二つの不可能犯罪
空は曇っていた。
だけど雨が降る前に何とか容疑者達の前に見せる必要があった。
だからゲーセンの屋上に集まって貰うように言った。
開いたプールの蓋。
満タンに入ったプールをジッと見た。
不安が無い訳ではなかった。
大丈夫だと自分に言い聞かせた。
扉が開き、由佳達が容疑者を連れて入って来た。
そして最後に倉田さん。
やれる。
「どうしたんだ? こんな朝早くに」
「あたし達を呼び出したって事は」
「何か伝えたい事があるから、かな?」
その通り。
再度プールを見て、倉田さんに合図をした。
ゆっくりとプールの蓋が閉まるのを確認し、美園さん、琴塚さん、村田さん、細貝さんを見た。
「聞こうじゃねえか。新人君の考えを」
何故琴塚次狼さんが死んでから2ヶ月も経って、予告状が届けられたのか。
「それがどうしたって言うのよ?」
ここにまずは疑問があった。
すぐに予告状を出さなかったのは、殺人計画を練るための準備期間。
そう考えれば、全て納得が行くと思った。
現場は外側から鍵が掛けられた。
そして予告状。
どう考えても他殺。
最初は俺もそう思ったが、実際は全く違っていた。
自殺している琴塚次狼さんを発見した今回の犯人が、遺書を見て殺人計画を思いついたのだとしたら?
2ヶ月開いた理由が全て説明出来る。
遺書を見た瞬間に、確かに芽生えた殺意。
他殺の現場に遺書が置いてある筈が無い。
1人の自殺をきっかけに、4人もの人間が犠牲になる殺人事件に発展してしまった……。
「親父が……自殺?」
最初に調べた時、自殺する動機は確かにあった。
だけど、本当の動機は、渡瀬美來さん。
「渡瀬のねーちゃんがか?」
ええ。
想像でしかないが、遺書には渡瀬さんの死の真実が書かれていた。
2年前にプールから転落した、とは当時の話ではあったが、恐らく世良、朝霧、田島、奥川の4人に、殺された。
「そんな……美來さんが」
信じられない様子の村田さんだけではなく、全員が驚愕していた。
「だが、何故我々警察に予告状を出したんだ? そんな事をする理由が……」
2年前の事件を解決できなかった復讐って所かな。
今回はちゃんと真実を突き止められるかって。
そうだろ?
美園渉。
あんたがこの連続殺人事件の犯人。
「何を言い出すかと思えば、僕が犯人?」
美園さんは、尚も笑顔を絶やす事は無かった。
その笑顔の裏側に、恐ろしく狡猾な頭脳と、深い殺意を忍ばせていると思った。
「渡瀬は素晴らしい人だった。そんな人が4人に殺されたなら、確かに殺意も湧くかも知れない。でもさ、僕がどうやって殺したんだい? 世良は自分でプールに飛び込んだんだよ。プールに触れてすらいない僕にどうやって?」
「そうよ。シンクロ演技から飛び込みの時間だって、20分ちょっとしかなかったのよ? そんな短時間でどうやってプールの水を空にするのよ」
この殺人事件を解決する上で、最も重要な部分。
プールの水を、あっという間に無くす方法を見つける事。
でも、そろそろその20分になる。
何かを言う前に、見て貰った方が早いと思った。
俺は倉田さんに再度合図し、蓋を開けてもらった。
ここに来た時、プールの水は満タンだった。
それが、たった20分で、どうなるか。
良く見て。
プールを見て全員が目を見開いた。
「まさか!」
「嘘……」
「こりゃあすげえ」
無理も無かった。
あれだけいっぱいになっていた水が、無くなっていたのだから。
実際に見ると、本当に凄いわ。
興奮が収まらない。
私も考えてみたけれど、分かる筈も無かった。
翔太君から方法を聞かされてから、考えた。
どうしてプールの水が抜けて行くのか。
通常、プールに蓋はついていない。
だけど、大気に圧されるようにして、地下水路へと水が流れていくからプールの水は抜けて行く。
だけれど、蓋がついているプールだったらそれがどうなるか。
ショーの最中に、何十人もの人が乗ってもビクともしない蓋がある。
そんな蓋に覆われて、果たして栓を抜いたらどうなるか。
外側から空気が入り込めなくなる。
だから蓋が閉まっている状態で、栓を抜いても水は流れてくれないのだ。
抜けた水の変わりに入り込む大気が入り込めないから。
だから水を吸引すると言う方法が、そもそも使えない。
仮に使えたとしても、蓋が壊れるかもしれない。
であれば逆に、強制的に空気を送り込めば、どうなるかしら?
