背中
倉田さんからの話を聞いてから、翔太君は部屋でずっと考え込んでいた。
……間違い無く最後に鍵が掛けられたのは、部屋の内側から。
それがネック。
けれど、あの異様な事件が既に分かっていると、翔太君は言った。
早く聞きたくてうずうずしている。
にも拘らず、翔太君がずっと考えているのは、犯人を特定する証拠さえも見つかっていないから。
私は、サーバーをハッキングして、扉のログを書き換えてしまうのが手っ取り早いと提案したのだけれど、そんなセキュリティのホテルには泊まりたくないと一蹴された。
常に管理室には人がいる状況で、侵入も難しいとの事だった。
だとしたら窓から?
紐を使って外側から鍵を掛けるのは可能ではないか。
「どうだろうな……。 死亡推定時刻は昼間。奥川がいたのは9階。そして従業員の部屋は15階より上に割り当てられていた。最低6階分を登らなきゃならない。その間に誰にも見つからない確率は低い。それなら見つかっても怪しまれないように、扉を使って出入りすると思う」
なるほど。
窓か扉。
どちらを使用しても何かしらのリスクがあると言う事ね。
窓からなら目撃者。
扉からなら密室方法。
「多分、扉なんだ」
「え? どうして分かるの?」
翔太君は扉の前にしゃがんだ。
「窓から逃げたなら、カードキーを扉の前に残す必要が無い。被害者のポケットにでも入れておけば無駄な痕跡を残さずに済むと思うんだ。それをしなかったのは、恐らく出来なかったから」
「うーん……」
由佳ちゃんも分からなかったし、私も全くと言って良い程見当がつかない。
「もう1回、ゲーセン見てくるわ」
勿論私も、由佳ちゃんも、ついて行った。
どこで翔太君の可能が組みあがるのか。見逃したくなかったから。
ゲーセンの前には、建物を見上げている細貝さんの姿があった。
「おお。兄ちゃんか。どうだ調子は?」
細貝さんの表情は、どこか寂しげだった。
夢幻城。
お客に夢を与える城。
こんな事件が起こってしまい、どうなってしまうのか。
「見納めにならねえと、良いがな……」
どれだけこの場所に思いを馳せていたのか。
そんな場所が、泡沫の夢であるかのように、消える可能性を、細貝さんは見上げていたのかもしれない。
いや、細貝さんだけではない。
ここに来るお客は皆、ここにある夢に、泡沫の楽園を望んでいる。
でなければ、孤島に浮かぶゲームセンターに、誰が足を運ぶと言うのか。
……。
……。
……俺の推理で。
事件解決で。
儚く弾けそうになっている状況を守る事が出来るのなら。
……場所を守るのではない。
ここに求められ、応えて来た。
従業員と顧客の想いを。
それを守る。
やれる事、まだあったよ。
由佳。
うん。
俺が解決します。
細貝さん。
細貝さんは俺を見た。
力尽きるまで動く事しか出来ないのなら、力尽きるまで動けば良いだけ。
……未熟な俺は、失敗無しでは何も学べない。
そんな事、分かり切ってた筈なのに。
由佳が俺の手を握った。
……やろう。
入り口正面にある動かないエスカレーターを、しっかりと一歩一歩踏みしめた。
細貝重蔵は、翔太の後姿をしっかりと見ていた。
今はまだ未熟。
それは当たり前だ。
だが、全てを乗り越え、羽ばたく覚悟を後姿に見た気がした。
わけえもんも、捨てたもんじゃねえな。
口だけじゃないと、信じさせるのは事実を語るからではない。
覚悟が人を信じさせるのだから。
また1人、翔太の才能に気が付いていく。
比例して、翔太の覚悟が形を作って行く。
あたしは?
このままで良いの?
翔太が折れそうになっているのを助けるだけで。
それだけで良いの?
「カードキーを差し込む事さえ出来れば……」
翔太は歩きながら辺りを見回していく。
1階のキャッチャー機。
2階のアーケード。
カードゲーム。
3階の大型マス機。
パチンコスロット。
キッズマス機。
メダル貸し機。
どれも決定打に欠けるようで、翔太の歩みは止まらない。
……そしてとある場所で、足を止めた。
G-1ターフワイルド?
競馬のゲーム……だよね?
それがどうしたの?
