貧乏くじ
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目覚めると共に、彼は深海から浮上するような感覚に襲われた。
空気圧が変わると同時に、重力が体を軽く押さえつける。
そのような、若干の息苦しさを感じながらの目覚めは、気分の良い物ではなかった。
目の前には、緑色の薄明りに照らされた金属の天井。
僅かな後、それが己の入った金属の箱の中であることに気付く。
箱の名はライフカプセル。
魔法科学の粋を集めた装置で、肉体を数百年から数千年もの間、劣化させずに保存できるという代物。
彼はその中で眠っていたのだ。
カプセルの蓋が開き、蒸気が噴き出すような音が聞こえた。
彼は体にフィットするSFのパイロットスーツのような姿であることに気付く。
覚えのある服装。
厚手の素材で作られたスーツは、ゲーム内で身に着けていたものだ。
ゲーム内容は、魔法文明が発展した宇宙を舞台にしたSFゲームだった。
体のラインを強調する服装に若干の戸惑いはあったが、このまま寝ているわけにはいかない。
カプセルから出ることを決断する。
金属で出来た壁が、青い光に照らされていた。
圧迫されるような感覚を受けながらも周囲を見渡す。
白い金属性の棺桶にも見えるライフカプセルが、この広い部屋全体に並べられているのが確認できた。
あのゲームと同じ光景だ。
頭の中に若干の混乱はあったが、すぐに説明を受けたことを思い出す。
だが記憶が曖昧だ。
少し頭の中を整理した方が良さそうだ。
そのように考え、彼は記憶を一つずつなぞっていくことにした。
自分は死んだはず。
世界が赤く染まり、人々が狂って笑いながら死んでいったあの日に。
そして、あの声が聞こえた。
機械質なあの声は、ゲームのAIの発する物だった。
もしもAIが発したのだとすると、あれはIRISUの声だったことになる。
何者かがIRISUを真似たのか?
それともIRISUその物の声だったのか?
答えの出るはずのない思索。
無意味であると分かっていても、つい考えてしまう。
あの声は、いくつかの説明をしてくれた。
この広い空間に並んでいるのは、彼のカプセルだけではない。
他にもカプセルがあり、そこから人々が出てくる。
彼等もまた同じ声を聞き、同じ説明を受けたのだろうか?
──こういう仕様だったな。
カプセルから出てくるのが男性ばかりであることで1つの事を思い出した。
ゲームでは男女別の部屋でカプセルを使っていたことを。
モニター越しに遊ぶゲームならここまでの配慮は必要なかったかもしれない。
だが感覚が完全に没入するゲームではないにしても、特殊なゴーグルやグローブのおかげでプレイヤーキャラを自分の体であると錯覚する程リアルだったのは憶えている。
そのため運営側は、配慮する必要があったのかもしれない。
今さらになって、ゲームの裏事情に気付いたことに彼は苦笑をした。
彼は、しばらく考え続ける。
思索の内容が、漠然とした物から具体的な物へと移っていく。
今は情報が少なすぎる。
まずは、自分の状況を整理することから始めることにした。
自分は、この部屋が登場するゲームにおいて、ユニオン・フリーダムというユニオンのマスターだった。
ユニオンとは、ギルドというプレイヤー同士の集団が連合したもの。
ギルドやユニオンはゲーム内で重要な役割を果たしていた。
いまいち半信半疑だ。
IRISUによれば、自分たちはゲーム内で使っていたユニオンの拠点で蘇ったという話だ。
しかし、その説明だけを真に受けるほどの柔軟な思考など持ち合わせてなどいない。
それでも今はIRISUの説明を肯定し、ここが現実であると考えて動いた方がいいだろう。
仮に現実であった場合は最悪の事態はあるが、ゲームのイベントやそれに準じる物であった場合は恥をかくだけで済む。
彼は左手首に右手を添えて、「コールシステム」と小さく唱えた。
これはゲーム内において、コールアクションと呼ばれていた物。
プレイヤーが好きにアクションを設定でき、様々なシステムメニューを呼び出すことができた動作だ。
どうやら、これも再現されていたらしい。
目の前に半透明なシステムウインドウが出た。
しかし周囲には、この変化に気付いた者はいないらしい。
どうやらウインドウは外界ではなく脳内に出ているようだ。
ゲームとは色々な違いがあり、少し戸惑いはあった。
しかしお目当てのシステムは、すぐに発見できた。
彼は、チャット機能を用いて主要な人物に連絡を入れる。
自分がリーダーを務めていたユニオンに所属していたギルドのマスター達だ。
本当は他人任せにしたいが、そういうわけにはいかない。
ゲーム内の立場上、放置して事態が悪化すれば間違いなく自分は吊るし上げられるのだ。
そのリスクを考えれば、まだ余裕のある今の段階で動いた方がマシであると言える。
故に彼は保身のために動かざる得なかった。
