痛み
死者を等しく流魂へ。
そうすれば、再会の痛みも引くだろう。
殺人は悪。
そんな事は分かっている。
でも、それを取り除く手段が確立されていないのであれば。
後は自分で裁くだけ。
自分が悪だと認識無しに、殺人を犯しはしないのだ。
起きた時には、もう昼になっていた。
天気の良い昼下がり。
そう言えば今日は出かけるからと、お母さんは言っていた。
ゆっくりと起き上がり、机に置きっぱなしにしていたノートが、昨日を思い出させた。
『鮎川由佳様』と、表紙にはしっかりと書かれていた。
昨日、楓さんの元に届いた1通の封筒の中身。
家に届いていたあたしの物と同一。
真っ黒なノート。
まるで人が死ぬ前兆を思わせた。
ノートに名前を書いたら死ぬなんて、漫画の中だけだと思っていたけれど、こうして届くと薄気味悪かった。
朋歌さんとの食事は上手く行った……と思いたい何とも言えない結果だったが、朋歌さんはまた会いたいと言ってくれた事がとても嬉しかった。
嬉しさではしゃいでいたら、母親が大爆発したのも気にならなかった。
35に似合わないうきうき気分で向かった場所には既に朋歌さんがいた事に心臓が跳ねた。
手を振ろうとした矢先、邪魔をするバイブレーション。
彼女の目がこちらに向くよりも、画面に目線が行ってしまった。
調査を頼んでいた刑事からの電話。
吉野君から頼まれていた松井と言う男の結果だろうか。
朋歌さんが微笑みながらこちらに歩いて来た。
調査結果なら、少し後でも良いかと。
本当は休みを取らないつもりでいたが、先の刑事にいい加減休んで下さいと怒られた。
ならば後で時間を作ろうと。
通話を切ろうとする手を朋歌さんに握られた。
「その程度で逃げませんから。警部さん?」
調査結果を促す私の腕を取り、歩いていく朋歌さんの横顔は綺麗だった。
将来有望な若者の絵を売る、1年前に来た不可解な美術館。
シロと判断された人間の死。
1年前に死んだ花澄。
人前に浮いて来た人影。
2日目のイベントの道中、ずっと考えていた。真昼に行われるのも、盆の時期ならではで珍しいと思った。
もう一つ何か。
推測を確証に変えるだけの物証。
「翔太」
俺の名を呼ぶのは真白だった。
「……送魂。今度は花澄の分も」
俺を見て、真白は泣いていた。
送魂。
2日目に。
死人を流魂へ送りこむ儀式。
だけど真白が泣いている理由は、俺に向けられていた。
俺に言いたくない。
でも知らなければならない。
その言葉を真白は俺に投げた。
「犯人、私達の中にいるの?」
真白がそれを拒絶していたのは知っていた。
だから信頼出来る、そして事件を解決した事のある俺に頼んだ。
信じたくない事になる事もあり得たから。
俺だってそう思いたくなかった。
黒いノートが煽ったのは、純粋な恐怖。
だけれど、それ以上に奇妙だったのは、ページに何も書かれていなかった事。
ただ一言。
『終録帳』と。
終わりを記録するノート?