「あった……」
翔太は確かにそう言った。
「消えた朝霧さん。あっという間に無くなったプールの水。扉傍に落ちていたカードキー」
絡めていた両小指を解き、翔太は頷いた。
「全ての疑問がハッキリとした。後は証拠」
翔太は走り出した。
……本当に、あたしは今のままで良い?
嫌だよ。
取り得が無いから何も出来ない?
嫌だ。
どうすべきかではなく、どうあるべきか?
違う。
悲しいじゃないのよ。
自信、能力が無いと何も出来ないなんて。
そんなの、悲しいじゃないのよ!
「翔太!」
由佳は真っ直ぐ俺を見ていた。
「証拠を見つければ良いんでしょ? あたしも手伝う」
「そうね。それなら、私達にも、手伝う事は出来るわ」
……。
そうだ。
何も1人で証拠を見つける必要なんて無かった。
由佳、楓。
頼みがある。
頷く由佳の表情が、少しだけ違って見えた気がした。
あたしは、世良さんの転落事故が起こった時に、屋上にいなかった人に聞き込みを頼まれた。
村田さん。
フードコートでリセット作業をしていたと聞いた。
ゲーセンとホテルのスタッフとして働いている中、聞き込みをするのは申し訳無いと思いながら(ゲーセンの業務しか教えて貰っていないから、あたし達も捜査で動ける)、誰かに指示を仰いでいるように見える村田さんを呼んだ。
フードコートに、何かしらの変化があった筈。
それを翔太に確かめてきて欲しいと。
フードコートに限定しなくても、何らかの変化があった所を探せば良いのかもしれない。
「どうしたの? 由佳ちゃん」
さっき話してから、あたし達は名前で呼び合っている。
麻紀奈さん。
聞きたい事がありますが、良いですか?
「? ……良いけど?」
あたしは、麻紀奈さんに会えて良かったと思った。
私は、プールの詳しい情報を調べ、翔太君から聞かされた方法が実行可能かどうかの検証をする。
そんな方法が本当にと思ったけれど、普通のプールだったら実現は不可能。
調べれば調べる程に鳥肌が立った。
やっぱり夢幻城の経営戦略を見るより、翔太君の発想。
推理能力を間近に見ていた方が面白い。
結論はもう出ていた。
実現可能だと。
後は由佳ちゃん、翔太君が証拠を見つければ、その先はお楽しみって事ね。
ぞくぞくした。
恐らく、証拠が残されているとするならここだった。
倉田さんと共にやって来たのは、船着場近くにあるゴミ捨て場。
豪華客船ツアーのまさに裏舞台。
そして、夢幻場内に焼却施設が無いのが幸いだった。
思った以上に膨大な量ではあったが、だからこそゴミ処理に余計なスペースを使いたくなかったのだと思った。
袋を開け、絶対にあるだろう証拠を探す。
流石に由佳や楓には頼めない。
1つ、また1つと開封し、これも違う。
そして縛るを繰り返す。
もしかしたらまだ夢幻城のどこかのゴミ箱に入っているのかもしれない。
しかし、美園さんや村田さんがいるここで、ゴミが回収されていない筈が無い。
「……あったぞ吉野君!」
受け取った。
手の平サイズの機械。
切られたと思われるコードが2本。
良し。
こっちはこれでOK。
下水道にゴミ捨て場。
臭い所ばかり今回は探していたせいか、無性に今の体臭が気になった。
すっかり日も暮れてしまった中戻ると、既に鮎川君と桜庭君がいた。
頷いた彼女らもまた、吉野君が思った通りの結果を得たのだろう。
この3人は、今までの事件もこんな風に役割を分け、解決をするために1つになって動いていた。
今後も恐らく。
警察は便宜上、犯罪によって異なる『課』を設けている性質上、どうしても組織全体が動くと言う事はない。
全く頭の痛い事だった。
もうちょっと流動的に動けるよう、何か策を練らなければならないと思った。
出来れば人生のパートナーも……。
「どうだった?」
「ええ。可能みたいよ」
「あたしも。目撃証言あったわよ」
いかんいかん。
脱線しかけたが、こちらも証拠は見つかった。
そしてこのまま真相を話す……と行きたいが、後1日なら、我々警察が踏ん張れるだろう。
3人には休んで貰わなくては困る。
「可能は組み上がった」




