第6話:鉄屑の共鳴(レゾナンス・リンク)
フェルムの街は、勝利の熱狂に包まれていた。
だが、聖騎士リネル・ローゼンタールの自室には、それらを拒絶するような重苦しい静寂が満ちていた。
「…………っ」
鏡の前で、リネルは一人、右腕の籠手を外した。
痛みはない。だが、右腕が、痺れている。
指先から肘にかけて、粘りつくような残響が消えない。これまで感じたことのない種類の痺れだった。痛みではない。ただ、逃げ場のなかった力の“余り”が、腕に残っている。
リネルの視線が、机に立て掛けられた『聖刻剣』へと向く。
煤けた鉄板で刀身を挟み込まれ、太いボルトで無骨に固定されたその姿は、高潔な騎士の目から見れば、歴史ある美術品に泥を塗りたくったも同然の蛮行だ。
(……それなのに、この全能感は何?)
リネルは湧き上がる好奇心を抑えきれず、マントを羽織って夜の街へと駆け出した。
■夜のピット(馬小屋)
街外れの薄暗い馬小屋。
ランタンの鈍い光が漏れる扉を叩くと、中からガシャリ、という冷たい金属音が響いた。
「……あ、ああ。……お疲れ様です。……き、来ましたか」
テオは、木箱の上に腰掛け、自分の右腕のフレームを補強していた。リネルの顔を見ることもなく、汚れた布でパーツを拭き上げている。
「……腕……し、痺れてますね?」
「ええ。そうよ。……15音のままでも、この剣は……私の想像を遥かに超えた。……この痺れは何? 15音は圧力が足りないはずでしょう?」
「……漏れてた分が、…全部、う、腕に跳ね返ってきた証拠です。……リ、リネルさん。……しょ、正直に言えば、……今の……あ、あなたじゃ……『10音』は……き、きついと思いました……」
「きつい……?」
「……しゅ、出力が……は、はね、跳ね上がる。……その痺れで……ね、ね、音を上げてるようじゃ、じゅ、10音には……た、耐えられない……。」
テオは、ひび割れた丸メガネを指で押し上げ、リネルの剣を受け取った。
「……で、でも、……こ、この補強フレームを……かい、改良すれば、……その圧力にも……た、た、た、耐えられる。……あとは、……あな、あなたの……う、う、『器』次第だ……」
リネルは、不機嫌そうに自分の剣を見つめた。性能は認める。だが、この不格好な鉄板とボルトの塊が、どうしても許せなかった。
「……テオ。相談があるの。この、あまりにも無骨で……デザインが、ちょっと…。もっと、スマートにできないかしら? ……このままじゃ、“剣”じゃないわ。……ただの道具よ。軽量で、洗練されていて、機能美に溢れた、本来の聖剣のような姿に」
「……え、ええ? ……これ……か、か、かっこいいじゃ……ないですか……。……ボル、ボルトのぶ、ぶ、無骨さ、……い、いいでしょう?」
「……全然良くないわ。重苦しくて、野蛮よ」
テオは心底意外そうな顔をしたが、すぐに真面目な顔に戻って刀身を検分した。
「……ス、スマートに……するだけなら、……こ、ここにある……材料でもできます。……た、た、ただし、……それは……じゅ、15音で使う……ば、場合だけだ……」
「……どういうこと?」
「……も、もっと少ない詠唱の高圧に耐えるには、……どうしても頑丈な補強フレームが必要です。……も、もっと軽くスマートに、……かつ高圧に耐えるなんて、い、い、今の……フェルムにある材料じゃ……ふ、不可能です……」
テオはレンチを回しながら続けた。
「……でも、……もしあなたが……そ、その……こ、『高圧の世界』に……ほ、ほ、ほん、本気で行く……って言うなら。……時間はかかるけど、……ス、スマートで、も、も、もっと……機能的な『牙』に……リ、リ、リビルド(再設計)できます……」
「……機能的な牙……」
「……魔力を流す……だけじゃなく、……そ、その爆発を……推進力に……変える機構。……剣……でありながら、……魔力を……撃ち出す……銃……のような。」
■決意の共犯者
その時、馬小屋の入り口に人影が立った。
「……こんなところで、何をしてきるんだ。リネル」
騎士団の同僚であり、幼馴染のアルベルトだ。彼はリネルと同じ地位にある騎士として、心配そうに歩み寄る。
「アルベルト……」
「そんな不気味なガラクタ、すぐに外せ。団長や君の家族も、君の一撃は認めているが、その『汚れた剣』には不快感を示している。異端の技術に関わるのは、ローゼンタール家の名にも傷がつく」
アルベルトの言葉は正論だった。この街の常識では、テオのやっていることは「魔法の冒涜」であり、物理的な「汚れ」だ。
リネルは、自分の右腕を見た。まだ痺れている。
だが、この痺れこそが、自分がこれまで「美しい祈り」という名の嘘に浸っていた証拠だと思えてならなかった。
「……いいえ、アルベルト。これはガラクタではないわ」
「リネル……心配してるんだ。君が壊れていくように見える」
リネルは、テオがボルトを締め直している剣を、ぐいと自分の方へ引き寄せた。
「私は……この先にある『正解』を見たいの。……たとえ、家族や騎士団に異端だと罵られようとも」
リネルは、驚愕するアルベルトを背に、テオの隣に腰を下ろした。
「テオ。……今の材料で、一旦できる限りスマートに直しなさい。……そして、いずれその短い詠唱に耐えうる材料を見つけ出すわよ。……私の新しい『牙』のために」
テオは一瞬、目を丸くしたが、すぐに嬉しそうに鼻を鳴らした。
「……へ、へえ。……物好きですね。こ、こ、後悔しても……知りませんよ」
「後悔なんて、もうあの一撃を放った時に捨ててきたわ」
オイルの匂いが漂う暗い馬小屋で、聖騎士と整備士は、同じ方向を見ていた。