「昔、伊○家の食卓でやってた。水が入ったペットボトルの中にストローを使って強制的に圧力をかける事で、通常の約10分の1の時間で空に出来る。このプールの水を普通に抜くのに3時間半。つまり210分。10分の1にすれば21分。美園さんはこれを応用した」
ショーの最中に起きた異常な状況を、翔太はそっくり再現してみせてしまった。
皆はプールの底に集まっていた。
翔太が何を使ったか、見せると言った。
プールの底には、5つある排水溝の栓が全て開いていた。
そしてその中の1つを見るよう、翔太は促した。
「実際の仕掛けはこれ」
翔太が手に持っていたものは……チューブだった。
強制的に空気を送り込めばと、翔太は言っていた。
……あ。
バルーンスティックを膨らませる時に、あたし達も使った。
「コンプレッサーか!」
「そう。実際はもっとでかいブロアーを使ってこのプールに空気を送り込み、強制的に水を無くした」
ブロアーは、公園のエアー遊具に使われていた。
倉庫に使わない分は引いていた。
1つ位無くなっていても、誰も気付かないのかもしれない。
「でも、空気が漏れる事だって」
「ここのプールの蓋、10人位なら乗っても平気だった」
「確かに、かなり頑丈に作らせたが……」
「その上、事件当日は一旦蓋が閉まってからこの上に人が乗ってた。空気が漏れない可能性は高かった。実際に俺達が空気が抜ける音を聞かなかったし、例え多少音が出ていたとしても、3万人の歓声の中、聞き分けられた人がいたとは思えない。それに、ぶっつけ本番で成功した」
排水口が5つあったお陰で、予想よりも早く水が抜けたのかもしれなかった。
笑顔で拍手する美園さんが不気味だった。
「凄い方法だね吉野君。でもさ、事件当時にチューブって、残ってたのかな?」
美園さんの問いに、翔太は首を横に振った。
「なら君の話は空想」
「言ったろ?」
「犯人はあんただって」
美園さんは押し黙った。
あたしも知りたいと思った。
だって、水をあっという間に抜けたからって、離れた場所にいたであろう朝霧さんを殺す方法が、これだと説明が出来ないと思ったから。
「何故犯人は、わざわざ奇妙な状況を作り出し、殺人を行ったのか。良く見て」
朝霧さんが拉致された理由は2つあった。
1つは、殺害時のアリバイを確保し、容疑者から外れるため。
もう1つは、朝霧さんの行方不明を受けた倉田さんを、一時的にホテルから引き離すため。
朝霧さんを離れた場所で同時に殺害されると言う演出のために、プールでの異様は状況が作られた。
徒に、プールを使った大掛かりな仕掛けを使った訳ではない事に、美園さんの憎しみの深さを感じた。
朝霧さんが首を吊られていたホテルを見上げた。
仕掛けが分かるように、結び付けられていた木の手前まで来ていた。
「……だが、朝霧湖乃華はどこに消えたんだ? 島中探したが見つからなかった」
朝霧さんがいなくなった状況をもう1度振り返る。
事件当日の朝、朝霧さんは自室におらず、勤務時間を過ぎても現れなかった。
そこに倉田さんは異変を感じ、田島さんに捜索を手伝って貰った。
だけど、田島さん自身はどうだっただろうか。
時々仕事をサボっていた朝霧さんは、決まってカフェか公園でボーっとしていたそうだ。
ここの認識の差を、美園さんは見事に利用した。
……そんな状況で、田島さんは果たして、客室や他の従業員の部屋まで、くまなくチェックをしたのだろうか?
例えば犯人の部屋にいたとして、それを見つける事が出来たのだろうか。
そしてそのタイミングで倉田さんが来たとして。
田島さんならどうするだろうか。
急がなければならない状況の倉田さんの表情を見たら、短時間で多くの場所を探そうとするのではないだろうか。
ゲーセンの屋上には3万人は入れる観客席。
視点を変えれば、3万人が泊まれる施設があると言う事。
そんなホテル内を、血相を変えた倉田さんが来て捜索を頼まれ、一部屋残らず調べようとするだろうか?
