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第18話:不敬な自問(ヘレティック・ノート)

■ 塵に埋もれた「思考の墓場」

 アトラの外れ、深い森の静寂に沈むゴミ屋敷。

 ルミナスは、汚れるのを嫌うはずの指先で、床板の一部を器用に持ち上げた。そこには、下へと続く急な石段が隠されていた。

「テオ。祖父の『変人』としての真髄に興味があるなら、地下の作業場を見てみるといい。……私にとっては、美学のかけらもないガラクタの山にしか見えないけれどね」

 ルミナスに促され、テオはカビと鉄錆、そして古い紙の匂いが混じり合う地下室へと降りた。

 そこには、地上以上の混沌が広がっていた。用途不明のガラス管、ひび割れた歯車、そして壁一面を埋め尽くす、教本には存在しない奇妙な幾何学模様。それは魔法陣というよりも、何かを精密に観測しようとした「設計図」の成れの果てのように見えた。

 テオは、すすけた作業台の端に、一冊の本が置かれているのに気づいた。

 それは、この世界に生まれた子供なら誰もが一度は目にする、ありふれた本だった。

『はじめてのまほう~かみさまのめぐみ~』

 表紙には、慈愛に満ちた教皇が子供たちに魔力を分け与える挿絵が描かれている。どこにでもある、安っぽい、けれどこの世界の住人にとっては絶対的な「正解」が記された教本だ。

(……なんで、……こんな、……教科書が……)

 場違いなほど真っ当なその本を、テオは手に取り、パラパラとページをめくった。

 「神様を信じれば火が出る」「祈りを捧げれば傷が癒える」。そんな退屈で、根拠のない「奇跡」の羅列を、冷めた目でめくっていた、その時だった。

 カサリ、と。

 黄ばんだページの間から、一枚の紙切れが床に落ちた。

■ たった五文字の問い

 テオはそれを拾い上げ、目を凝らした。

 走り書きされた、あまりにも簡素な、けれど不気味なほど真っ直ぐな筆跡。

『魔力とはなんだ?』

テオは無意識に、その五文字を指でなぞった。

 高度な理論も、画期的な術式も、何一つない。

 ただの五文字と、一つの疑問符。

「……魔力、とは……なんだ……?」

 テオの呟きが、静かな地下室に波紋のように広がった。

 この世界の誰もが、そんなことは考えない。魔力は使うものであって、問うものではないからだ。神から与えられた聖なる力。その定義を疑うことは、存在の根底を疑うことと同じだった。

「おや。テオ、そんな哲学的な顔をしてどうしたんだい? 私の美しさに見惚れて知恵熱でも出したかな」

 背後から、ルミナスが優雅に湯気を立てるカップを持って現れた。

「……ルミナス、さん。……これ、……おじいさんの、……メモ……。……魔力が、……何かって、……書いてあって……」

 テオが紙切れを差し出すと、ルミナスは一瞥して、鼻で笑った。

「フッ、祖父も君も、考えすぎだよ。魔力とは何か、だと? そんなの決まっているじゃないか。……それは『カリスマ性』さ。己の体から溢れ出す、魂の輝きのことだよ」

「……カ、……カリスマ……?」

 あまりに中身のない回答に、テオは思わず眼鏡を直し忘れるほど脱力した。

「そうさ。見てごらん、私の魔力を。……美しく、気高いバイオレットだろう?」

 ルミナスがメスの先に魔力を灯す。

 それは彼自身の性格を象徴するような、鮮やかで、嫌味なほど純粋な紫色をしていた。属性に関係なく放たれる、その男固有の色。

「人にはそれぞれ、魂の色がある。……そしてそれは、血液と同じように全身を巡り、美しさを維持しているのさ。いわば、魂の循環システムだね」

■ 違和感の種、覚醒の火花

「……循環、……システム……」

 テオの脳内で、ルミナスのナルシストな言葉が、冷徹なエンジニアリングのデータへと変換されていく。

(……もし、……魔力が、……『流れ』なのだとしたら……。……色、……波長。……個体ごとの、……固有振動……?)

 ふと、テオは自分の右腕に意識を向けた。

 1音が放たれる瞬間、展開される魔法陣。

 それは、神官たちが放つ清廉な色とは程遠い、「荒々しい赤黒」のノイズ。

(……僕の、……赤黒い、……この色。……アルベルトさんの、……あの琥珀色……。……あいつ、……クレメントの、……純白……)

 魔力にパーソナルカラーがあるという事実。それはつまり、魔法とは「神の力」などではなく、個々人の肉体と魂から出力される、ただの「エネルギー」であることの証明ではないか。

 もしそうなら。

 その「循環」を、もっと効率的に、もっと物理的にハックすることができれば。

 ピリ、と。

 テオの指先から、赤黒い小さな火花が散った。

 ルミナスのバイオレットとは明らかに違う、暴力的な熱量を孕んだ色。

「……おや。テオ、君のその魔力……。相変わらず、美学ナルシシズムのかけらもない、ドブ板のような色だね。循環が速すぎて、色が焼けているじゃないか」

「……ルミナスさん。……今の、……なんて?」

「ん? だから、君の魔力は流れが速すぎて、見ていて疲れると言ったのさ。もっとゆったりと、私のように美しく巡らせたらどうだい?」

 ルミナスは肩をすくめて地下室を出て行った。

 後に残されたテオは、紙切れをポケットにしまい、自分の赤黒い魔力を見つめ続けた。

「……循環が、……速すぎる……。……だから、……熱を持って、……壊れるんだ……」

 クレメントの不快な振動。アルベルトの静かな琥珀。ルミナスの気高い紫。

 バラバラだったパズルが、まだ形にはならないけれど、確かに一つの「盤面」の上に乗り始めた。

「坊や! ぼさっとしてんじゃないよ! 中庭に面白いガラクタが山ほどあった。これなら腕との継ぎジョイントくらいは直せそうだ。早く来な!」

 階段の上から、ガネットの威勢のいい声が響く。

「……あ、……はい。……今、……行きます」

 ひしゃげた右腕の兵装を掴み、テオは地下室を後にした。

 祈りの世界を物理でハックするためのヒントは、今はまだ、言葉にならない違和感のままで、彼の思考の隅に鋭く突き刺さっていた。

4/13の18:10に19話投稿

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