↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カノウコウチク~吉野翔太の怪事件ファイル~  作者: 広田香保里
怪2 花園塔の劫火
PR
26/190

劫火は全てを飲み込んで

 劫火の元に。雪月花。

そして花蓮さんの部屋に残されていた手紙。

何故犯人はそんな痕跡が残るような事をしたのか。

3階に宿泊していた花蓮さんの部屋に残ってしまえば、彼女の部屋に侵入出来なくなるこの状況で。

だとしたら、メッセージや手紙が残る事に、何らかの意味があるとしか思えなかった。

その意味は何か。

殺人が起きた状況をもう一度思い出す。

恵さんは自室で殺害されていた。

ここがそもそもの問題。

この建物の構造を利用した殺人を行うためには、最後のターゲット。

恵さんがどこにいなければならなかったか。

その場所を指定しなければ、そもそもこの犯罪は成立しないのだ。

「意味……ですか」

 これも一種の錯覚。

殺人が行われる前に、手紙をターゲットに送り、殺人を行うって言う先入観。

恵さんの部屋からは見つからなかったが、恐らく華織さんは花蓮さんの時と同じような手紙を配った。

そして12時前に2階に来て、恵さんにこう言った。

貴女が手紙を送ったのですか? って。

「どうしてそんな事をしたのかしら?」

 恵さんの豹変ぶり。

何かまずい事を抱えている証拠。

だから黒田さんは、自分自身に用意した手紙を装い、恵さんに近付いた。

恵さんも、手紙さえ見てしまえば信じざるを得ない。

「受け取っていないはずの手紙……」

 それだけじゃない。

あの手紙には、もう一つの意味があった。



 12年前。

花園塔で起きた火災事件。

犯人と思われる人物が自殺を図り、幕を閉じた。

死亡したのは。

すずきげっか。

雪月花。

せつげっかでは無い事を、田村は知っていたのだろう。

新谷の部屋から見つかった手紙には、わざと月花と書かれていた。

こうする事で、ターゲットである人間だけに確実に恐怖を与える事が出来たのだろう。

田村は、黒田華織に手紙を見せられた後、恐らくは残りの中に犯人がいると踏んだ。

更に私は吉野君達と共に行動をしていた。

だとしたら残る最上氷雨。

彼が犯人ではないだろうかと。

黒田を監視する事も出来る。

そう踏んだ田村は、部屋に招き入れる事にした。

「この殺人を成功させるには、恵さんが部屋から出ない。且つ部屋に華織さんを入れる2つの状況を作り出す必要がある。その状況を、メッセージ1つで作り上げた」

 アイテム一つでここまでの限定状況を作り出してしまうとは。

全く恐ろしいものだった。

「2階と1階を行き来できる状況にいた人間は黒田さん。もうあんたしかいない」

 全員の視線が黒田華織に集まった。

まだシラをきると言うのなら、実力行使に出るしかなかった。

屋上への鍵と、恐らくエレベーターの切り替え用リモコンがどこかにある筈だから。

「まだ言う事は?」

 黒田華織は笑い、深呼吸をした。

「……1つだけ教えて。どうして建物の構造に気付いたの?」



 アロマの香り?

異常な構造?

それともエレベーター?

違うわね。

それらを異常と認識する事は不可能。

きっと、何か別のトリガーがある筈よね?

もっと興奮させて欲しい。

「1つは天井」

 天井?

そんな事でこの建物の構造がおかしいと気付けたとでも言うの?

それなら私にだって分かった筈よ?

「5階だけ天井が高かったのに建物の外観は、階の高さが全く同じだ。まずここに小さな違和感を覚えた」

 良かった。

ただのきっかけであってくれて。

そこから分かってしまうのであれば、私はただのバカになってしまう。

頭の良い男性は魅力的。

だから私もバカな女でいたくは無いのよ?