そして読み通り、短時間で捜索できるあらゆる場所を、田島さんと倉田さんは探してしまった。
そしてショーが始まり、世良さんは転落死。
そしてその転落死を利用して、朝霧さんは首を吊った格好になった。
「なら、具体的にどうやったんだい? 僕はプールサイドにいたのに、離れた所にいた朝霧を、どうやって?」
正確に言えば、先に殺されたのは朝霧さんの方だった。
17階で首を吊っていた筈なのに、ロープは地上に結ばれている奇妙な状況。
そしてプールの水が一気に抜かれた状況を作り出した理由。
俺は倉田さんに合図をした。
「頼んだ」
地下水路の滅菌池に、刑事は待機していた。
島中の水は、ここ滅菌池を通って海に流れて行く。
つまり、あっという間に無くなったプールの水も、ここを通って行った。
その様子を間近で見て、刑事は驚愕した。
足元に置いてある、ロープが結ばれたブロアー。
これがあの水流に流されたら、間違いなく落ちるだろう事を感じた。
そして倉田の合図通り、ブロアーを落とす。
ロープ、そして、ゲーセンの屋上へ繋がる水道管に設置されているであろうチューブが落ちて行く。
断崖絶壁の孤島でなければ、この方法は使えないだろうと思った。
地下水路の悪臭に顔を顰め、落ちていったブロアーを見下ろした。
ロープが引っ張られ、17階付近に首に吊られたような錘が。
事件当時の朝霧さんに重なったのは私だけではなかった。
ロープを水道管に巡らせる事で、目立たなくするように出来る。
そしてブロアーと朝霧さんの体重が同じになるように、ブロアー部分に錘でもつければ、朝霧さんと同じ重量のブロアーが地下水道から落ちれば、朝霧さんは即死に近い形で首吊りの状態になる……と言う訳ね。
翔太君凄いわ本当に!
1人ずつ殺害しては、最後まで殺人を遂行できない可能性が高い!
だから美園さんは世良さんを転落死に見せかけて、プールの水を無くす異様な方法で殺害。
一気に抜かれた水によって。
ブロアーが断崖絶壁から落ちる事で、ブロアーに結ばれたロープのもう一端に結ばれた朝霧さんが、即死に近い形で死亡と言う、離れた場所で2人を同時に殺害する方法を選んだと言う訳ね!
もっと昇天させて。
翔太君!
実際は、一気に抜かれた水に圧され、ブロアーが落ちて朝霧さんを殺害した。
これが実際に使われた方法。
そして2つで1つの不可能犯罪。
外は大雨が降って来たからホテルに移動した。
そんな中で美園さんは尚も笑顔を絶やしていなかった。
「証拠はあるのかい? その方法が実際に使われたって言う証拠」
プールの水が満タンに入っていた。
体積に換算すれば、10m四方に深さ5m。
つまり500㎥の水が、僅か20分で抜かれたって事。
そんな事になれば、ゲーセン内の水道施設に変化が無い訳が無かった。
「その時キッチンで水を使っていた麻紀奈さんが、覚えてました」
「……確かに排水口が詰まったわ。すぐに戻ったけど」
「それと、ホースを固定するために使われたと思われる金具は、既にプールの排水溝から押収済みだ」
木の近くのマンホールからロープの擦れた跡。
地下からも証拠があった。
つまり美園さんは事件の前日、自分の部屋のベランダに拉致した朝霧さんを寝かせ、首にロープを掛けた状態にした。
そのロープを地下の滅菌池まで、外部から見えないように通した。
そしてロープを運び込んでおいた地下のブロアーに結びつけた。
後は翌日。
ショーの最中、リモコンかタイマーでブロアーのスイッチを入れれば、プールの水が一気に抜かれ、大量に流れ出した水によってブロアーとチューブが海中に落ち、朝霧さんが自動的に首を吊る状態になる。
そして水が無くなったプールに、世良さんが知らずに飛び込む事で、2つの不可能犯罪の完成。
信じられない表情を皆していたが、推論を前提に事実となる根拠を探した結果に過ぎなかった。
「でも、ロープは木に結び付けられていたはずよ? 貴方が言った通りなら、まだロープはブロアーに結んだままって事じゃないの?」
そう。
だから夜にロープを切って証拠を海に沈め、余ったロープを木に結び付けた。
ロープは元々目立たないようにホテルの水道管に紛れ込ませていたから、警察が見つけられないのも無理は無かった。
木にロープを結びつけた理由は、美園さんが公園にいた状況を考えると、時間的に出来なかったから。
あそこに美園さんがいるのは日常的な事。
そこにいないとなれば、疑いを持たれる可能性があると考えたのだろう。
