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カノウコウチク~吉野翔太の怪事件ファイル~  作者: 広田香保里
怪3 自動人形の願い
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死して気付く罠

 中華調味料の中から、甜麺醤を好んで使う人がどの程度いるだろうか。

俺も姉ちゃんからの指示で買う事があるから良く知っていた。

毎日買うようなものではない。

だから倉田さんに調べて貰ったら、読みは当たっていた。

需要は非常に少ない。

であれば誰が買うのか。

料理研究会に参加するような人なら買うだろう。

それ込みでの少ない需要。

だとしたら、誰がいつ買うのかを、長いスパンで見れば逆算が出来るのではないだろうか。

買ってから次に買うまでのスパンを、少人数であれば見極められるのではないだろうか。

殺意が。

憎しみが深ければ深いほど、可能なのではないだろうか。

そして被害者が買いに行くであろう直前に、瓶を毒入りのものにすり替える。

それを踏まえた上で、瓶を見て初めて見えて来るものがあった。

まず1つ。

普通の瓶とこの毒入りの瓶が、見極められるかどうか。

平野さんがまずは見てみる。

「……外側からは見分けがつかない」

 フィルムの穴でうまく誤魔化されてて、見分けられない。

野菜ならともかく、調味料をそこまで細かく見て買う人は少ないだろう。

「でも、フィルムが破れるんだから、開けたら普通に分かると思います」

 2つ目。

調味料のフィルム。

門倉さんが実際にフィルムを剥がす。

調味料のフィルムの仕組みがどうなっているのか。

通常、蓋の部分のみが剥がれるようになっている。

他の調味料、或いはドレッシングなんかのフィルムもそう。

最初からフィルムを全て剥がす。

殆どの人はやらないだろう。

「んじゃさ、これならどーよ」

 志藤さんが仕掛け入り甜麺醤の中身をスプーンで豪快に救い、ボウルに移して行く。

3つ目。

空になった瓶底がどうなっているのか。

目を見開いている志藤さんも、同じ事を思っているだろう。

いくら綺麗にスプーンで掬っても、甜麺醤を全て取り出すのは不可能。

だからこそ、その甜麺醤自体が、瓶の底の方に開いた小さな穴を隠す役割を担ってしまう。

甜麺醤が赤茶色と言う、暗めの色である事も好都合だった。

逆に言えば、この仕掛けに被害者が気付けるタイミングは、フィルムを全部剥がす癖を持っているか、甜麺醤の空瓶を綺麗に洗うかのどちらかなのだ。

普通であれば、両者とも捨てるタイミング。

その捨てるタイミングで気付いても、もう中身の殆どを食べてしまっている状態。

それで体に何の変調もきたしていないのであれば、疑問も無意識の内に無くなるだろう。

或いは、既に服毒して死んでしまっているか。

「マジかよ……」

 蓮見さんの家から瓶が見つからなかったのは、彼女が作りながら後片付けも並行して行っていたから。

ゴミに捨て、そして食事をして死亡。

ゴミは業者が持って行ってしまい、証拠が無くなった。

篠崎さんのように、例え毒入りの瓶が見つかったとしても、特定の人物を示すような証拠は残らないのだ。

 扇原さんは拍手をしていた。

「凄い推理だね。甜麺醤って言うマイナーなアイテムを使い、料理に詳しい人物を次々と殺していく。まさに悪魔だ」

 扇原さんは、俺をまっすぐ見た。

ダメだ。

殺人を否定したって、もう全て分かっているのだ。

「でもさ、君が言った通り。証拠、無いよね? ……僕が犯人だって言う。これ以上の憶測は、許さないよ」

 だからこそ、あんたに全てを突きつけよう。

だからこそ、俺も知らないあんたの本当の願いを皆に聞いて貰いたいと思う。

だから俺はここにいるのだから。


 言ったろ?


 犯人はあんただって。



「なら、証明して貰おう」

 ああ。

もう無理だと思った私を罵って欲しかった。

細部まで見て初めて分かる方法ねまさに!

そしてどうして甜麺醤なのか!

そこにまで意味があったのね! 

「その前に、思いもしなかったハプニングから」

「ハプニングですか?」

「俺んちで起きた、強盗事件」

「この事件に関わってるの!?」

 強盗事件は初耳だけれど、どう繋がるのか、さあ見せて!



