22.番外編:家令・セバス考慮する
「ふむ、既に全員が魔法障壁まで習得とは・・・今年の候補生は特に優秀ですな。
貴女の指導が優れているせいでしょうか」
トウゲン辺境伯家・家令セバス・ラ・トウサンは、領主執務室の隣にある自分の執務室でリサ・ラ・ミラーと対面していた。
リサ教官と言われる彼女は、赤い髪を短髪に整えたハンサムな女性である。
トウゲン辺境伯領にきたばかりのころは、長髪のお嬢様だったのだが。
学塔の教官に就任してからは、悪がきどもの相手をしている内に、徐々に凛々しくなって行き、いつの間にか男言葉で話す軍人の見本のような人間になってしまった。
そのことについては、内心、申し訳なく思っているセバスである。
候補生の修練状況についての報告は、本来はリサが領主であるクレハ・リ・トウゲン辺境伯に対して行っている報告だが、現在、彼は王都に参勤しているため不在となっており、領主代理でもあり、家令でもあるセバスに今回は報告することになった。
既に初老に達しているとはいえ、セバスは衰えを見せない優秀な魔法使いであり、かつ政治的な手腕においては領主であるクレハを凌駕する切れ者だ。
ちなみに子爵位も持っており立派な貴族でもある。
「いえ、私の指導うんぬんというよりも、彼らが優秀すぎるお蔭です」
「ふむ、リサ教官から見て如何ですかな?
子供たちの性格と資質について」
「・・・それは、どのような意味でしょうか?」
「ああ、只の世間話《・ ・ ・》ですよ。特別な意図はないのです。
ただ、私どもの領地の未来を担う子供達ですからね。
お互いに最適の関係を築くためには、子供たちが何をどのように考えているか知っておいた方がよい、それだけです」
セバスは執務席から離れ、応接用のテーブルに移動してリサに席を勧める。
そのタイミングで、茶道具を持った部屋付のメイドが入室した。
ふくよかな茶の香りが部屋を満たす。
「御領主にはこの茶の良さを判って頂けませんが、なかなかのものですよ」
領主であるクレハが好むのは、茶葉を発酵させていない種類のものだ。
例によってクレハが自分で見つけてきたもので、セバスには理解できない茶だった。
たしかに、あの緑茶というものは後味はさっぱりとしている。
でも、それだけにしか思えない。
「さてと、寛いだところでお話を伺えますかな?」
「は、はあ・・・」
リサは、13期候補生達について自分の感じていることを素直に語る。
但し、彼女が思っている疑念については話さない。
余計な騒動に巻き込まれるのは、彼女も嫌なのだ。
もし、私が当初の予定通りの身になっていれば、騒動に頭から漬かっていたのだろうが。
こういう事を思い出しても、感情が揺れなくなったのは成長なのだろうか、それとも鈍っただけなのだろうか、などと思いつつ、今期の自分の生徒たちについてリサは語った。
「なるほど、なかなか個性的な子供達ですね。
そうなると、彼らの身の振り方についても再度の考慮が必要か」
セバスは少し考える様子を見せる。
「子供たちの中でリーダーとするなら、誰がふさわしいと思いますか?」
「レオ候補生しかいないと思います。本来は、彼は参謀向きだとは思いますが」
リサ教官は即答する。
リーダーにするには、アルは冷静さを欠きすぎるし、レラは性格的に大人しい子だし、アンは論外だ。
「なるほど、よく判りました」
セバスも納得したように頷く。彼の意見も同じ様であった。
「御領主が目を掛けている子供達です。大切に育てていきたいものですね」
「は、鋭意努力に努めます」
「それは重畳。
あ、そういえば」
「はい?」
「臨時教官のブリアレス・バーン。彼はどうですかな?」
「はあ、よく教導しているかと」
「いえ、そうでは無くてですな。ああ、実は私はバーン家とは懇意にしているのですが」
「それが何か?」
「・・・彼の父親、ソラトリオ・ラ・バーンという男ですが、そろそろ、ご子息の相手を見つけねばと、時々、私に愚痴をこぼすのですよ」
「ああ、ブリアレスは昔からそちらの方面は淡白ですし。浮いた話も私は聞いたことが無い。親御さんが主導してもよいのでは?」
「それが、なかなか彼も頑固者のようでしてな」
「ふむ、確かに。しかも変わり者。学塔を卒業してから、急に齢に似合わぬ喋り方をするようになった男ですし」
卒業するまではブリアレスは髭を生やしていなかった。卒業してから一か月後に逢った時に、髭をはやし喋り方まで変わった彼に驚いた記憶がリサにはあった。