このノートに何を記録すると言うのか。
『桜庭楓様』の表示を見る。
由佳ちゃんの元に届いたノートも同じ内容。
私達に届いた理由を考える。
私と由佳ちゃんに。
全く同じ内容のノートが届いた理由。
共通点。
殺人事件。
言ってしまえば私達はそれだけの関係だった。
どうしてそれを。
送り主は知っているのか。
液晶画面をジッと見た。
花園塔。
雪が綺麗な館。
聳え立つ双子の塔。
理由は分からない。
だけれど、翔太君にも同じ物が届いているのは確実。
早く戻って来て翔太君。
ノートを握り締め、私にはやれる事しか出来なかった。
考えが纏まらない。
なのにも拘らず始まる送魂。
倉田さんからの連絡はまだ来ない。
諦めるな。
殺人を犯した人達の動機。
唄。
劫火。
願い。
泡沫。
だとしたら。
殺人を犯すに至ったナニカがある筈。
それを繋ぐ事を。
事故。
娼婦。
言葉。
強姦。
推理小説でも読んでいればすぐに行き着くのだろうか。
過去の自分に後悔した。
だが、高校生程度の常識では結論に辿り着けない。
クソッ。
静まる会場。
櫓を。
俺達を含む人々が囲んでいた。
太鼓の音と共に、大量の風船。
ゆうに500を超えるだろうか。
纏った巫女服(禰宜服だっただろうか)の健文が入場。
浮いている風船は、
健文の背後を満遍なく覆っていた。
涙を流す人や祈るような仕草をしている人に紛れて、見た事がある人を見つけた。
城川もいた。
こんなイベントに参加するような人物とは思っていなかったから意外だった。
聞きたい事を、今度はこっちから尋ねようと。
人混みを掻き分けた。
お前らは、花澄に何をしたのか。
論理的根拠は無い。
それなのにこうして確認を求めるのは、1年前の花澄の事件と突如やって来たお前らを。
繋げずに考える事は幾つものパターンが考えられるが、繋げれば答えは一つに収束してしまう。
健文は、取り囲むように集まった人々に礼をし、一つずつ風船を飛ばして行った。
飛ばされた風船は、例外無く流魂へ還って行く。
そんな、魂の儀式。俺は城川の隣に辿り着いた。
1年前の事件について、聞きたい事がある。
城川は表情を歪ませた。
健文が俺達の正面に来て礼をした。
スマホの振動が、反射を遅らせた。
ヒュッ。
反射的に城川を庇ってしまった。
城川を突き飛ばし、俺の肩には矢が刺さっていた。
「翔太あああああああああああああ!」
痛がる俺に一目散に駆けつけてくれたのは、姉ちゃんと真白だった。
健文君は何が起きたのか分からない様子で腰を抜かしていた。
翔太の肩に刺さった矢。
数多の風船は、健文君が手を離したらしい。
飛んで行った。
城川と言う人は翔太を見て立ち竦んでいた。
そして紅葉ちゃん達が遅れて翔太の元へ駆け寄ってきた。
今はそんな事を考えてる場合じゃない。
早く病院に運ばないと。
「翔太しっかりして翔太!」
パニックに陥る真白ちゃんを落ち着かせ、救急車と警察を呼ぶよう告げ、あたしは只管に止血に努めた。
苦悶の表情なのに、翔太が笑っているのはどうして。
この野郎。
死んだらあたしが殺してやるから。
大丈夫だから落ち着きなさいよこん畜生!
「刺さったら、痛いよな。そりゃあ」
当たり前でしょ何言ってるのバカ!
殴りたい気持ちを堪え、患部を圧迫しながらも自分の両手が染まっている。
救急車はまだ来ないのと叫ぶが、他の客の悲鳴だろうか。
煩わしい。
両手の血。
焦燥。
誰がこんな事を?
怒り。
手招きをしている様子の卓君の姿。
救急車のサイレン音に今更ながら気付く。
運ばれて行く翔太に縋る様に名前を叫び、乗り込もうとしたあたしを誰かが止めた。
「取調べを、したいのでねぇ」
……初老の刑事。
古屋とか言った。
あたしがやった可能性があるって言うのあんたは。
「こんな事件が2度も起こって。私も黙っていませんねぇ」
あたしを止める腕の力。
そんなもので止まるあたしじゃない。
「お嬢。代わりに自分が行かせて頂きます」
何でおっさんがいるのかはさておき、弟を他人に任せる?
