002 清算
当然のことながら、玄関の扉は固く閉ざされていた。
カオルとヨシエは手に石を持っていたが、そんなものでどうにかなる代物じゃない。
ここにきて、二人は自分の準備不足を恥じ、後悔した。
そんな二人に向かい親指を立てると、カツヒロはリュックの中から酸素ボンベを取り出した。
「あの……それは……」
「ポータブルの切断機です。これで鍵を切断します」
ノズルに火を灯すと、炎が鋭利な刃物のように噴射された。圧を調整し、それを扉に向ける。
「……」
火花が散り、カツヒロが手応えを感じる。二人はその様を、固唾を飲んで見守った。
そしてしばらくして。
扉が静かに開け放たれた。
カオルとヨシエが手を握りあい、歓喜の声を上げる。
「な、なんだ……誰なんだ」
中から聞こえる、弱々しい男の声。
その声を聞いた瞬間、カツヒロの目が阿修羅の如く吊り上がった。
「……おじゃましますよ、タカハシコウジさん」
靴のまま、静かに中へと歩を進める。
すると中に、若い女の後ろに隠れて震える、タカハシの姿があった。
この女、見覚えがあった。若手の成長株として最近よく目にする、ニュースキャスターだった。
「タカハシさん、はじめまして。こうして会うのは初めてですね」
「お、俺はあんたなんか知らないぞ! これはれっきとした犯罪だ! 通報されたくなかったら、今すぐここから」
言葉が終わらないうちに胸倉をつかんで立たせると、カツヒロは渾身の力を込めてタカハシを殴り飛ばした。
「がっ……」
勢いよく吹っ飛ばされたタカハシが、うめき声をあげる。
床に歯が落ちる。
そんなタカハシの上に馬乗りになり、カツヒロが容赦なく拳を振り下ろした。
「貴様が……貴様のせいで娘がっ……!」
カツヒロの脳裏に、愛する娘の姿が浮かぶ。
父の日、幼稚園で作った「パパ、いつもありがとう」と書かれたメダルを首にかけてくれた時の笑顔。
体重計に乗り、ため息をついていた中学時代。
芸能事務所のスカウトに声をかけられたと、興奮気味に語ってくれた時の笑顔。
娘はわしにとって全てだった。何を犠牲にしてでも、守りたいと思った宝だった。
それを、それを……この男が下卑た笑いで誘惑し、凌辱した。
娘の尊厳、その全てを踏みにじった。
許せる訳がない。許してはいけない。
カツヒロは涙を流しながら、何度も何度も拳を振り下ろした。
「おじさん!」
背後から聞こえたカオルの声。
娘の声と重なった。
カツヒロが手を止めタカハシを見ると、最早虫の息となったタカハシが痙攣していた。
「す、すいません……こいつの顔を見た途端、理性が吹っ飛んでしまって……」
カツヒロが立ち上がり、二人に頭を下げる。
「お嬢さんに声をかけてもらわなかったら、このまま殺してました。約束を違えてしまい、申し訳ない」
そんなカツヒロの肩に手をやり、カオルとヨシエが首を振る。
「私も……おじさんと同じ気持ちです」
「そうですよ。それにあなたのお力添えがなかったら、私たちはここにたどり着くこともできなかったのですから」
その言葉に涙を拭い、二人に場所を譲る。
「……場は温めておきました。後はお二人にお任せします。存分に復讐してください」
そしてタカハシを見下ろし、言った。
「元々は、わし一人でなぶり殺しにするつもりだった。だが……お前さんの犯した罪の重さが、それを許さなかった。わしのように苦しんだ人間はたくさんいる。だから……後は彼女たちに任せる」
カツヒロが目配せする。するとカオルとヨシエがナイフ、包丁を手に前に進んだ。
「ま、待って……待ってくれ! 何もこんな時にしなくても、どのみち俺らは……だからなあ、見逃して」
懇願するタカハシを見下ろし、カオルが恍惚の笑みを浮かべる。ヨシエは泣いていた。
そして。
タカハシを刺した。
何度も。何度も。
「ぎゃああああああっ! やめろ、やめてくれえええええっ!」
タカハシの叫びがリビングに響く。