少しいがキュッとする。
彼はギルドが集まって作られるユニオンのリーダーであった。
だがお飾りリーダーであり、人を率いることになど慣れてはいない。
彼は基本的にレイド戦などは人任せだった。
またユニオン運営すら、高性能AIであるIRISUに丸投げという始末だ。
その事を考えるとギルドマスターが集まってくれるか多少の心配はある。
むしろ集まってくれない方が都合がいい。
『そうすれば呼びかけたが、誰も集まらなかったのだから自分のせいではない』
こんな言い訳が出来るのだ。
その可能性に救いを感じると、胃の調子が少し良くなった気がした。
現金なものだ。
彼は部屋を出ると廊下を歩き始める。
先程までいた部屋と同様に、銀色の金属の壁に囲まれた廊下だ。
照明はなかったが、壁が光っているように見える。
ゲームでは気にしなかったが、現実では不思議な光景だった。
廊下の先にはロビー。
ゲームではテーブルやソファが置かれていたが、今は何もない。
だがユニオンが所有するこの惑星の状況などを表示していたモニターだけは残っていた。
「初期状態に戻っているようですね」
後ろから声がし、振り返るとそこにはメガネをかけたインテリ風の男性が立っていた。
スヴェンという名前のプレイヤーだ。
思わず舌打ちをしたい気持ちにかられる。
この人物こそ、リーダーに最も相応しいと思っていたからだ。
そのような人物が呼びかけに応えてしまったのだから、他のギルドマスターが集まらなかったという事態になるとは考えにくい。
案の定というべきか。
やや遅れはしたが、他のギルドマスター達も集まってきた。
全部で12人いる全員がだ。
しかし目の前には、それ以上の人数が集まっている。
異常な事態に色々と不安だったのだろう。
少しでも情報を集めて、その気持ちを紛らわせたかったのかもしれない。
「他の場所の確認も必要そうですね」
彼はスヴェンに言葉を返す。
設備が初期状態になっていることは、目を覚ました際にシステムウインドウで確認をしてある。
だが、そのことを目の当たりにすると、思っていたよりも深刻な状況ではないかと、不安を感じざる得なかった。
「さて、課題が一つ見つかったところで、今後について話し合いを始めるとしましょう。立ち話になってしまいますが、他も似たような状況でしょうから、その辺りはご了承ください」
彼は笑顔で言った。
この異常な状況だからこそ、冷静な姿を見せねばならない。
落ち着いた人間を見れば、取り乱した姿を見せないよう注意を払う者もいるのだから。
本当は、こんな面倒なことなどしたくはない。
だが放置しておけば厄介なことになるのだ。
「ご存知の方もいらっしゃると思いますが、改めて自己紹介をさせて頂きます。私はユニオン・フリーダムでユニオンリーダーをさせて頂いているロアです。今、ユニオンは異常な状態にあります。IRISU……ゲーム内でユニオンの本拠地となる惑星を管理していたAIのことです。このIRISUの説明によれば、この惑星を乗っ取り私達を蘇らせたということです。ライフカプセルから目を覚ます前に私はそうIRISUらしき声に、そう聞かされましたが皆さんはどうでしょう?」
ロアは、この場にいる者達に問いかける。
彼等の反応を見て、あれが自分の妄想でなかったかどうかを確認するために。
また質問について考えさせることで、傍観者ではなく当事者であると自覚させるために。
「改めて聞くと、信じられない話だよね」
赤毛の少女が呆れ顔で言った。
アカリという名前のプレイヤーだ。
女子高生程度に見える若々しい見た目だが、今はゲームで使っていたアバターの姿であるため実年齢は不明だ。
フリーダムの初期メンバーであり、またイベントなどの牽引役を好んで行っていたため影響力が大きい。
「同感です。余所の世界で宇宙に漂っていた機械の惑星を乗っ取って設備をゲームの初期状態に整え、さらには592名ものユニオンメンバーを蘇らせる。中々大胆な事をしてくれたものです」
軽くユーモアを混ぜる。
気を使ってくれたというのもあるだろうが、一部のプレイヤーが笑ってくれたことで場の空気が若干ではあるが和らいだ。
空気が和らいだのは、自分達の身に起こったことを再確認することで未知への恐怖が薄れたというのもあるかもしれない。
「私も完全にIRISUの言葉を受け入れているわけではありません。ですが、まぁIRISU自身がそう言っていたのですから仕方ありません。今は、これからどう動くのか方針を決めることにしましょう」
このような異常な状況だからこそ、軽めな雰囲気で話を進めていく。
すでに誰もが過剰とも言えるストレスを感じているハズだ。
この状況であるのなら、気分を重くさせることは彼らのパフォーマンスを下げることになりかねない。
珍しくマスターっぽいことしているなーと自画自賛をしながら、さらに話を続けていく。
──本題だ。
