前提組み換え
翔太の表情が暗い理由は分かっていた。
きっと有村君の事を、思い出しているから。
「犯人が分かったって、本当ですか?」
最上さんの言葉に、ゆっくりと翔太は頷いた。
楓さんの表情はギラギラしていた。
理由を知ると、何て事は無かったが、ただの変態だった。
「犯人は自殺したって聞いたけど?」
遺書に書いてある方法が実現不可能な事を翔太は裏付けとして話した。
遺書が前もって用意されていたから、きっと変更が出来なかった。
犯人にとっては小さなハプニング。
「なら、犯人は誰なの?」
犯人は、黒田華織。
開口一番、翔太は黒田さんに向き合った。
「あら。何の根拠も無くいきなり私? ……皆を集めていきなりそれじゃ、面白みも何も無いわよ? 探偵気取り君?」
翔太は笑顔も怒りも無かった。
ただ真っ直ぐに黒田さんを見ていた。
話し方も、あの時と同じだった。
私達が関係するような事ではない。
多分、思い出しながら話しているんだ。
「花蓮さんを殺した方法から、説明する」
外へ向かう翔太を、黒田さんは睨んだ。
犯罪は、どうして起こるのだろうか考えた。
怒り? 憎しみ?
それとも、別の何かがあるのか?
違う。
感情自体がこのような犯罪を生むわけじゃない。
その感情を、許せるか許せないか。
きっと、許せないと思った時、このような殺人。
復讐に人を駆り立てるのかもしれない。
あの時、黒田さんは花畑を見て、何を思っていたのだろうか。
それでも許せないと、心の中で思っていたのだろうか。
「それで? どうやって私は花畑の真ん中に死体を運べたのかしら?」
目の前にいる復讐者に、怒りも同情も哀れみも無かった。
せめて許せるように。
俺自身が、秀介を許せるように。
まず黒田さんは、花蓮さんを例の手紙で呼び出して殺害した後、予め用意しておいたロープを花蓮さんの体に引っ掛けた後、あそこの2本の木の中間に通した。
花畑外周にある高い木。
「木に?」
次に通したロープの片方を固定。
もう片方は車の後ろに。
……後は車のサイドブレーキを下ろしておけば、足跡をつけずに死体は持ち上がって行く。
「お粗末な方法ね。ロープは? 引っ張って回収したら変な跡が残るんじゃない? それにそのまま自動的に持ち上げたって、車の速度で少しずつ引きずられていくだけ。花畑に絶対に触れてしまうわよね。そんな方法で花畑に触れずに持ち上げるのは不可能じゃない?」
そう。
この方法の巧妙な所。
誰もこんな幼稚な方法を信じない。
だが、この方法がここでは好都合であると同時に、とある手段を使ってしまえば、あっという間に可能に組み上がる。
……車を発進させてここに急いで戻り、花蓮さんと手を繋ぐ事によって。
黒田さんの表情が、僅かに揺れた気がした。
花畑の1辺は10m。
そして結びつけた木の高さも10m。
つまり、大きな正方形が出来ていた。
……なるほど。
理論上は手を繋げば花に触れる事無く、ある程度の高さまで手を繋いで離しさえすれば良い。
……本当に素晴らしいわ。
「死体が車によってある程度の高さに持ち上がるまで、死体を支えた」
「そっか……持ち上がってから手をそっと離せば……」
「死体を花に触れさせず、持ち上げる事が出来る」
「ならロープは? いい加減にしなさい」
黒田さんの声に怒りが混ざったが、怒りたいのはこっちだった。
ロープなんて、どうにでも出来るじゃないのよ。
ほら。
翔太君が持って来た、高枝切りバサミを使っても。
「……あ。そっか」
「中心近くを切るだけで出来る。 ……丁度こいつは5m。手を伸ばす分を含めれば、ギリギリ届く計算。切った後、花蓮さんは花畑に落ち、跡を残さず不可能犯罪の完成」
「じゃあ、車のパンクって……」
「そう。ここからの脱出手段を無くすのは勿論だが、実際にこの方法が使われたと思わせないための心理的罠」
黒田さんの拍手に、私も同感だった。
本当に見込み通りの頭脳だわ。
「なるほど。その方法なら人を運べるわね。凄いわ。で? それを私が実行したって、今の話で何がどう繋がったの?」
黒田さんは笑顔で翔太君を見た。
翔太君はその視線をただ真っ直ぐ見つめ返していた。
「分かる? ここは地上。つまり1階。私がいたのは7階。どうやってエレベーターを使わないでここまで私は来て、部屋に戻ったの? こんな方法をいくら説明されたってうんざりするだけなの分かるわよね?」
「言ったろ?」
翔太君は表情も変えずに。
特別声色を変えずに。
しかしはっきりと言った。
「犯人はあんただって」
翔太は黒田さんから目を逸らさなかった。
黒田さんに、有村君を重ねているのが良く分かった。
もし、生きてた有村君を推理で追い詰めるような状況がありえたならば。
同じような表情をした筈だから。
「確かに7階から1階まで、エレベーターを使わずに来るのは不可能」
黒田さんは大声で笑った。
被っていた何かが剥がれているのを感じた。
笑われている事に私は腹を立てても尚、翔太は黒田さんを真っ直ぐに見ていた。
「あんたがいた7階が、本当に建物の最上階にあるんだとしたら……」
え?
黒田さんは目を見開いた。
「ついて来て」
楓さんは相変わらず変態だった。




