プロローグ
「そうか!! お前、死神ってやつだな!! 俺を天国に連れていくために来たんだろ!!!」
薄暗い路地、ビールケースに腰かけたサラリーマンが赤い顔をしながら叫ぶ。
その視線の先にいるのは、大柄で細い眼をした同じくサラリーマン風の男。ただし、こちらは黒いネクタイを締めスーツの左腕には黒い腕章が安全ピンで留められている。
「いえ。そういうわけではないので、まずは、落ち着いてお話を聞いてください」
あくまでも穏やかに、困った様子を見せず、だが酔って叫んでいる男の振り回すビール瓶は決して当たらない距離で、大柄な男が話しかける。
その頭の中は実は、振り回しているビール瓶のことよりも、酔っぱらいが天国行って追い出される歌がありましたねであり、そんなことを考えている顔のほうも、脅威を感じているようには全く見えない。
「先日、こちらで亡くなられた方がおり、その後、昼間でも路地の中から酔っぱらいの声が聞こえる。でも、路地を覗くと誰もいないというようなお話を耳にしまして」
「なんだぁっ!? 俺がここにいるのが迷惑だってーのか!?」
昼夜問わず、覗き込んでみても誰もいない路地から、男のわめき声や、うめき声が聞こえるなど、どう考えても怪談であり、普通に幽霊騒ぎである。
実際、この男が立てる騒音によってか、誰もいないところから響く声に恐怖を感じてか、この路地近くの店からは客足も徐々に遠のいている。
そういった経緯から自分がここに訪問することになったのだけどなとは思いつつも、そのことについては指摘せず、男は首をゆっくりと振って答える。
「いいえ。誰かいらっしゃるならご挨拶だけでもと思いまして」
無表情というよりは幾分かは緩んだ表情のまま、スーツの懐に手を入れて目当てのものを探し当てる。
人差し指と中指に挟まれて出てきた黒い革製の名刺入れの中央には、朱とも赤とも橙ともとれる色である植物の実が描かれている。
「わたくし、こういうものです」
取り出した名刺のほうは、普通の白い名刺。
それを、両手で持ち酔っぱらいにと示す。とても名刺を受け渡しできるような距離ではなかったはずの2人の間は、いつの間にかそれが可能な位置に詰められている。
「お、おうよ」
前後不覚といっていいほどの酩酊状態であっても、サラリーマンとして長く働いてきた本能か、それとも骨の髄まで染みついた社畜の習慣か、どこまでも不自然でありながら、その不自然さを感じさせない動きに、思わず名刺を受け取ってしまう酔っぱらい。
横書きの左上に書かれているのは特定非営利活動法人ほおずきの文字。そして、本人の名前。住所や電話番号は、通常のものと変わらずに黒のインクで記載されている。
唯一、目を引くのはそこだけ何故か銀色の文字で箔押しされている肩書。
「主に彷徨い人の訪問支援や同行援助を行っております。特定非営利活動法人ほおずき、彷徨い人支援員の石山大吾と申します。ゆっくり、お話を聞かせていただいてもよろしいですか?」
彷徨い人支援員。
彷徨い人保護法、彷徨い人措置法、彷徨い人支援法を総称して呼ばれる彷徨い人関連三法のうち、支援法に基づいて、未練を残してこの世に残ってしまった者たちのもとを訪れる彷徨い人支援等サービスを行う国家資格保有者のことである。
「お。ああ、まあいいぞ」
銀に輝くその部分から目を離した酔っぱらいは、先ほどまでの酩酊して興奮していた状態から一転、落ち着いた眼で石山に視線を向けていた。
1時間後。
「あ、荒田さん、お疲れ様です」
左腕の腕章を外し、ネクタイも葬儀用の黒い光沢のあるものから、青い池の中を金魚が泳ぐ涼しげなものに変えた石山が、路地から出ながら電話をかけている。
しかし、その手に持っているのはいわゆるスマホではなく、朱色に塗られ金の縁取りがいくつかされたガラケーである。
「はい。古だぬき横町の酔客の件、済みました」
