001 奇行
セレブ御用達の高級マンション。
そこで。
20代と思しき女、カオルが髪を振り乱し、自動扉をこじ開けようとしていた。
何度も扉を足蹴にし、目についたあらゆる物を投げつける。
異様な光景だった。
しかし、その奇行を咎める者はいない。
普段は人の往来が多いこの辺り。それがひっそりと静まり返っていた。
時折その場に居合わせる者もいた。しかし彼らはまるで興味を示さず、うつろな瞳で足早にその場から離れていった。
「あの……このマンションにご用ですか?」
肩で息をし、失意と憤怒を瞳に宿すカオル。そんな彼女に、自分の母親ほどの歳の女、ヨシエが声をかけてきた。
がっくりと肩を落とし、カオルがつぶやく。
「……芸能人……タカハシコウジに用があるんです」
その言葉にヨシエは微笑み、小さくうなずいた。
「あなたも復讐に?」
その声にカオルが顔を上げる。
「と言うことは……あなたもですか?」
目的が同じだと分かり、二人が手を取り合う。
そしてそれなら協力しようと、互いにあらゆる物を手にし、扉をこじ開けようとした。
しかし勿論、頑丈な扉が開くことはない。
辺りに、焦燥感あふれる女二人の叫び声が響いた。
その時だった。
一台の車が荒々しく止まり、中から大荷物を背負った壮年、カツヒロが現れ二人に声をかけてきた。
「もしかしてお二人の目当て、わしと同じくタカハシですかな」
その言葉に二人がうなずき、また同志が増えたと微笑む。
「そうですかそうですか。しかしなんですな、こんな時に執着されるとは。タカハシってやつは本当、大物ですな」
カツヒロがにんまりと笑い、車の中から大きめのハンマーを取り出した。
「お二人さん、少し離れてもらえますかな。ここはわしに任せてください」
言うと同時にハンマーをかざし、渾身の力を込めて振り下ろした。
ガンッ! ガンッ!
何度もハンマーを打ち付ける。
そうして何度目かの攻撃の後、無残に砕け散った扉をこじ開けると、目の前に念願のエントランスが広がった。
「やりましたね、おじさん」
カオルが嬉しそうに声をかける。カツヒロは照れくさそうに笑った。
「はっはっは、工場で鍛え上げたこの体、まだまだ若いもんには負けませんよ」
「本当にありがとうございます。私たちだけだったら、ここで終わってたかもしれません」
「困った時はお互い様、ですからな。さあ、時間がありません。やつのところに向かいましょう」
カツヒロの号令に二人はうなずき、エレベーターへと進んだ。
動いているか不安だったが、まだ電気は通っているようだった。
三人が乗り込み、迷わず13階のボタンを押す。
「さすが日本、というところですな。停電を覚悟してたので、このサプライズは嬉しい限りです」
「本当ですね。13階まで階段で行くとなると、それだけでも体力が持っていかれますからね」
カツヒロの言葉に、カオルもヨシエも満足そうに微笑む。
そんな二人を見つめ、カツヒロが少し真面目な顔をした。
「それで、なんですが……これはわしの厚かましいお願いになります。やつへの最初の一撃、その権利を譲ってもらいたいと思いまして」
その言葉に、カオルとヨシエも表情を引き締めた。
「……やつのおかげで、わしの娘は命を絶ちました。芸能界で輝くことを夢に頑張ってきた娘を、やつは言葉巧みに騙して弄んだ。その結果、娘は心を病み死んでしまった」
カオルが沈痛な表情でうなずく。
「……おじさんの娘様も、あいつの毒牙にかかったんですね。私もその一人です」
ヨシエも続いた。
「私の娘は精神を病んで、現在自宅で療養中です。お話を聞く限り、生きてるだけでもまだマシ、なんですが……」
「ああいえ、こういうことに優劣なんてありません。皆が皆、やつの蛮行に苦しんだ。それはまぎれもない事実です。何よりやつは、これだけの罪を犯しておきながら、あらゆる力を使ってその全てを封じ込めてきた。わしはそれが許せんのです」
「そうですね……私もそうでしたから、よく分かります。いきなり大金を積まれて、これで全てをなかったことにしろと脅されて……これでもまだ騒ぐようだったら、どんな手を使ってでもお前に地獄を見せてやるって」
エレベーターの中で三人が唇を噛み、肩を震わせた。
そんな中、カツヒロが両手で頬を叩き、明るく言った。
「しかしそれももう終わりです。間もなくやつは、自らの行いを後悔しながら地獄に堕ちる訳ですからな」
その言葉にカオルとヨシエが顔を上げ、小さく笑った。
「そうですね。わざわざこの日を選んだのは、間違いなく清算できるからなんです。今日この場に集えなかった他の皆さんの為にも、私たちの手で決着をつけましょう」
「勿論です。そして彼への最初の一撃は、勿論あなたにお譲りします」
「ありがとうございます。その後はお二人にお任せしますので、存分にしてやってください」
エレベーターの扉が開く。
三人は顔を見合わせ、うなずいた。