「もう1つは黒田さんの行動」

「私の?」

「この不可能犯罪を考える時、常識を考えない事からはじめた。そうした時、あんたの行動だけが不自然だった」

 彼女の行動一つで分かってしまったと言うの?

そんな訳無いと思いたい。

とても素敵だけれど。

ほら。

黒田華織だって首を傾げているわよ。

「花蓮さんが殺された時、俺が呼びに行った。その時あんたはどこを見てた?」

 私達が支度をしていた時に、翔太君は全員を呼びに行った。

そしてそれが今回の2重不可能犯罪を生んでしまった。

でも、もしそれが無かったら?

この事件は何も分からないまま終わっていたのかもしれなかった。

「1階で事件が起こったのに、何故7階にいる筈のあんたは天井を見上げた?」

 ……また軽く昇天してしまったわ。

「普通は俺か、下を見るんじゃないか……って思った時、疑問を持った。花畑の仕掛けをするには時間が掛かる。だから少し前まで黒田さん。あんたは外の花畑にいた。それで思わず上を見上げてしまった」

 なるほど。

だから本当に7階の上に1階があると言う有り得ない仮説を立てたわけね。

そこまでのモノを、きっかけ一つで組み上げてしまうのは、やっぱり才能ね。

「そしてここが地下だって仮説を立てた時、幽霊騒動と結びついた」

 もう少しで翔太君の話が終わってしまう事を、とても残念に思う。



 あの幽霊騒動と繋がるの?

翔太の思考回路が速過ぎて、ついて行くのが無理だった。

今までだって、何度か目の当たりにした事はあった。

だけどそれは、誰も正解しなかったテスト問題を一人だけ正解していたり。

或いはお昼休みの放送の、誰も聞いていないような問題をつまらなそうに正解したり。

学校の範囲で納まるようなものだった。

ここまで非常識な問題を、こんなに早く気付ける力があったなんて。

知らなかった。

「……例の呻き声か」

「俺達が聞いた呻き声と、最上さんの歌声が似てた」

 気を使えない所は相変わらずだった。

呻き声の下りは言わなくて良いじゃない……最上さん落ち込んでるじゃないのよ……。

「何で別の階にいるはずの最上さんの声が俺達の部屋で聞こえたのか。4階と5階はそれぞれ違う扉が開く。もしかして、最上さんと俺達の部屋は、エレベーターの両開きの扉を挟んで同じ階にあるんじゃないか……そして、恵さんの部屋と、他の誰かの部屋が同じ階にあるんじゃないか……って」

「たったそれだけの事で分かっちゃうなんて」

 黒田さんがキーホルダーを放り投げた。

リモコンと鍵がついているそれを倉田さんは拾い上げ、壊れた屋上の扉の鍵穴に差し込むと、鍵が開く音が鳴った。

「そう。犯人は私」

 リモコンのスイッチを押すと、エレベーターの扉が閉まった。

そっか……。

これで移動できるようにしてたんだ……。

「決定的だな……」

「私があいつらを殺したの」



 今でも鮮明に思い出す。

月花と逃げようとした、あの雪の日を。

この建物が黒い理由、全員知らない。

知っている人間は私が全員殺してあげたから。

どういった経緯で建物が黒くなったかは想像できる。

だけど、どうして黒くする必要があったのか。

この黒は煤。

管理は行き届いている筈なのに、どうして建物自体を掃除しなかったのか。

私がいた時には分からなかったこの建物の構造を逃げ出した後に必死に調べてようやく行き着いた。

顔と名前は変えたそれだけで奴らは気付かなかった。

劫火は笑顔に隠れて激しく燃盛った。

ねえ。この建物、昔はどんな建物だったか、知っている?

「確か、児童養護施設と、聞いているが?」

 流石刑事さん。

管理室のPCからネットに繋がれるとは思っていなかったけれど、それでこそ刑事と言った所。

でも、18歳以上限定の児童養護施設なんて、普通考えられると思う?