まだ昼過ぎ。早い時間から仕込みをする店主が何人か、胡散臭げに石山を眺めるのに軽く会釈しながら、横町の出口に向かっていく。
「ええ。ご自身の状況はよくわかっていらっしゃったようで、後はお話を聞いたら満足され、しっかりとかえっていかれました」
横町を出て一旦止まり、駅の方向を確認する。
そして、また歩き始める。
「ところで所長は?」
聞いた石山の肩が、直後に沈み込む。
いつも通り管理者席にふんぞり返ってくれていれば、報告だけで帰れるだろうという算段がもろくも崩れ去ったためである。
「あ、県の施設長級連絡会議、今日でしたっけ。そうか。じゃあこのまま直帰ってわけには」
それでもダメもとで切り出す石山の頭が、電話向こうの明るい声に大きく落ちる。
「はい。わかりました。帰社して報告書上げます」
通話終了ボタンを押し、携帯を畳むと胸ポケットにしまう。
そして、手にしていたカバンから今度はスマホを取り出して、電源を入れる。
駅の改札口が近づいてきたので、起動中のスマホもカバンの取っ手と一緒に左手で持ち、胸の内ポケットから再び名刺入れを取り出し、自動改札機にあてて改札口を通る。
と、左手のスマホがメール着信音を鳴らす。
そのメロディに、石山が軽く笑みをこぼした。
今年3歳になる娘が、まだうまく回っているとはいいがたい舌足らずな声で、某子供向け番組の1コーナーの名前をメロディに合わせて歌うのは、妻からのメール着信の時だけのものである。
スマホを操作して、メールを開く。
無料通話アプリで手軽にやり取りするのもいいが、あれは着信音を自由に変えられないため、石山は妻との連絡は、いまだにメールを中心で行っている。
他にも、あちらと違ってこちらなら画像の保存期限が過ぎましたとか無粋なことは言わずに、自分が消すまで記録が残っているのが良いという言い分も利用している。
まあそれも、来た画像をスマホに保存すればいい話なので、妻がいつまでもその事実に気づかないでくれているように祈っていたりもする。
「今日は早く帰ってこれるの? ……か」
参ったな。そういう顔で頭を掻きながら、ホームに上る階段に差し掛かったので、一旦スマホをカバンにしまい、登り切った後でまた取り出す。
「会社に戻って、報告書書いたらすぐ帰れそうです。と」
所長が参加している県の施設長連絡会議は、彷徨い人の困難事例について共有し、県全体でチームとしてどこかに任せきりにしない連携づくりをするというその存在意義とは真逆に、自分たちの専門性は出し惜しみしつつも、他の良い対応事例だけはさらっていこうとする魑魅魍魎の巣窟のようなところである。
いつも、昼一番から始まって夕方には終わる日程で行っているはずなのに、相手の出方や最近の様子を互いにうかがうところから始まるため、日が空に出ているうちにはほぼ終わらない。
しかも、その後には懇親会という名の終わらない飲み会が待ち受けている。本来であれば、それぞれに重要な仕事をしている各施設長であり、会議の後にそれぞれの持ち場への連絡を行いたいところではあるのだが、自分のところの現場の話を少しでも漏れ聞こうものなら、次の飲み会で話題を提供せざるを得なくなる。
そんなわけもあって、ほとんどの職場の人間にとっては、この施設長連絡会議に上司が出席しているその日は、新しい仕事が舞い込んでくることだけはないと安心して、自分の予定をたてられるのである。
「さて、さっさと報告書終わらせないとな」
了解。
簡潔にそれだけ書かれた本文と、添付された写真、ピースサインをしてこちらに笑顔を見せる二人の子供の姿に頬を緩めると、ホームに入ってきた電車に乗り込むべく、乗車位置に向かっていった。
「というわけで、祭蓮社の猫田真琴くんです。しばらくうちであずかって、彷徨い人支援について学ぶことになりました」
久しぶりに早めに帰って家族との団欒を楽しんだ翌日、千ノ葉駅から徒歩10分。通いなれた築30年を優に超えるらしい古い雑居ビル。その4階にあるオフィスに出社した石山を出迎えたのは、そんな声だった。