「それに。朝霧さんの死亡推定時刻とプールの不可能状況。ゲームセンターとホテルでそれぞれ事件が起こってしまえば、警察の方も固まって配置するわけには行かない……って言う狙いもあるのかしら」
警察に予告状を出したからとは言え、恐らく予想以上に包囲網がきつかったのだろう。
だから警官達の配備をホテルとゲーセンと2箇所にするように仕向ける策を取ってはいたが、と言った所だと思った。
「……本当なのか? 美園」
琴塚さんは美園さんを見た。
変わらぬ笑顔に、仮面を見た。
他の人が表情を変化させている中、1人だけ笑顔を絶やしていなかったのだから。
「確かにその方法を使えば、2人を殺せるかもしれない。でもさ、今までの話の中に、僕が殺したって言う証拠はある?」
目を閉じた。
2年前の事件をきっかけに、琴塚次狼さんが自殺。
そして自殺をきっかけに、殺人が起きている。
絶対に止めなくてはならない連鎖を、俺は防ぐ事が出来なかった。
だからこそ、俺は美園さん。
あんたを止めたい。
美園さんに誰かを重ねているのは、もはや言うまでも無かったけど。
今から、見せる。
美園さんが初めて表情を変えたように見えた。
雷が木霊した。
そんな中、我々はホテル9階、奥川大樹の部屋へと来ていた。
最後に使われたのが、部屋の内側からの施錠。
つまり、内側から鍵を掛けた犯人が、ベランダから逃げ出し、何らかの方法でベランダに鍵を掛けたと考えるのが妥当。
そうすれば、他の人間が容疑者になり得る状況なのかもしれなかった。
それは違っていたのだ。
「証拠を見せる前に、この部屋の密室状況から」
「そうだね。この扉は、内側から閉められたんだよね?」
「そう。そして紐などを使って鍵をかける事も難しい、カードキーが鍵として使われてる」
「口を挟んで悪いが兄ちゃん。無理じゃねえのか?」
細貝重蔵は、否定をしながらも吉野君の推理を聞きたいのだろうか。
表情には期待が満ちていた。
「細貝さん。確かにこのままじゃ不可能」
吉野君は、あれを取り出した。
我々が見つけた証拠を。
手の平サイズのものを。
それは、小型のカードディスペンサー。
しかしただのディスペンサーではなく、コードが2本伸びており、その先にマイクロスイッチが取り付けられている、改造されたもの。
「こいつを使えば、不可能が可能になる」
「それって……」
村田麻紀奈も気付いたようだった。
ゲームセンターだからこその仕掛け。
通常のカードディスペンサーは、もっと大きい。
カードを複数、収納できる状態にする必要があるためだ。
だが、これだけは違った。
G-1ターフワイルドのカードリーダーも兼ねている為、1枚だけを出し入れできれば良いのだ。
だからこそ、ズボンのポケットに収納する事も可能。
「メダルゲーム。G-1ターフワイルドのカードリーダーを改造したもの」
「カードキーを差し込んだこいつを、扉に取り付ける」
吉野君はそう言って、扉のカードキー差込口にカードリーダーを取り付けた。
ゴミ置き場から見つけられたのは、それに金属が多くついていたから。
磁石を仕込まないと、扉に取り付ける事が不可能だから。
「良く見て」
吉野君が部屋の外に出て、カードリーダーのカード排出が行われる事で、ぴったりと固定されたカードキーが排出。
そしてそのカードキーは、扉の鍵を掛けるに至る。
「閉まった……」
桜庭君が鍵を再び開け、入って来た吉野君が真っ直ぐに美園渉を見た。
その表情は、嗤っても、哀れんでもいなかった。
「コードを切って中に押し込めば、密室の完成」
「いや、まだカードリーダーが室内に残ったままでしょ。そんなの無かったんじゃない?」
美園渉は私を見た。
確かに何も無かったが、カードキーは入り口の扉傍に落ちていた。
そして。
「これが一つ目の証拠」
美園渉の表情は、少しずつ笑顔を失っていた。
「死体を発見した朝、部屋に入った時にあんたはどこにいた?」
そう。
この方法を実行可能にするには、誰にも気付かれず、カードディスペンサーを回収する必要がある。
そして、それが可能な場所取りを、絶妙にしていた人間が1人だけいた。
「確か……」
「そう。倉田さんから聞いた。開けた扉の所で立ち止まっていたって。死体に釘付けになっている隙に回収し、ポケットに入れた。つまり、この方法で部屋を密室に出来たのは美園さん。あんただけ」
「まだ、不十分だね」
再度美園渉は笑顔を作った。




