように。


少年がそう呟く。


次の瞬間。


少年の足元に青白い光が走った。


複雑な紋様が石畳の上へ広がる。


巨大な魔法陣だった。


「なっ――!?」


眩い光が路地裏を埋め尽くす。


反応する暇もない。


地面から無数の光が飛び出した。


蛇のようにうねりながら俺へ襲い掛かる。


「しまっ――!」


腕。


足。


胴体。


次々と絡みつく。


抵抗しようとしても遅かった。


完全に捕らえられた俺を見て。


少年の笑みはさらに深くなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
描写がとても精緻で分かりやすく、とても入りやすい冒頭でした。未知の環境に戸惑う主人公の描写と、それゆえに裏をかかれやすいという展開がリアルで良かったです。楽しく読ませて頂きました。
拝読しました。パチンコ屋での地味な日常から、死んで異世界転生→即「魔法使い狩り」に巻き込まれる展開の落差が最高に面白い! 少年の笑顔で一気にホラーじみた緊張感に変わるラストもゾクゾクしました。序盤から…
Xからお邪魔いたします。 文章が非常にスマートで読みやすく、視覚的な描写と心理描写のバランスが絶妙です。 ライトノベルやWeb小説のトレンドを抑えつつも、ダークファンタジーやサスペンスの緊迫感が漂って…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