「はあ、祭蓮社ってことは措置法関連の施設でしたっけ」
今年で38になる石山が、28で入社した当時から全く姿が変わらない女性に目を向けて尋ねる。
このとにかく目つきが悪いが、常に姿勢よく、丁寧な口調を絶やさない女性こそ、特定非営利活動法人ほおずきの運営管理者、鬼塚汀その人である。
「はい。昨日、祭蓮社のサービス管理責任者から泣きつかれて、しばらく特別研修の名のもとに預かることになりました。猫田くん。挨拶」
「はいっ! 祭蓮社において、特別対応部排除課におりました猫田真琴です! よろしくお願いします!」
ビシッと音がしそうな勢いで気を付けをし直したパンツスーツの小柄な女性が、滑舌よく発言したのち、90度近い深いお辞儀をする。
「そうですか。私は平の支援員。石山大吾です。よろしくお願いします」
ずいぶん大げさな反応をする子だなと考えながら、会釈程度に頭を下げ、鬼塚のほうに視線を向ける。
「特別研修ってなんですか?」
言外にそんな制度、法律にありましたか? という疑問を込めたのだが、どうやら鬼塚のほうはそんな質問が来るのは織り込み済みだったようで、首をゆっくりと横に振りながら口を開く。
「法律に規定はなく、そもそも、他社の人材の受け入れ自体を普通は行いません。だからこその特別研修というわけです」
「そうですか。では猫田さん、しばらくよろしくお願いします。荒田さん、今日の私の予定は」
説明をはじめた鬼塚の様子に何かを察し、これはいけないと石山が途中で遮って、外回りに逃げようとする。
が、石山が事務員の座っている方向に首を向けた次の瞬間、ずしんと肩に重みと衝撃が走る。
「石山君、まだ私の話は終わっていませんよ」
「そういうわけみたいだから、石山さん、ちゃんと所長のお話し聞いてくださいね」
口調も声色もいつもと全く変わらないのに、石山の耳には背後から聞こえてくる鬼塚の声が地獄の底から響く悪魔か何かの怨嗟のようにしか聞こえない。
頼みの綱のはずの事務員たちは、クモの糸ですらもなかったようで、事務員スペースと支援員スペースの間に、いつもなら面接の時ぐらいにしか使わない視線も通らない布張りのパーテーションを持ち出して、こちらとあちらを完全に別世界に作り替える。
「わたくし、猫田は、石山さんの下で彷徨い人支援のあれこれを教わるように、鬼塚さんから言われましたので、よろしくお願いいたします」
「私からもよろしくお願いしますよ。石山君」
肩に置かれた手はいつの間にか肩に爪を立てるに代わっており、それだというのに合わせて万力で締め上げられているかのように、石山の肩が悲鳴を上げかけている。
「わ、わかりました。所長」
「はい。よろしく頼みますね。サービス提供責任者の石山君」
「は?」
もちろん、昨日まで平だった自分が責任者などという肩書をもらうことに対しての疑問である。
「特別研修とはいえ、他社の人間の研修を担当するような人間が、平では格好がつきません。今月から責任者に昇格です。これからもよろしくお願いしますね」
断ったらどうなるかわかっているだろうなという意味でも籠っているのだろうか、より一層の力が込められたのちに、関節が外されるか砕かれるかするのではないかという痛みは去っていった。
「もちろん、管理職手当も給料規定どおり支払われますので、安心して仕事にはげんでくださいね」
「はい。よ、喜んで」
痛む肩をさすることもできず、石山はただそう答えるしかなかった。
「では、猫田さん、外回りに出る前に基本的な業務についてお話しておきたいと思います」
鬼塚は、石山の返事に満足そうにうなずくと猫田のほうに向きなおった。
「はい。よろしくお願いしまっす」
猫田は、その主従関係に何を感じ取ったのか、額にびっしりと汗を浮かべながら、最敬礼をし、斜め上のほうに視線を飛ばしながら必死で叫ぶ。