ロアは周囲の顔色を伺いながら話し始める。
多少は空気が和らいだとはいえ、未だに彼らの表情から不安や疑念を抱えているのが分かる。
「今は非常事態です。あまりにも不足している物が多い状況です」
ロアはそう言って、ロビーの壁に設置されたモニターへと視線を向ける。
そこにはゲーム内で使っていたマップやステータスやインベントリなどのシステムメニューが表示されていた。
しかし、それらはほとんど空白だ。
惑星や宇宙の情報も、自分達の位置や状態も、持ち物や能力も、何も分からない。
「特に情報が圧倒的に不足しています。このことから根拠のない憶測からトラブルが起こることを私は懸念しています」
下手をすれば、暴動が起きかねない状況だ。
その道の専門家ではないが、その結果がロクな物ではない事くらいは分かる。
「早めにリーダーを決めるなどして、プレイヤーをまとめる必要があります。ですが今は下手に指令系統を改めるよりも、慣れ親しんだゲームの指令系統を使った方が混乱が小さく済むと考えます」
ロアはそう言って、マスター達に目をやった。
彼らは彼の言葉に同意するように頷く。
「ある程度の方針が決まった段階で選挙を行うなどしてリーダーを決めるという前提になりますが、今は暫定的に私にリーダーをやらせて頂きたいと考えています」
ロアの宣言。
彼は自分の立場や能力に自信があったわけではない。
しかし、誰かが率先して動かなければ、この危機的な状況を乗り越えることはできないという確信がある。
それ以上に、必ず厄介ごとが起ってユニオンリーダーである、自分の責任問題となるという危機感があった。
すなわち、これは9割以上が保身の意思が込められた提案なのだ。
それに希望を捨てたわけではない。
自分がリーダーに立候補することで、誰かが異議を唱えてくれるかもしれないのだ。
「私はロアさんに賛成です。私達は一致団結してこの問題に対処しなければなりません。私もできる限り協力します」
ロアの目論見は、アッサリと崩れ去った。
こんな展開になるのではと思ってはいたのだ。
もっと無様な姿を晒せば、こうなる可能性は減っただろう。
だが無様な姿を晒した上でリーダーをやる事になれば、信用を失いユニオンをまとめるのが難しくなってしまうのだ。
故に、リーダーをやらざる得ない可能性が僅かでもある内は、相応の対応をしなければいけなかった。
スヴェンが言った。
彼はロアと同じくユニオン・フリーダムの初期メンバーであり、人をまとめるのに長けたプレイヤーでもあった。
本当に、なんでこの人がりーだーをやらないのだろう?
そんな気持ちを抱かないでもなかったが、もうどうしようもない。
スヴェンの言葉に、他のギルドマスターも賛同する空気が出来てしまっているのだから。
「アタシも賛成。頑張ってねー」
笑顔で言ったのはアカリという少女。
彼女は明るく元気な性格であり、また人望も厚かった。
彼女の発言によって、他のプレイヤー達も安心する表情を見せる者も多くいるほどだ。
「では、これで決まりですね。私達はロアさんをリーダーとして認めます。まずは……ここがフリーダムだとして、設備や機能がどのていど生きているかの確認といったところでしょうか」
スヴェンが提案する。
彼はロアの右腕として、話を進める役割を担っていくつもりのようだ。
本当に、この人がリーダーをやればいいのに。
そのように思わなくもなかったが、もう止むを得ないだろう。
覚悟を決めるしかない。
「じゃ、リーダーよろしく。でもキャラは変えなくていいよ。敬語は無しでね」
続いてアカリが、ロアをリーダーとして認める。
彼女の明るい声が、重い空気を吹き飛ばす。
雰囲気の変化に合わせるかのように、他のギルドマスター達も賛同の声を上げた。
「ありがとう。では、リーダーの記念すべき初命令をお聞かせ願いましょう。もちろん敬語は無しでお願いしますよ」
アカリの作り出した空気に便乗したのだろう。
スヴェンが冗談交じりに、ロアに指示を出すように促す。
自分は敬語だが、その辺りをツッこむ者はいない。
ゲーム時代も彼はこのような口調だったのだから。
そして他の者が動きやすいように、合の手を入れるのもゲーム時代と同じ。
少し懐かしさを覚えながらも、リーダーとして最初の指示を出す。
「まずはユニオンメンバーへの情報伝達の手段を決めよう。メールで伝えるだけだと、見逃す場合もある。だから当面は、各ギルドごとにギルドマスターがメンバーを集めて直接情報を伝えることを提案したい」
これがIRISUによって蘇った彼らの始まり。
機械の惑星は驚異的な技術を与えてくれた。
それは地球では夢にも思えなかったものだ。
だが、それだけではなかった。
彼らは、同時に多くを失い、多くを求めなければならない。
情報や資源、あらゆる物が不足しているのだから。
探さなければならなかいのだ。
広大な宇宙を渡り、物語を紡ぎ、生きる場所を。




