決して伝わる事は無い
刺される事の、冷たい痛みを知った。
刺さった直後の感情を知った。
殺人は、逃避だった。
被害者には、思いは伝わらない。
それで良いのかも知れない。
刺す側に、どれ程の感情があったとしても。
どうしてだろう。
犯罪を防いだ。
殺人を防いだ。
その筈なのに。
どうしてこんなにも虚しい気持ちになるのは。
知ってしまった。
何も残らない行為を防いだ所で。
達成感など。
得られない事を。
なら、俺は一体どうしたいんだろう。
分からなくなってしまった。
逃げたい。
所詮自分には関係無いと言って。
でも、加害者の気持ちをもう知ってしまった。
じゃあ、何をすれば良いんだ。
笑いがこみ上げてしまう。
正義は、こんなにも空っぽだった。
警察の調査で、健文君の真後ろからボウガンの矢が飛んで来た事が分かった。
そして、櫓に仕掛けられたボウガン。
つまり、狙われたのは健文君の可能性が高かった。
そして礼をしたと同時に矢は発射されてしまい、軌道上にいた城川を庇って翔太が矢を受ける形となってしまった。
「こうなると、誰でも出来ますねぇ」
翔太の容態はおっさんから聞かされた。
とりあえず良かった。
後でぶん殴っておくとして。
「な、何で俺が狙われるんですか」
「それは、これから調べる予定、ですねぇ。……それにしても、伝統的な風舟祭がこんな事になってしまうとは、ねぇ」
古屋の言葉には僅かながらに怒りが込められているように感じた。
村が誕生して20年余り。
その中で起きた残酷な事件。
ずっと守り続けてきた者と、それを壊す者。
あたし達を病院に行かせなかった事からも伝わる思い。
あたし達。
いや、送魂の参加者全員の疑いが晴れない以上、今日中には開放される。
だから翔太に現場の状況を伝える。
故郷の村でこんな事件。
あたしだって許せなかったから。
翔太からの電話がタイミング良く掛かって来てくれて良かった。
不気味なノートの事、翔太にも伝えて置いた方が良いと思うから。
あたしと楓さんに来たなら、翔太にだって届いている可能性が高いから。
電話に出る。
翔太の様子がおかしい事に直ぐに気付いた。
「あ。悪い。今大丈夫か?」
今大丈夫なんて、普段確認さえしないのに。
何があったのだろうか。
今は帰省している筈。
「その……何だ」
妙に歯切れが悪い。
畏まった態度。
……あれ?
も、もしかしてこれ……。
顔がにへらした。
「例えばの話、なんだけど」
口下手なのは許す。
早く続きを聞かせて欲しい。
「犯罪を防ぐ事、辞めるって言ったら、お前はどうする?」
……。
浮かれていた自分を恥じた。
有村君の1件から、ずっと翔太なりに頑張って来たとあたしは思ってる。
それを、辞めたい?
例え話が嘘なのは直ぐに分かった。
勿体ぶっていた訳ではなかった。
本当に思いつめていたと恥じた。
何があったか、聞かせてよ。
静かに、言った。
親友が殺人を犯した。
解決して、そんな事は二度と繰り返したくないと思った。
だけど現実はそうは行かなくて。
自分なりにやって行く中で、加害者の気持ちを知った。
何人かを救う事が出来た。
身を挺して救った結果。
痛みを知った。
でもそれは、加害者の気持ちじゃないと悟った。
痛みから気持ちは知り得ない。
殺人を防いだ俺に残ったのは、達成感でも何でもない。
ただ中身が無くなった缶ジュースだった。
こんな状況で、これ以上犯罪を防ぐ事の意味を見失った。
「……」
由佳は黙って俺の話を聞いていた。
例え完璧に防げたとして、状況は変わらない。
加害者の殺意。
憎悪。
これらが無くならない限り。
犯罪は無くならない。
どうやってそれを可能に出来るのか。
……出来る訳が無い。
地球上全ての人間の気持ちを理解してしか、それは不可能。
身の回りの犯罪だけを防げば良い?
日常的に周りに起こる犯罪なんて無いのだ。
殺意を無くす事は、不可能だった。
「……翔太は、犯罪を防ぎたいの?」
そう思っていただけど、俺には無理だった。
「それとも、同じ事を繰り返したくないの?」
……。
「同じ事って何?」
秀介を助けられなかった事?
事件を皆の前で解決してしまった事?
ついていてやれなかった事?