「まず、猫田さんも祭蓮社にいらっしゃるのですし、彷徨い人関連三法については基本はご存知ですよね?」
「すみません。私達、祭蓮社特別対応部排除課は、報告書も課長ぐらいしか書かないところなので、自分たちが特別なんちゃらに基づいて仕事していることしかわからないでありまっす」
猫田は、聞きなれない言葉を耳にしたため、言葉がそもそもうまく漢字に変換することもできずに、敬礼を解いて鬼塚の顔をマジマジとみつめ、そして、すぐさま顔を引きつらせて最敬礼に戻る。
「措置法ですらなく、特別措置法ですか。それでは、私たちの根拠法である支援法がわからないのはどうしようもありませんが、保護法も知らないんですか?」
特別なんちゃらの補足を入れながら、これは面倒な手間がいくつも増えたと鬼塚がため息をつく。実際に教えるのは石山であり、教え方も一任するので鬼塚の手にした仕事自体が増えることはないのだが、石山がそちらばかりにかかりきりになると、便利遣いで丸投げできる仕事が減る。よって、気分的には仕事が増えた気分になることが問題なのである。
しかし、現実に目の前のおきゃくさまは、頭にいくつものハテナマークを浮かべている。
「よし。石山君、後は任せました。一から君が説明したほうがよさそうです」
それはそれとして、仕事は仕事で振ればいいか。
結局はそんな風に石山の仕事を増やすことを内心で決定して、鬼塚が元からほとんどを任せるつもりであった説明作業についても、最初から任せることに決めた。
「猫田さん、本当に支援法はともかく、保護法知らないんですか?」
自分の上司に反論することなど頭から考えていない石山は、このほおづきで勤めている上ではありえないレベルの知識量に、驚きを感じながら質問する。
「支援法はなんとなくわかりますが、保護ってなんすか? 後、石山さんしばらく私はあなたの部下なんすから、敬語とかいらないっすよ」
鬼塚に対するのとは打って変わって砕けた調子になった猫田ではあるが、上下関係は一応わきまえているようで、敬礼も直立不動もやめてはいるが、手を振って石山の言葉使いに注文を付ける。
「敬語じゃなくて、ですますつけてる程度なんですがね。まあその内砕けることもあるので、しばらくこのままでいきますよ。そうか。支援法はなんとなくわかるのね」
「はい。なんかその辺に漂ってるあれこれを、成仏するように支援するんですよね」
よし。ほとんど全くわかってない。
猫田の答えに満足そうにうなずいてから、助けを求めて上司のほうに視線を向ける。しかし、鬼塚は狭い事業所の中で無理やり作った喫煙ルームの中に入っており、こちらのほうを向いてもいない。
オフィス用の簡易喫煙ルームのため、空気清浄機と排煙装置しかおいておらず、最低限区切った程度の意味しか持たないパーテーションの向こうに音が伝わっていないわけがないのだが、はっきりとこちらに関わる気はなさそうである。
「じゃあ、措置法については知ってることは?」
いくら視線を飛ばしても、それだけで呪ったりすることができるわけでもなし、よしんば出来ても呪詛返しに警戒せずにそんなようなことをする素人でもない石山は、あきらめて猫田に視線を戻して知識の確認を行う。
「はい。この世に未練を残した魂は、穢れを呼び、纏うんで、臭いものは根から断つっす」
「それ、確かに措置法じゃなくて、特別措置法時代の考え方ですね。あの、失礼ですけど、排除課の課長さんてどんな人なんですか?」
今度はまるっきり間違っているわけではないが、ひと昔ほど前、支援法が施行されるまでの古い考え方が返ってきて、どんな人が上に立っているのか疑問を抱く。
支援法がなく、特別措置法と保護法のみで彷徨い人に対応していた時にはそれでもよかったようだが、それでは対応が難しいケースがいくつも生まれたり、彷徨い人に対する意識の変化から支援法が生まれ、特別措置法が措置法に名称変更され、条文も多く書き換わったというのに、そういった内容を全く下の人間に教えていないとはどういうことなのだろうかと、頭痛さえ感じる。