出来る訳無い。
「他人じゃありません! 正気を保って下さいお嬢!」
……。
「坊ちゃんは生きておられます! 大丈夫です。組員総動員でお守り致しますから!」
……。
どこに病院や警察と共同線を張るヤクザの頭がいるのか。
これじゃまるで正義の味方じゃないか。
「私も、残らなきゃいけないの」
不安いっぱいの表情。
真白ちゃんはまだ混乱していた。
いや、そもそもこんな所に翔太を留めておく場合じゃない。
後で行くから。
おっさんのホッとした表情。
救急車は走って行った。
「すみませんねぇ」
古屋の言葉はいちいち癪だったけど、古屋の気持ちだけは理解した。
きっとおっさんだって同じ気持ち。
犯人を特定したいに決まってる。
それを我慢してさえ、気掛かりな弟を代わりに見ると言った。
無駄にする権利はあたしに無い。
幸い、坊ちゃんの怪我は大事には至らず、ホッとしました。
しかし、どうにも表情が暗い様なのがあたくしは気になっております。
尋ねてみても、外を見るだけ。
今は何も聞かない方が良いと、判断した方が良いのでしょう。
お頭の不幸の時にも、坊ちゃんは何も言いませんでした。
ただ、沢山泣かれるだけでした。
お嬢も。
坊ちゃんも。
そう言う方なのです。
本当にお頭に似ているのが少しばかり頼もしく、嬉しく思っています。
ですが、坊ちゃんを危険な目に遭わせた落とし前は、きっちりつけさせて頂きたいと思います。
「弦さん。これは俺に任せて欲しい」
いくら坊ちゃんの仰る事でも、譲れないものもあります。
もしも今回坊ちゃんがお亡くなりになってしまったら、お頭に会わせる顔がございません。
「1つだけ、確認して欲しい事がある。弦さん」
坊ちゃんは痛みに顔を歪めながら、ベッドに正座して私に頭を下げました。
「お願いします。弦さん」
……。
それなら、私は坊ちゃんの護衛をさせて頂きますと申し上げると、ホッとしたように坊ちゃんはお礼を仰りました。
ですが、今日は安静にしていて下さい。
坊ちゃんのスマホが鳴りました。
松井龍斗、城川春樹。
2人にあった共通点と言えば、同じ大学を卒業後、2人で起業した事位であったが、一つだけ奇妙な事実があると報告を受けた。
美術商をしているのは確かだが、無名の画家の絵ばかりを集めていた。
それを高額な値段で取引。
普通に考えたら経営が持つ筈が無い。
にも拘らず、一定の結果を収益によって残しているとは同業者からの情報。
通常、そんな短絡的な転売が上手く行く筈が無い。
と言う事は、付加価値足りうる何かを持っている可能性が高い。
だとしたらそれは何だ?
嬉しそうに私の表情を覗き込んでいる朋歌さんから目と意識を逸らすように、考えた。
吉野君に伝えると、ただありがとうございますと言って電話を切られてしまった。
協力してもらったとは言え、何とも言えない気持ちにさせられる。
「その、吉野君って凄い高校生なのですね」
出会いは殺人事件の現場だった。
「拓也さんはどうしてそのような場所に1人で向かったのですか?」
痛い所を突かれたが、何とか誤魔化し、事件を解決した事を話した。
その過程で、恐らく吉野君は事件を防ぎたいと考えて行動している事。
そして捜査に協力して貰っている事。
「吉野君は、相当な事情があって事件を解決しようとしている……と」
どうして分かるのか。
問いかけた。
「だって。高校生が事件を解決するなんて、それこそ普通はやらないでしょう? それに、犯罪を防ぐなんて、きっとかなりの人が無くなれば良いと思って、現実を見て無理だと判断してしまうような事を、本当にやりたいなんて。普通は思わない」
何故か嫉妬してしまった。
少ししか話していないのに、何故朋歌さんはそこまで分かってしまうのか。
「そして、拓也さんもそれに協力をしたいと本当に思っている。違う?」
違わなかった。
「今度はどこへ連れて行って下さるの?」
朋歌さんは立ち上がり、私の手を引いて嬉しそうに歩いて行く。
私はこの人に、頭が上がらなさそうだった。




