採掘
ユニオンマスターであるロアと、各ギルドのマスター達。
彼らの話し合いは、予想通り長引いた。
あまりにも情報が不足し過ぎていたのだ。
判断材料がないため、少しでも多くの情報を集める必要があった。
そこで最も活躍したのが、ロア……ではなくAIのIRISUだった。
IRISUは、この星を支配下に置いたAIだ。
そしてゲームの初期設定を再現してロアたちを蘇らせた前科を持つ。
中々、過激な思想を持っているのが分かる。
そんなAIに従うのは恐ろしいが、この星については誰よりも情報を持っているのは確かだ。
一方でロア達は無知と言っていいレベルで、この世界について何も知らない。
よってIRISUに頼る以外の道など無いのだ。
覚悟を決めた彼らは、毒を食らわば皿までとばかりに、IRISUの力を借りることにした。
IRISUとは、いくつかの方法でコンタクトできる。
簡単な情報交換ならシステム経由で済むが、詳細なものはサイバースペースに入らなければならない。
サイバースペースとは、電脳空間を指す。
ライフカプセルに入って眠ることでアクセスできる。
五感が完全に没入する仮想世界だ。
金属しかないこの星において、偽物とはいえ自然と触れ合える希少な場所であると言える。
※
【サイバースペース】
ロアは高台から広場を見下ろしていた。
広場はレンガ風のタイルで敷き詰められており、周囲には木々が茂っているように見える。
しかし木々は映像であり、触れることはできない。
そもそも広場全体が映像だった。
ここはサイバースペース内に作られた仮想空間。
全てが作り物だ。
風の感触も、日差しの温度も、空気の匂いも……。
しかし作り物でも感覚を完全に没入させるサイバースペースは、現実と大した違いなどない。
このサイバースペースは、限りなく現実に近い。
故に疲れも再現されるため、しばらく広場を眺めていたロアは疲れを感じ始めた。
近くにベンチがあったことを思い出し、そこに歩き出した。
しかし彼が目的地に着く前に声の主に足を止められることになる。
「ロアッち、久しぶりー」
嬉しそうな声で飛びついてきたのは少年?だった。
ロアも少年もゲーム内の姿であり、見かけは十代後半。
黒髪の美青年に栗色の髪をした美少年が抱きつく光景だ。
この光景をは腐女子的な思考をお持ちのお姉さま方が見逃すはずがなかった。
少年の名前はユレ。
髪型はショートボブで服装も動きやすそうなチノパンとTシャツ。
中性的な印象を与えるが実は女の子。
ゲームの時からなつかれていたが、抱き着かれた覚えはない。
これはゲームのシステム上、プレイヤー同士の接触は行えない仕様であったというのが大きいのだが。
現実となった今と、ゲームであった過去との大きな違いだ。
「ねぇ、ロアッち。宇宙船の方はいつから作り始めるの?」
それが目的かとロアは苦笑した。
ユレは、いわゆる工業系女子であり、機械に相当な興味を持っている。
「うん?ああ、そうだな。23区画の解体が終わって、材料が揃ったところだったかな」
各ギルドマスターとの話し合いで決まったことの一つが宇宙船の作成だった。
この星には資源が足りないので、星の一部を解体して素材に転用することになった。
宇宙船の作成は、工場に任せれば自動でやってくれるとIRISUが言っていた。
「ゲームの船が作れるのはいいけど、初期段階の船っていうのはちょっと残念だよねー」
「せめて3段階目くらいまで進化させて欲しかったな」
宇宙船を作れる状態だったのは、IRISUが調整したからだろう。
この星はゲームの初期段階に合わせてあるため、船のレベルも同じだった。
「まぁ、開発や研究を進めても、ゲーム通りに行くとは思えないけど……それが難しいところだな」
ゲームに似ているからといって油断してはいけない。
ここは現実だ。
色々な面で違いが出てくる。
少なくともロアはそう考えていた。
だが一部にはゲーム感覚でいる者もいることだろう。
現実に直面すれば考えを変えるとはおもう。
しかし全員が変わるとは限らないという懸念はあったが、今はうまくやれている。
「ねぇ、宇宙船を作っているところを見学したりできないかな?」
予想道理の要望だ。
相変わらずだと、ゲーム時代が懐かしく思える。
「工場はロボットしか入れないほど狭いけど、でも工場のカメラでライブ映像を見ることはできるのは確認できたか。見てみるか?」
「うん!」
今、考えるべきことは山ほどあった。
でも目を輝かせて頷くこの少女を見ていると、考える必要はあっても悩む必要はないと思えた。
※
この星には問題が山積みだ。
例えば宇宙船を作る必要があるのは、資源不足を補うためだった。
船の素材もそうだし、この星を動かすエネルギーも足りていない。
普通に暮らしていれば3ヶ月も持たないという試算が出ている。
だから蘇った人間のほとんどはライフカプセルで眠ってもらっている。