「苅山課長っす」
「知らない名前だなー。そもそも、知ってる人も少ないんだけどさ」
支援法が施行されてから既に10年経つというのに、一向に同業他社が増えないため、自分たちの仕事を理解してこなすのが精いっぱいということもあり、同じ彷徨い人を相手する仕事であるとはいえ、根拠法律が違う事業を行っている法人にまでは目を向けていなかったことに思い当たる。
とはいえ、平であってもほおづきの社員であれば、彷徨い人関連三法の名前さえも言えないようなことはありえないと言い切れる状況ではある。
「石山君、今回その子がうちに来ることになった元凶ですよ。その課長。特別措置法時代の強制排除が染みつきすぎちゃって、現行の措置法では穢れへの対処が温過ぎるとか言っている潔癖主義者です。その課長のせいで、サービス管理責任者である部長クラスがうちに泣きついてきたんですから」
顔だけ喫煙ルームから出して、煙草を排煙装置にかざしながら鬼塚が口を挟む。
「なるほど」
やっぱり聞こえてたんじゃないかとは思いつつも、それを指摘すると気まぐれで話に混ざってもくれなくなるため、余計なことは言わないでいいと自分を自分で慰める。
そして、この業界に部長なんて言われるような役職に就く人がいるなんてという妙な関心の仕方もする。正直、大きな法人以外は、すべて零細企業ぐらいだろうと思っていたぐらいである。
「あー。確かに苅山課長、超潔癖症で、自分の湯呑みとか他の人間に触らせないっすもんね」
鬼塚と石山のやり取りに思い当たる節があるようで、猫田も在りし日の上司の姿を思い出してうなずいている。もっとも、在りし日とは言っても、その上司は存命であるが。あくまでも、猫田の中で、在りし日という使い方をしているだけである。
「彷徨い人関連で潔癖主義者っていう場合、そういう意味じゃないんだけど、まあ、元々そういう人がなりやすくもあるのは確かだね。ということは鬼塚さん?」
「さすがですね石山君。皆まで言わずともわかってくれる部下を持って私は大変うれしいです」
「他社研修というより新人研修のつもりで当たれってことですか」
彷徨い人関連の仕事をしている上での潔癖主義者とは、いわゆる行き過ぎたきれい好きという意味でも、度を過ぎると精神的な疾患として扱われる方向での潔癖症でもないのではあるが、石山が言う通り元々きれい好きであったり、神経質と言われてしまうような人がなりやすいタイプではある。
確かに、石山が他現場で出会った潔癖主義者の一部は支援法の対象案件であるにもかかわらず、特別措置法時代の感覚で物事を押し付けてくることも多く、それによってトラブルが起きたこともある。
今回の特別研修とは、そういった風潮にある措置法事業者の一部に対して、一から彷徨い人関連三法の知識と、措置法以外の事業者のやっていることを実体験で学ぶ場として用意されているということなのだろう。
「しかし、ここまでとは思いませんでしたので、ちょっとお話ししてくる必要がありますね」
そう言うと一服を終えたのか、鬼塚は手早く自分の机の上を整理しはじめる。
「あ、所長。お出かけですか?」
話が終わったと判断したのか、先程無情にもあちらとこちらを隔てるべく建てられたパーティションを片づけながら、荒田がたずねる。
「はい。昨日あった今回の特別研修にかかる業務委託契約の、これから正式契約です。もっとも事前情報に比べてどうも知識が浅いので、その辺つついてもう少し委託費を勉強していただきましょう」
「ええ。是非よろしくお願いします」
「こちらのほうはお任せください。では」
荒田がガッツポーズをして応援するのに対し、自信たっぷりにそう言って、鬼塚は事務所を出て行った。




