### 第73話:異文化のコート
### 第73話:異文化のコート
土曜日の朝、僕と翔太は一ノ瀬コーチの運転する車に乗り込み、隣町の総合スポーツセンターへと向かっていた。
車窓から流れる景色が徐々に都会的なアスファルトの街並みから、広々としたスポーツ公園の緑へと変わっていく。心臓の高鳴りが、ハンドリムを握るでもない自分の手のひらにまで伝わってくるようだった。自分たちの小さな特設コートを飛び出し、本当の意味での「外部のチーム」と戦うのは、あの最初の大会以来だ。
「おい、緊張してやがるのか、瀬戸。顔が真っ青だぞ」
助手席の少し後ろ、後部座席に座る翔太が、からかうような、しかしどこか自分を落ち着かせるような声で声をかけてきた。
「緊張してないって……。ただ、空調の効いた屋内コートって聞いて、勝手が違うから考えてただけだ」
「強がりやがって。俺なんて、昨日の夜は緊張しすぎて三回も目が覚めたわ」
そう言いながらも、翔太の目には恐怖の色はなく、むしろ獰猛なほどの闘志が宿っていた。
車がスポーツセンターの巨大な駐車場に滑り込み、エンジンが切られる。重い扉を開けて外に出ると、ひんやりとした朝の空気が肺の腑に染み渡った。
「降りるぞ。足元をすくわれないよう、いつも通りの動きを確認しておけよ」
一ノ瀬コーチの低い声に促され、僕たちはトランクからそれぞれのマットブラックの車いすを下ろした。
野田さんに完璧にアライメントを調整してもらい、日々の特訓で身体の一部と化した相棒。その金属のフレームを撫でると、不思議と胸の内のざわめきがスッと静まり、代わりに熱いものが込み上げてきた。
自動扉をくぐり、広大な屋内テニスコートへと足を踏み入れる。
そこに広がっていたのは、僕たちが普段使っている手製の特設コートとは比べ物にならないほど、美しくメンテナンスされた青いハードコートの空間だった。天井が高く、響き渡るボールの打撃音さえも、どこかプロの試合会場のような重厚感を漂わせている。
「おっ、来たな、一ノ瀬のところのルーキーどもか?」
コートの脇でラケットをいじっていた、精悍な体つきの男性が声をかけてきた。そのチームの監督らしく、日焼けした肌と鋭い目が印象的だった。
その背後には、最新型の競技用車いすに体を固定し、すでに鋭いラリーを繰り広げているジュニアの選手たちの姿があった。タイヤの傾き(キャンバー角)が深く、フレームは極限まで無駄を削ぎ落とされた戦闘的なデザイン。どれも、僕たちの車いすとは一目で格の違いがわかる代物だった。
「初めまして。今日はお手合わせ、よろしくお願いします!」
翔太が臆することなく、しかしハッキリとした声で頭を下げる。僕もそれに倣って深く一礼した。
相手の選手たちが、興味津々な、あるいは品定めをするような冷ややかな視線をこちらに向けてくる。
あの最初の大会で味わった絶望――何もできずに叩きのめされた悪夢の記憶が、かすかに頭をよぎる。
しかし、僕たちの身体には、一ノ瀬コーチにしごき抜かれた体幹の軸があり、この相棒の車体がある。そして何より、あの日の悔しさを乗り越えるために積み上げてきた時間がある。
「ビビるなよ、瀬戸。ここからが本番だ」
「ああ、上等じゃないか」
青く輝くハードコートの中心へ向けて、僕たちは車輪を力強く押し出した。