ライフカプセルで眠っていれば、最小限のエネルギーの使用で生命を維持できるからだ。
それにライフカプセルで眠った状態であれば、サイバースペースで暮らしてもらうこともできる。
この星のあちこちが、壊れていて空気が無いなどの危険な状態にある。
その割合は全体の4分の1ほどにも及ぶ。
危険地帯に足を踏み入れないようにさせるためにも、眠っていてもらう必要があった。
またライフカプセルで眠らせることには、別のメリットもある。
サイバースペースには、公園のような設備が多少ではあるが存在しているからだ。
現在、この星には娯楽がほとんどない。
ゲーム時にあったものは、星の状態が初期化された時点で大半が失われている。
サイバースペース内も同様だ。
それでも星よりもは、サイバースペースの方が公園などがある分だけ遥かにマシであるといえる。
特に訓練設備がある点は大きい。
こちらも初期化されてはいるが、無重力状態での訓練などは行うことが出来る。
また戦闘訓練も多少ではあるが可能だ。
この訓練の中で、特に良い成績を残せたものが宇宙船に乗るメンバーとなることが決まっている。
※
【サイバースペース】
すでに方針は決定している。
だが問題は山積みだった。
故に今もギルドマスターたちは話し合っている。
円形の金属質な机の中央には、この星とその周辺を映し出した立体映像が浮かんでいる。
ロアはその映像に目を凝らしながら眉間に皺をよせていた。
「……どうしたものか」
この機械の星は、自在に移動できる。
魔法文明の遺産とも言える機械と魔術の力で、力場を作って宇宙を漂うことで。
この技術を用いて求めたのはエネルギー源。
メインの動力炉を本格的に稼働させるために必要なのだ。
エネルギーは、物質を分解することで得る技術を持っている。
だが肝心の物質が見当たらなかった。
それなりの量を補わなければ、動力炉の本格稼働には至らない。
故に旅の中で得られる、宇宙を漂う僅かな物質程度では必要なエネルギー量には遠く及ばなかった。
だが、ようやく見つけた。
地球時間で半年以上も宇宙の旅を続けてようやく。
この機会を逃せば、次に同じようなチャンスがあるかどうか分からない。
採掘を行い、エネルギーや資源を確保するしかない。
「IRISUは小惑星帯である可能性が高いと言っていましたね」
そう呟いたのは、知的な印象を持つメガネをかけた男性のスヴェン。
この星を支配するAIであるIRISU。
過激なAIではあるが、最も情報を持っているのがIRISUであるのは確かだ。
対して彼らは、この星の周辺がどのようになっているのかの情報は全く持っていない。
判断は、IRISUが持つ情報に頼るしかないのだ。
「選択肢はない……か」
沈黙が支配する。
リスクの高さを誰もが理解していたからだ。
もしも自分たち以外に知的生命体がいた場合、その知的生命体が小惑星帯を領土としていた場合、トラブルの原因になりかねない。
いや、リスクはそれだけではない。
もっと根本的なリスクがある。
この星の誰もが、宇宙空間での作業経験など無い事。
IRISUの作った訓練メニューはこなしたが、それは管理された中での経験でしかない。
思わぬトラブルが生じて、手持ちの宇宙船などが失なわれる可能性は十分にある。
資源が希少な現状でそれはあまりにも痛い。
「船を失うことになったら俺のせいにしてくれ。それを理由に選挙をすれば、船を失った後でも住民はまとまるだろうさ」
沈黙を破ったのはロアだった。
失敗すれば間違いなく地位を失うだろう。
元お飾りリーダーのロアにとっては望むところではあるが、周囲がそう捉えることはない。
「いいのか?」
言葉を返したのは、逞しい体躯の男。
この場で、最も年齢が高く見える。
「これも俺の仕事だよ」
ロアは、場の空気を重くしないよう軽く笑う。
この場にいる者達は、自分達を気遣っての笑みであると捉えた。
しばしの沈黙。
ロアの覚悟を感じ取るも、誰も声を出せずにいる。
だからこそ、ロア自身が空気を換える必要があった。
「採掘の準備を始めよう」
彼の言葉と共に計画は次の段階に進み始める。
すでに宇宙船は完成している。
乗組員も決まっている。
しかし問題がある。
事前の調査が全くできないという点だ。
資源不足が最大の理由だが、それだけではない。
無人探索機などの調査用機器の設計図がこの星には存在しない。
詳しい人間もいるが、設計図が完成する前に星のエネルギーが尽きてしまう。
ある理由から人命は失われない。
しかし宇宙船は失われるリスクがある。
次の船を作る事を考えると、ギリギリの状態で資源の回収を行う羽目になる。
それすら失敗すれば、住人は全滅するしかない。
だが惑星帯を調査したとしても、今よりも詳細な情報を得るすべはないのだ。
故にリスクを冒してでも、彼らは挑戦するしかなかった。