全ての憎しみを込めた。


 娼婦館。


「バカな!」

 児童養護施設?

ああそうあいつらそう言う風に誤魔化していたの!

殺して正解だったわね!

身寄りの無い少年少女達に最高の環境を与え最低の行為の捌け口になっていた!

どうしてここまで人里離れた所に作る必要があるどうしてあそこまで特異なエレベーターが必要かもう分かるでしょ!

 全員が硬直していたそれで良いこの際だから話してあげる。

身寄りの無くなった私はここに連れて来られ毎晩のように相手をさせられた。

……そんな時、私は月花に出会ったの。

「そんな事って……」

 鮎川さん。

だっただろうか。

何も知らない子はそのままで良い。

憎いとも思わない。

たださ、苦労を知らないお子様には一生分からなくて良い世界を私は忌まわしい過去として持ってしまっている。

そう言う人もいる事だけは理解しておいて。


 黙れ。


 ここに男女なんて概念は。

心なんて概念は存在し得なかった。

だって、同性愛者だって、両性愛者だっているでしょう?

中性的な外見の月花は、まさに10年に1人の逸材だったってわけ!

一目を憚るのに最高の環境が揃っているそう言う場所だったのよ!

逃げ出した子は大勢いた。

例外無くある人は絞殺ある人は毒殺!

……本当に酷かった。

 吉野翔太だけは真っ直ぐに私を見ていた。

同情も、何も無い。

話を聞いているのかも分からない。

そんな表情。

それでも月花は私と逃げようと言ってくれた。

それが私には嬉しかった。

彼と逃げられるなら、死んだって構わなかった。

唯一つの光を求めて死ぬかもしれない道を選ぶ。

当たり前でしょう?

生きる事が幸せだとは限らないから。

そんな月花は、ある日屋上からゴミのように捨てられた。

……丁度花畑の中央で、横たわって。

彼はここに当時いた全員で、一緒に逃げる計画を立てていた。

そしてその後は、ひっそりと暮らそうと。

ただ当たり前の毎日だけを願ったのだ。

でも。

殺された。

彼だけではなく、逃げ出そうとした私以外の人も。

全員。

 幹部だった3人に。

アイツラニ!!!!!

結局、スズキゲッカと言う人間が起こした大規模な火災。

その上での自殺だと警察は判断した。

黒い塔の中のおぞましい秘密は、幽霊騒動と言う形で、怪奇現象として闇に消える事になった。

 逃げ延びた私は復讐者。

必死に勉強した!

整形し名前を変えてあいつらに復讐するための知恵と金と憎悪を育んだそしてこの建物の秘密を調べ計画を練り上げた!

顔は涙と罪と過去でぐちゃぐちゃになっていた。

でも、最後の仕上げが残っている。

呪いを、終わらせるための呪文。

花園塔を消す、最後の役目。

 私は爆弾の起爆スイッチを全員へ向けた。



 秀介が引き起こした事件は、何も出来なかった。

それは全部自分が悪いから。

「吉野君。こんな短時間で秘密を暴いた事、褒めてあげる! でも少し遅かった。復讐は全て終わったの!」

 あれから俺は、何か変われたのだろうか?

分かってる。

簡単に人は、変われない。

なら、どうやって人は、変わって行くのだろう。

変わる自分を、受け入れる。

覚悟。

俺は黒田さんの方へ、一歩一歩歩いて行った。

「この状況が分からないの!?」

 由佳が叫んだ。

もう。

覚悟をしたから大丈夫。

また一歩。

黒田さんに歩いて行った。

この建物の構造がばれる前にかは分からないが、建物もろとも爆破させれば、何も問題は無いと考えるだろう。

常套手段。

 黒田さんはリモコンのスイッチを押した。

由佳や最上さんが目を閉じた。

でもさ。

起こるのは沈黙だけなんだ。

信じられないなら、何回でも押してみれば良い。

リモコンを持ったまま震えが止まらない様子の黒田さん。

分からないか?

