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カノウコウチク~吉野翔太の怪事件ファイル~  作者: 広田香保里
怪5 風舟村の再会
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決して伝わる事は無い

 刺される事の、冷たい痛みを知った。

刺さった直後の感情を知った。

殺人は、逃避だった。

被害者には、思いは伝わらない。

それで良いのかも知れない。

刺す側に、どれ程の感情があったとしても。

どうしてだろう。

犯罪を防いだ。

殺人を防いだ。

その筈なのに。

どうしてこんなにも虚しい気持ちになるのは。

知ってしまった。

何も残らない行為を防いだ所で。

達成感など。

得られない事を。

なら、俺は一体どうしたいんだろう。

分からなくなってしまった。

逃げたい。

所詮自分には関係無いと言って。

でも、加害者の気持ちをもう知ってしまった。

じゃあ、何をすれば良いんだ。

笑いがこみ上げてしまう。

正義は、こんなにも空っぽだった。



 警察の調査で、健文君の真後ろからボウガンの矢が飛んで来た事が分かった。

そして、櫓に仕掛けられたボウガン。

つまり、狙われたのは健文君の可能性が高かった。

そして礼をしたと同時に矢は発射されてしまい、軌道上にいた城川を庇って翔太が矢を受ける形となってしまった。

「こうなると、誰でも出来ますねぇ」

 翔太の容態はおっさんから聞かされた。

とりあえず良かった。

後でぶん殴っておくとして。

「な、何で俺が狙われるんですか」

「それは、これから調べる予定、ですねぇ。……それにしても、伝統的な風舟祭がこんな事になってしまうとは、ねぇ」

 古屋の言葉には僅かながらに怒りが込められているように感じた。

村が誕生して20年余り。

その中で起きた残酷な事件。

ずっと守り続けてきた者と、それを壊す者。

あたし達を病院に行かせなかった事からも伝わる思い。

あたし達。

いや、送魂の参加者全員の疑いが晴れない以上、今日中には開放される。

だから翔太に現場の状況を伝える。

故郷の村でこんな事件。

あたしだって許せなかったから。



 翔太からの電話がタイミング良く掛かって来てくれて良かった。

不気味なノートの事、翔太にも伝えて置いた方が良いと思うから。

あたしと楓さんに来たなら、翔太にだって届いている可能性が高いから。

電話に出る。

翔太の様子がおかしい事に直ぐに気付いた。

「あ。悪い。今大丈夫か?」

 今大丈夫なんて、普段確認さえしないのに。

何があったのだろうか。

今は帰省している筈。

「その……何だ」

 妙に歯切れが悪い。

畏まった態度。

……あれ?

も、もしかしてこれ……。

顔がにへらした。

「例えばの話、なんだけど」

 口下手なのは許す。

早く続きを聞かせて欲しい。

「犯罪を防ぐ事、辞めるって言ったら、お前はどうする?」

 ……。

浮かれていた自分を恥じた。

有村君の1件から、ずっと翔太なりに頑張って来たとあたしは思ってる。

それを、辞めたい?

例え話が嘘なのは直ぐに分かった。

勿体ぶっていた訳ではなかった。

本当に思いつめていたと恥じた。


 何があったか、聞かせてよ。


 静かに、言った。



 親友が殺人を犯した。

解決して、そんな事は二度と繰り返したくないと思った。

だけど現実はそうは行かなくて。

自分なりにやって行く中で、加害者の気持ちを知った。

何人かを救う事が出来た。

身を挺して救った結果。

痛みを知った。

でもそれは、加害者の気持ちじゃないと悟った。

痛みから気持ちは知り得ない。

殺人を防いだ俺に残ったのは、達成感でも何でもない。

ただ中身が無くなった缶ジュースだった。

こんな状況で、これ以上犯罪を防ぐ事の意味を見失った。

「……」

 由佳は黙って俺の話を聞いていた。

例え完璧に防げたとして、状況は変わらない。

加害者の殺意。

憎悪。

これらが無くならない限り。

犯罪は無くならない。

どうやってそれを可能に出来るのか。

……出来る訳が無い。

地球上全ての人間の気持ちを理解してしか、それは不可能。

身の回りの犯罪だけを防げば良い?

日常的に周りに起こる犯罪なんて無いのだ。

殺意を無くす事は、不可能だった。

「……翔太は、犯罪を防ぎたいの?」

 そう思っていただけど、俺には無理だった。

「それとも、同じ事を繰り返したくないの?」

 ……。

「同じ事って何?」

 秀介を助けられなかった事?

事件を皆の前で解決してしまった事?

ついていてやれなかった事?

