黒いノート
目の前で転落したワゴン。
皆、信じられないような面持ちだった。
この状況は3度目。
しかも、最初に殺されたのは有村君に似た、久遠さん。
黒いノートに書かれた文章通りに、人が死んでしまった。
唯一の移動車両は崖に沈んだ。
スマホは圏外。
……あたし達は得体の知れない殺人犯によって隔離されたのだ。
何よりも。
何事も無かったかのように食事の準備をしているメイドさんが異質過ぎた。
「何のつもりだこんな時に」
今野さん、だっただろうか。
まるで機械のように食事を運んで来るメイドの姿に、同じく吐き気さえ覚えた。
「19時に夕食と、支配人が」
「マジそんな気分じゃないんですけど!」
「そうだな。まずは説明して頂こうか!」
「存じ上げません」
ギャル……佐久間さんがメイドさんの胸倉を掴み、怒鳴った。
「マジざけんじゃねーよ婆!」
「これは一体何なんだ!」
軽いパニック状態だった。
翔太は只管考えに没頭していた。
「皆様。楽しんでは頂けましたか?」
不快な声が聞こえた。
あたしは恐怖も覚えた。
「吉野翔太君」
え?
あたしは翔太を。
翔太は天井を見上げた。
何のつもりなの?
この犯人は。
「第1ラウンドは、私の勝ちだ。 ……さあ。私を止めてみなさい。その垢抜けたばかりの推理で」
そんな事したら、どうなるか分かってるの!?
「おい! お前のせいだったのか!」
翔太の胸倉が今野さんによって掴まれる。
止めようとするが、優子さんみたいに男を蹴り飛ばすなんて芸当、あたしには出来なかった。
「説明は君からして頂けるって事で宜しいんだよな!」
犯人の狙いは、翔太に疑いを掛けて障害を消すため?
何とは無い時に、トリックは連続殺人を最後まで実行する為と、翔太から聞いた気がした。
その上で、ノートに書いてあった止めてみて下さい……本当にまずい!
「いい加減にしろ!」
良く通る怒鳴り声。
2回目だった。
この声を聞くのは。
普段はただの変態お嬢様だけど、あの時はそう思っていなかったと、場違いな事を思い出した。
「私が説明させて頂きますわ」
楓さんの声が新藤さんともう1人の男の人を黙らせ、行動によって翔太の胸倉から今野さんの手を剥がした。
そして視線はあたしを見ていた。
「今の内に調べて来て頂戴」
頷くのも惜しかった。
あたしは翔太を連れて部屋を出ようとした。
女の人。
1人は頭を抱えて俯いていた。
ギャルの方は楓さんを今度は掴んでいた。
「マジふざけんなよ巻き込みやがって!」
「あら。ビビッてた貴女は、心当たりが逆にあるのでしょう?」
何も言えず、手を離したギャルを今度は楓さんは掴み返した。
「殺されても知らないわよ」
楓さんが味方で本当に良かった。
殺人予告状を出し、殺人を匂わせる発言を流して全員に疑いの目を俺に向けさせ、自分は悠々と連続殺人を実行する。
完全に犯人の手の上で踊らされていた。
しかも由佳と楓がいなかったら、俺は何も出来ずにどこかに閉じ込められている所だったかもしれなかった。
後で楓にはお礼を言わなければならないが、由佳にもあの時のお礼は言えていなかった。
電話越しにどれだけ勇気付けられたか。
由佳の顔がちょっとだけ気持ち悪くなったが、殴っては来なかった。
「時間が無いかもしれないわよね。何から調べるの?」
俺達は久遠夫妻の部屋に来ていた。
電気を点けると、荒らされた室内が露になった。
その中で、窓際に配置された机だけ綺麗なのが気になっていた。
あの時は人命優先だったから。
推理なんて、やれる時で良いから。
徐に机の右側の引き出しを開けた。
中には、縦になった状態の封筒があった。
そして引き出しの底にはそれがきっちり収まる溝。
なるほど。
この溝に嵌るように封筒ごと設置するのが、ここの収納法。
カードキーを取り出し、部屋の扉を閉めてカードキーを差し込む。
開錠に成功してしまった。
そしてここの鍵はオートロック。
と言う事は、どうやって久遠夫妻をここから連れ出した……か。
「どう言う事?」
改めて全員に着席して貰い、私は状況を説明した。
黒いノートに書かれていた殺人予告について。
そして全員に自己紹介をして貰った。
震えていた女性は華村都葉里。
事件の放送がされた時に、既に廊下にいた男性は御堂秋斗。
口の悪いギャルは佐久間光理。
呼び出された理由がまるで不明、翔太君のせいだとさっきから聞かない今野七哉。
そして新藤克人。
大半は遺産相続にも関わらず、お互いに面識が無い。
それでも遺産目当てで来るのは、分かりやすい人間の欲。
今野と佐久間が今の所理由不明。
そして華村はここに来て渡されたと言う。
メイドに確認をしてみれば、確かに渡した。
しかも名前入りのノート。
森田さんは帰るように言われたのと、何か違いがあるのだろうか。
取りあえず情報は後で翔太君に話すとして、まずはさっきから煩い佐久間と、翔太君のせいだとの1点張りの今野を黙らせる為、考えたくも無い説得方法を考える事にした。
翔太君の為でなければ、絶対にやらないと思う。
「予め眠らせるか殺しておけば、ガレージから転落した地点まではワゴンで直線距離。だけどそのためにはこの部屋に入る必要がある」
そっか。
1回開けられれば、鍵はドアを閉めるだけで掛けられるけど……。
「そう。中から久遠夫妻が出て来ない限り、こっちから開ける事は出来ない」
翔太は窓を開けた。
その下は崖。
窓からロープか何かを使って入るにしても、窓には割れた跡が無い。
たまたま開いていたなんてお粗末な理由、崖に面した状態では筋が通らない。
「だから今の所部屋に入れるとするなら、あの奇妙なメイド」
純粋に、あの人は怖い。
あの状況で拍手なんて、考えられない。
異常。
あの人は。
確かに。
この状況にいてあの人は異常なのは間違いない。
でもそれ以上に……。
「こんな時に拍手するなんて、異常だよ……」
ガレージを見回した。
地面に血痕。
なるほど。
ここで久遠夫妻が気絶させられたか殺された。
だとしたら確かに妙。
「でしょ? 料理の中に毒が入ってても不思議じゃないよ……」
何故時間ピッタリだったのか問題はそこ。
「え?」
由佳の話を聞いてなかった。
すまん。
素直に謝ると、殴られなかった。
コンプリートしているとしか思えない動物コレクションも出て来なかった。
自動的にワゴンを発進する事は可能だろうが、都合良く時間通りに出来るものなのか。
そこが問題。
それに、ノートの意味は何なのか。
残る断罪は3つ残っている。
断罪とは、罪を断る。
即ち罪が起きないように拒絶する。
誰も分かっていないのだ。
人の罪を消す事は出来ない。
正確に言えば、分かっているのに分かる事を拒絶しているのだ。
だから罪を消す為に血反吐を吐いてまで努力をしたがる。
清算する事が一番必要だと言うのにそうしないのは、きっと存在価値が関係していると考える。
だが、無駄なのだ。
もう、断罪は始まっているのだから。