 事件が発覚した時、家から盗まれたものが何か。

理由が。

分からなかったけれど、人形の意味に気付けば。

そして殺人の方法さえ分かってしまえば。

謎の強盗事件の理由が垣間見えた。

俺が買ってしまった、この毒入り甜麺醤を回収するため。

「なるほど……」

 焦っただろう。

本当は石崎さんがこの瓶を買うはずだったのだから。

そして石崎さんが買うであろうタイミングで、俺が買っていった。

「何ですって!?」

 多分扇原さんはそれを見ていた。

慣れた様子で買っていく俺を。

だから回収した。

このままでは関係の無い人間が死んでしまう事を恐れた。

何せ、人形の意味を悟ってくれる事を願った。

殺人を犯すつもりは無かったのだから。

そして関係の無い人間が毒入り甜麺醤を使ってしまえば、そこに殺人以外の意味は存在しなくなる。

それに、金品以外のもの。

冷蔵庫の中身が盗まれたとして、それにすぐ気付く人間はあまりいないだろう。

だから何も盗まれていない、そして目撃者がいないと言う、慎重で間抜けな強盗。

そんな状況が出来てしまった。

 全員が納得してくれたのだろうか。

それとも犯人の不気味な真顔からだろうか。

沈黙が漂った。

「証拠は何だい?」

 俺は、甜麺醤の瓶を持った。

犯人が知らない事実。

且つ俺達が知っている事実を突きつけるために。

倉田さんが皆を呼んでくれたのも、決定的な証拠が出てきてくれたから。

あんたから回収したもの。

そして勿論、殺された3人と同じ細工がしてある。

俺が買った後、慌てて予備の甜麺醤をスーパーに仕込んだ。

「だから何だって言うんだい!」

 回収した甜麺醤は、どこに消えたのだろうか?

捨てたのだろうか。

いいや違う。

毒の入った証拠品をただ捨てたって、もし見つかってしまったら意味が無いのだ。

犯人の家から近場であれば。

そこからどうやって。

何故。

突き詰めて行く事で扇原さんに辿り着いてしまう。

遠くに捨てても同じ。

長期間不在であれば、それだけで犯人だと疑う事が出来る。

自動殺人だけ仕掛けておいて、不審な行動を取っていては意味が無い。

日常生活を送り続けなければ、いずれ疑いがかかってしまうから。

だが同時にそれは、証拠品をどうするかがネックになる。

この場合は、ハプニングによって回収した甜麺醤。

「どう言う事?」

 言い忘れていた。

慌てて仕掛けた予備の甜麺醤。

予備って言っても、本来は扇原さんの部屋に置いておく予定だったもの。

そう。

証拠品を自分の手元に置く事で、自分も被害者に成りすます。

それが一番の自然な策。

言い換えれば、こいつはこないだまで俺んちにあったもの。

「表面に指紋がついてるって? それとも蓋? ついてる訳無いよね。だってそんな覚えは全く無いんだから」

 俺達が知っている事実が証拠なのだから。

この瓶の中までは、何も出来なかっただろ?



 凄い高校生だと思った。

憶測だけでここまでピタリと言い当てられるものだろうか。

だけど、吉野君の家には、髪が落ちないように水泳のキャップをつけた。

目撃者だっていない。

スーパーに仕掛ける時だって。

怪しまれない、しかし顔が見えないように服装、化粧だってした。

考え付く限りの証拠は残していないし全て消した。

それなのに、ここにいる高校生は証拠を見つけた。

ナンダ?

「俺の姉ちゃんには、拘りが一つだけあるんだ」

 拘り?

それがナンダ?

……分からなかった。

「うちのシェフは毎回使ってる調味料だろうがまず味見をする。盗まれる前、容器には半分以上入っていた。その記憶と同じく半分以上入っている容器。中身を出したりしたら、毒の部分まで掬う可能性があり不自然さが残るから瓶に細工は出来ない。 ……瓶の内側を拭き取り、側面に使っているかのような細工をした可能性も低い」

 言葉を失った。

僕が知らない事実。

だけど、彼らにとっては当たり前の事実。

そして本当にさり気ない部分に、それはあった。

「だから、この瓶の内側面には姉ちゃんの指紋が残ってるはず」

 ……吉野翔太……か。

皆が沈黙した。

「まだ言う事は?」



 扇原さんは深く息を吸い、そして吐いた。

翔太は、ただ扇原さんを見ていた。

翔太は何を思っているのだろう。

扇原さんは何を思っているのだろう。

「……君には参ったよ」

 扇原さんは皆に背を向けた。

何かを見上げたような後姿に、過去を見ているのだろうか。

あたしも空を見上げても、実際に空を見ないから。

そんな意味の無い憶測。

「……君が余計な事をしなければ、この犯罪は人知れず終わるはずだった」

「……何でなん?」

「どうして料理長を殺したのねえどうして!」

 物凄い勢いで扇原さんに掴み掛かる平野さんに驚いた。

……感情の起伏が少ない人だと、思っていたから。

門倉さんと志藤さんが必死に止めるが、ボロボロと泣いている姿に、殺された堀川さんとの絆を感じずにはいられなかった。

尚も掴みかかろうとする平野さんを必死に宥め、何とか落ち着きを取り戻す。

その一部始終を、扇原さんは真っ直ぐに受け止めていた。

「陸は、不幸な事故によって死んだ。それは事実だよ。誰かに殺されたりはしてない」

「なら何故……」

 扇原さんは拳を握った。

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