分からなかった。

「分からなくて良いと思う」

 どうして分からなくて良いんだよ。

分からなきゃ人は動けないじゃねーかよ何だよそれ。

「今までだって、分かんないから動いてたんでしょあんたは」

 殺人の方法を予測なんて出来なかった。

だから我武者羅に動いてたのが、良い事だって言うのかよ。

「あたしの所に、黒いノートが届いた」

 黒いノート?

名前を書いたら死ぬ、あのノートを思い出した。

嫌な予感。

「楓さんの所にも。 ……表紙にあたし達の名前だけが書かれてた。それに終録帳って書いてあった」

 由佳は、俺がどうするか、分かって言ってる。

俺がくよくよ悩んだって、結局どうするのか。

全く嬉しくない奴。

こう言う時位、尻を叩くような事を言うのは止めて欲しい。

それなら楓にでも電話すれば良かったと後悔する。

「で? さっきの例えばの話は? どうなったの?」

 ……。

何でもない。

取り合えずノートの話は帰ってから聞くと言い、スマホを切った。

意味があるとか無いとか。

考えるのがアホらしくなった。


 ……ありがとな。由佳。



 一方的に掛けて来て、一方的に切る。

帰って来たらどんな技をかけるか考えておく。

本当は今すぐにでも殴ってやりたい。

何があったかは結局いつも通り話さなかったが、翔太が立ち直ったなら良かった。



「坊ちゃん。無理はなさらないで欲しいんですが」

 気が変わらない内に確認したい事があったから。

倉田さんから聞いた情報を頭で整理する。

無名の絵を高額で取引。

普通に考えたら誰も買わない。

これは達成不可能な理由。

発想を変えてみる。

可能にする為の方法を。

搬送された物品チェックをされている。

それさえもすり抜けた方法を考える。

それに、この村をわざわざ選んだ理由。

ああ。

やっと分かった。

その方法。

もしもの時に備えてと言う事か。

俺は弦さんに急ぐようにお願いした。

目的地に辿り着き、車のライトが消灯する。

1年前に建てられた美術館。

恐らく始まりはここ。

閉館しているようだったが、裏口にあるインターホンを鳴らすと、案の定城川はいた。

俺は自分の名前を城川に告げた。

扉を開けた城川は、弦さんを見て目を見開いた。

「あたくしの事は気にしないで下せぇ」

 城川が口を開く前に、口調がガラリと変わった弦さんが黙らせた。

「……何の用かな?」

 絵の具を分けて欲しいと城川に告げると、何故か目を見開く城川。

「高校の夏休みの宿題ですわ。ほら、あるでしょお宅のとこに。絵の具」

 事情を話してもいないのに話を合わせてくれる弦さんは、敵に回したくない人だ。

変わってなくて安心した。

「い、いや。売れ行きが良くてですね。もう売り切れなんですよ実は」

 美術館で絵の具を売る?

売れ行きが良い?

確信した。

失礼しますと言って部屋に入ろうとする手を城川に掴まれた。

「勝手に入るな!」


 麻薬。


城川が固まり、手を離した。

将来有望な若者。

所謂無名の画家の絵を安く買い取り、高額な値段で売り捌く。

普通に考えたらそんな経営は不可能。

それなら、そこに高額たり得る何かを組み込めば、不可能は可能に組み上がる。

城川に構わず中に入って行く。

城川は呆然としていた。

弦さんは連れに城川を任せ、後ろをついて来た。

そして物品の検品。

そこまで調べていたなら、普通に考えれば2人はシロ。

そう考える。

「と言う事は坊ちゃん。何らかの方法でヤクを持ち込んだと、仰るんですかい?」

 明かりを点ける。

ダンボールの絵の具。

ここだった。

美術館が絵の具を使うのは、せいぜい絵の補修。

大量に使う事は考え難い。

そして絵の具も、恐らくは調べたと思うが、1つ1つ全て調べる事もしないだろう。

なら答えは1つ。

慌てて走って来た城川は抑え付けられた。

開封済みのダンボールの中には、大量の絵の具が入っていた。

ダンボールを開けてすぐに見える部分だけ調べられる事を、城川達は予測した。

だから逆に言えば。

手を突っ込み、箱の中の方にある絵の具を1つ取り出す。

キャップを回すと、いかにもそう見えるような銀色のカバー。

だが、外側から触っても直ぐに分かった。

固形物としか思えないようなざらつき。

カバーを外した絵の具を、そのまま下へ向ける。

サーっと。

容器内分の白粉が一気に落ちた。

「サツ、呼びましょうか」

 城川は蒼白していた。

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