分からなかった。
「分からなくて良いと思う」
どうして分からなくて良いんだよ。
分からなきゃ人は動けないじゃねーかよ何だよそれ。
「今までだって、分かんないから動いてたんでしょあんたは」
殺人の方法を予測なんて出来なかった。
だから我武者羅に動いてたのが、良い事だって言うのかよ。
「あたしの所に、黒いノートが届いた」
黒いノート?
名前を書いたら死ぬ、あのノートを思い出した。
嫌な予感。
「楓さんの所にも。 ……表紙にあたし達の名前だけが書かれてた。それに終録帳って書いてあった」
由佳は、俺がどうするか、分かって言ってる。
俺がくよくよ悩んだって、結局どうするのか。
全く嬉しくない奴。
こう言う時位、尻を叩くような事を言うのは止めて欲しい。
それなら楓にでも電話すれば良かったと後悔する。
「で? さっきの例えばの話は? どうなったの?」
……。
何でもない。
取り合えずノートの話は帰ってから聞くと言い、スマホを切った。
意味があるとか無いとか。
考えるのがアホらしくなった。
……ありがとな。由佳。
一方的に掛けて来て、一方的に切る。
帰って来たらどんな技をかけるか考えておく。
本当は今すぐにでも殴ってやりたい。
何があったかは結局いつも通り話さなかったが、翔太が立ち直ったなら良かった。
「坊ちゃん。無理はなさらないで欲しいんですが」
気が変わらない内に確認したい事があったから。
倉田さんから聞いた情報を頭で整理する。
無名の絵を高額で取引。
普通に考えたら誰も買わない。
これは達成不可能な理由。
発想を変えてみる。
可能にする為の方法を。
搬送された物品チェックをされている。
それさえもすり抜けた方法を考える。
それに、この村をわざわざ選んだ理由。
ああ。
やっと分かった。
その方法。
もしもの時に備えてと言う事か。
俺は弦さんに急ぐようにお願いした。
目的地に辿り着き、車のライトが消灯する。
1年前に建てられた美術館。
恐らく始まりはここ。
閉館しているようだったが、裏口にあるインターホンを鳴らすと、案の定城川はいた。
俺は自分の名前を城川に告げた。
扉を開けた城川は、弦さんを見て目を見開いた。
「あたくしの事は気にしないで下せぇ」
城川が口を開く前に、口調がガラリと変わった弦さんが黙らせた。
「……何の用かな?」
絵の具を分けて欲しいと城川に告げると、何故か目を見開く城川。
「高校の夏休みの宿題ですわ。ほら、あるでしょお宅のとこに。絵の具」
事情を話してもいないのに話を合わせてくれる弦さんは、敵に回したくない人だ。
変わってなくて安心した。
「い、いや。売れ行きが良くてですね。もう売り切れなんですよ実は」
美術館で絵の具を売る?
売れ行きが良い?
確信した。
失礼しますと言って部屋に入ろうとする手を城川に掴まれた。
「勝手に入るな!」
麻薬。
城川が固まり、手を離した。
将来有望な若者。
所謂無名の画家の絵を安く買い取り、高額な値段で売り捌く。
普通に考えたらそんな経営は不可能。
それなら、そこに高額たり得る何かを組み込めば、不可能は可能に組み上がる。
城川に構わず中に入って行く。
城川は呆然としていた。
弦さんは連れに城川を任せ、後ろをついて来た。
そして物品の検品。
そこまで調べていたなら、普通に考えれば2人はシロ。
そう考える。
「と言う事は坊ちゃん。何らかの方法でヤクを持ち込んだと、仰るんですかい?」
明かりを点ける。
ダンボールの絵の具。
ここだった。
美術館が絵の具を使うのは、せいぜい絵の補修。
大量に使う事は考え難い。
そして絵の具も、恐らくは調べたと思うが、1つ1つ全て調べる事もしないだろう。
なら答えは1つ。
慌てて走って来た城川は抑え付けられた。
開封済みのダンボールの中には、大量の絵の具が入っていた。
ダンボールを開けてすぐに見える部分だけ調べられる事を、城川達は予測した。
だから逆に言えば。
手を突っ込み、箱の中の方にある絵の具を1つ取り出す。
キャップを回すと、いかにもそう見えるような銀色のカバー。
だが、外側から触っても直ぐに分かった。
固形物としか思えないようなざらつき。
カバーを外した絵の具を、そのまま下へ向ける。
サーっと。
容器内分の白粉が一気に落ちた。
「サツ、呼びましょうか」
城川は蒼白していた。