「マユミ、マユミいいいいっ! 助けて、助けてくれええええっ!」
藁をもつかむ思いでニュースキャスター、マユミに助けを求める。
体を這わせ、二人から遠ざかろうとする。
そんなタカハシを見つめ、恍惚の笑みを浮かべ追い詰める二人。
しかし彼を見下ろすマユミを見て、動きを止めた。
「マユミ、マユミ……痛い、痛いよおおおっ……」
マユミの足にすがりつき、タカハシが号泣する。
そんなタカハシの頭を撫で、マユミが静かに口を開いた。
「助けてほしい、ですか……」
「痛いんだ……すごく痛いんだマユミいいいいっ……」
「でも……これって自業自得、ですよね」
「え……」
突き放された言葉に、タカハシが絶望の眼差しでマユミを見上げる。
マユミは包丁を手に、笑っていた。
「私……今のあなたみたいにこれまで、何度もお願いしたと思うんです。やめて、やめてって……でもあなた、どれだけ頼んでもやめてくれませんでした。むしろ笑ってましたよね……私の体、顔以外の全部にあなたの傷が残ってるんです……
ねえコウジさん。これってやっぱり、自業自得ですよね」
そう言って包丁を振り下ろし、肩に突き刺した。
「ぎゃあああああっ!」
最後の希望が砕け散ったタカハシが、絶望の叫び声を上げる。
対してマユミは狂気を瞳に宿し、笑いながら刺し続けた。
「あはははははははっ! どう、痛い? ねえ答えてよコウジさん!」
そのタカハシにカオルとヨシエも近付き、刃物を突き立てる。
全身に激痛が走る。全身が血まみれになる。
男一人に女三人が群がり、阿鼻叫喚の地獄絵図がカツヒロの前で繰り広げられた。
そして。
やがて。
タカハシは息絶え、物言わぬただの肉塊となった。
「……」
マユミが静かに立ち上がる。
そして三人に視線を向けると微笑み、小さく頭を下げた。
三人も頭を下げる。
復讐が終わった。
その思いだけが胸に広がり、どこか晴れ晴れとした表情になっていた。
「……あとどれくらい、時間があるんでしょうか」
「そうですね……公式発表だと、30分ってところでしょうか」
カツヒロが腕時計を見て答えた。
「じゃあみなさん。せっかくですし、一緒にお茶でもいかがですか?」
マユミが手を叩き、三人に提案する。
三人はうなずき、
「では……いただきます」
そう言ってテーブルに向かった。
四人がテーブルを囲み、血まみれの顔でカップを手に笑う。
するとカツヒロが思い出したように立ち上がり、恐縮そうにつぶやいた。
「せっかくですので最後にもうひとつ……心残りを清算しても構いませんか」
その言葉に、三人が笑顔でうなずく。
「では……女性の前で恐縮ですが、失礼します」
カツヒロはズボンのチャックを下ろし、タカハシの屍目掛けて放尿した。
「ふううううっ……最高です……」
幸せそうに笑みを浮かべる。
そして用を足してすぐ、マユミに向かい頭を下げた。
「しまった……すいません。いくら心残りとは言え、床を汚してしまいました」
その言葉にマユミは口に手を当て、小さく笑った。
「問題ありませんよ。だってほら、もうタカハシの血で汚れてますから」
その言葉に。
一瞬固まった後で、カツヒロが豪快に笑った。
「違いないですな、うはははははっ」
「ふふふふっ」
四人の笑い声がリビングを包む。
その時。
窓の外が閃光に包まれた。
「……そろそろですな」
「そうですね。でも……心残りが最後に清算できて、本当によかったです」
「私も、私もです」
「みなさん、本当にありがとうございました」
四人が穏やかな笑みを浮かべる。
そして。次の瞬間。
大地が揺れた。
隕石の衝突。
この日、世界は終わった。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
作品に対する感想・ご意見等いただければ嬉しいです。
今後とも、よろしくお願い致します。
栗須帳拝