俺が何でこんな下らない推理ショーを始めたか。

あんたが建物を爆破させる前に、何としても爆弾を止めて貰う必要があったから。

だからあんたを含めた全員を呼び出して意味の無い事を長々と始めた。

それだけだった。

「各階にあった7つの爆弾は、全て破壊させてもらった」

単なる時間稼ぎでしかなかった。

それに、倉田さんが推理ショーをやったら爆発は避けられない。

殺人を防ぐ事は出来なかったから。

せめて犯行を防ごうと。

たったそれだけの事しか出来なかった。

「……どうしてよ……」



 翔太君は邪魔をしてはいない。

翔太君は、翔太君に芽生えた信念通りに、結果的に自分の事だけを考えて行動しているだけ。

「どうして邪魔するのよ!」

 へたり込んでしまった黒田華織に、翔太君もしゃがみ込んだ。

「月花さんが助けた命粗末にすんじゃねーよ」

 お前に何が分かると。

黒田華織は叫んだ。

夕日は、ただ虚空だった。

「復讐なんて、虚しいだけだ」

 誰に向かって言っているのかしら。

或いは、誰に向かって言いたかった事なのかしら?

「お前に何が分かる!」

「あんたは人殺しをするために月花さんに救われたのかって聞いてんだ!」

 感情のぶつけ合い。

私はこの世で最も美しいと思っている。

生の声。

達人同士の刃の切り合いよりも、切れ味鋭く心に刺さる。

その、ぶつけ合い。

人間の持つ、最も貴重な財産だと思う。

「お前に何が分かるんだよ!」

 この感情を無くしてしまったら。

きっと人は死なない。

生きれもしない。

「あんたの魂に聞いてんだ! 月花さんの魂が宿るあんたの魂に!」

 雪月花。

雪月花。

黒田華織の中には、復讐の劫火と雪月花の切な願い。

どちらが眠っているのか。


「雪菜。人には等しく、幸福に生きる義務がある」



 花鳥雪菜。

遠い昔に与えられ、捨てた名を呼ぶ声が聞こえた。

いいえ聞こえない。

私はその義務を捨てた。

復讐の宿命を選んだ。

私に聞こえる訳が無かった。

そう。もう過去は戻らない。

この復讐が終わり、私の宿命は切り開かれた。

月花。

貴方の無念は12年かかったけれど、殺された皆の無念も含めて完璧に晴らしたから。

だから涙なんて流れる訳が無い。

もう捨てたのだから。

さっき流れた涙は一時の葛藤。

もう迷わない。

だから今溢れている感情は、きっと頭で処理出来ない、オーバーしただけの何の意味も無い涙。

女性特有のとても邪魔な涙。

声が出ない。

どうして何の罪も無い吉野君を……殴っているのかどうかさえも分からない。

力も入らない。

あんたに何が分かるんだ。

月花の事を何も知らないあんたに。

私の経験はこの世で最も残酷な経験。劫火。

じゃあどうすれば良かったんだ。

月花を忘れて笑顔で生きる事があんたは出来たと言うのか。

そんな完全な人間がこの世にいる訳が無い。

それは何も経験しなくて済む世界に慣れきってしまっているだけではないか!

声は言葉にならなかった。

ただただ私は泣き続けた。

尚も目の前の罪無き高校生を力無く殴り続けた。

そんな事どうでも良いのに。

彼に罪は無く、彼のような若者を望んだ世界がイマなのに。

だけどこれだけは知っていて欲しい。

そう思ったのかもしれない。

 あんたに月花の何が分かるのよおおおお!



 長年育んできた劫火が溶けていく。

子供のように泣きじゃくり、糸が切れていく。

ただ1人愛した男性へのメッセージは、果たして天に届くのだろうかと、終焉を迎える前でも、問いかけずにはいられない。

楓は、色とりどりの花に、様々な言葉を思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=666177893&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。