「まだ、20代半ばにもなっていないのに、あれでは30代に見えてしまう。
もう少し年齢にあった格好と態度をすれば、引く手数多でしょう」
ブリアレスは若くして辺境領最強と言われる工兵隊の支部隊長を務めるほどの男だ。
臨時教官として過ごしている内に、クレハ様との面識も深まっている。
本来なら将来有望すぎる人材なのである。
「いや、彼にもそういう振る舞いをする理由があるというか・・・」
「それはどのような理由で?」
「・・・・・・いえ、私からいう事では無いですな」
「?」
結局、その日のセバスとリラ教官の対談はこれで終わりとなった。
「やれやれ、私にも責任の一端はあるとはいえ、あそこまで鈍いとなると・・・
困ったものです」
セバスは溜息をついた。
本来なら、リサ・ラ・ミラーはクレハ辺境伯の夫人となっても当然だったのだ。
それも、第三夫人以上の上位の立場で。
しかし、それは彼女の実家であるミラー家が起こした事件によって、有り得ない事になってしまった。
彼女自身には何の責任も無いのだが、王家が絡む貴族家同士の関係とはそういうものである。
「巡り合わせの悪さというしかないのですがね・・・」
セバスは事件を引きずらない。既に、過去の出来事である。
ただ、巻き込まれただけの、彼女には幸せになって欲しいとも思う。
リサ・ラ・ミラーにとっての幸せとは何かとなると、途端に判らなくなるのだが。
彼女も変わった女性なのだ。
そもそも、セバスにとっては彼女の状況について優先順位は高くない。
セバスが気にすることは二つ。
トウゲン辺境伯領の行く末と、自分のトウサン家の行く末。
それは、上位貴族付の寄子である身としては当然の思考だ。
だから、彼は考慮する。
クレハ・リ・トウゲン辺境伯が固執する子供に。
彼の主君が、何故あそこまで執着を示すのか。
それが判らない。
黒髪の子供と聞いて、咄嗟に連想したのは、彼らが御領主の隠し子であるのではないかということだった。
きっと、リサ教官もそう思っているに違いない。
彼女が言わなかった胸の内など、セバスにとっては御見通しだった。
だが、セバスが調べたところ、黒髪の子供達と御領主の関係は、そういうものでは無い。
彼らにはきちんと両親がいて、そこに御領主が関係した形跡など無かったのだ。
「いずれにせよ、御領主の脚を引っ張るようなことは防がねば・・・」
急速に発展したトウゲン辺境伯領を妬む者は多い。
特に、発展に関した経済的利益にありつけなかった貴族連中の妬みは酷い。
既にトウゲン辺境伯領の経済的・武力的な実力は、王国内でも屈指のものとなっている。
公表している範囲において。
公表していない実力を含めると、トウゲン辺境伯領を凌ぐのは王国内では王領ぐらいであろう。
「そして、王家は分裂の兆しありですな。昔からですが」
一枚の分厚い書類のようなもの──遠距離連絡可能な魔法道具──を取り出して、セバスは内容を再確認した。
それは、御領主ことクレハから、昨夜送られてきた通信文であった。
「今回の上納に対する褒賞が、3家分の爵位付与権ときましたか。
潰れた貴族家の再興権、有り難いような迷惑な様な・・・・・・」
王家にとっては懐の痛まない遣り方ですな、と内心で呟く。
もっとも、資金も資本にも不自由していないトウゲン辺境伯領に対する褒賞など、セバスが選ぶ立場になっても困る事だろう。
クレハ・リ・トウゲンは王宮での地位など望んでいない。
王国貴族達との付き合いも、領地を貰った初期に援助をしてくれた一部の貴族を除いてほとんどしていない。一番親しい相手が王家である。
王国内で権勢を誇ることに興味がないのだと、セバスは理解していた。
それにもかかわらず、どの貴族家よりも上の実力を持ち、かつ国王からの信頼も厚いのだから皮肉な物である。
実際、開拓先の辺境はまだまだ広大で、かつ他国との直接取引が可能な港をもつトウゲン辺境伯領にとって、既存の王国内での利権など不要だ。
そちらは王家に任せておけば良いというのが、クレハの考えだ。
|今のところは《・ ・ ・ ・ ・ ・》。
セバスは常に考慮する。
御領主の望みをかなえるために、そして辺境伯領と自家の繁栄のために。
そのためには、御領主お気に入りの子供達をどうすればいいのか。
セバスは常に考慮するのだった。




