第1話:鉄屑の再起動(アイアン・リブート)
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「……火っ……!!」
たった1音。
それだけで、巨大な魔獣は跡形もなく消えた。
地面は一直線に抉れ、森が数百メートル消し飛ぶ。
それは、この世界の魔法の常識をバグとして否定する一撃だった。
「なっ……、なんだあぁぁ!?」
悲鳴を上げたのは、パーティーリーダーの魔導師アルベルトだった。
ちょうど山を下っていた彼の、わずか数歩先。
そこには地面が巨大な彫刻刀で抉られたような断崖が出現し、断面から不気味な廃熱の煙が立ち上っていた。
あと一歩。踏み出すのがあと一秒早ければ、自分たちは今ごろ、この世から消滅していただろう。
恐怖で引き攣った顔で、アルベルトが恐る恐る背後を振り返る。
そこには、赤く焼けた鉄の筒の残骸を抱え、右腕に巻き付けた鉄板とバネをガタガタと震わせながら、「……痛……い……っ」と悶絶しているガリガリで小さな少年がいた。
ついさっき、アルベルトが「無能」だと笑って捨てた、あのテオだった。
■ 数時間前
「じ、じ『地獄の劫火よ、……て、敵を貫け』……っ!」
深い森の中、テオの声は獲物を前にした恐怖で激しく震えていた。
彼の小さな魔石がついた杖の前に現れたのは、割れたガラスを無理やり繋ぎ合わせたような、ヒビだらけの魔法陣だ。そこから魔力が、接触不良の配線から漏れる火花のように、シュウシュウと頼りなく霧散していく。
「もういい。目障りだ、欠陥品」
背後から、冷ややかな声が飛ぶ。
アルベルトが、一級品の魔石が埋め込まれた杖を優雅に振った。
「『爆ぜろ、虚空を焼く赤き、劫火』」
淀みのない、完璧な15音の詠唱。
アルベルトの前に、コンパスで描いたような黄金の円環が浮かび上がる。幾何学模様が美しく重なり、精密な歯車が噛み合うようにカチリと作動した。
放たれた火球が、巨大な魔熊に当たって爆発し一撃で焼き尽くす。
「テオ。お前の規格外の魔力を買って、この一ヶ月パーティーに置いてやったが……。モンスターの一体も倒せないとはな!」
アルベルトは、自分より頭一つ分以上背の低いテオを見下ろした。
一級品の魔石がついた杖の先で、テオが背負った巨大なリュックを乱暴に小突く。ガチャン! ジャラッ! と、安っぽい金属同士がぶつかり合う不快な音が森に響いた。
「またゴミを拾っているのか。お前のようなガリガリのチビが、そんな重いものを背負って歩くから、いつまでも背が伸びないんだよ」
「こ、こ、これは……」
テオは、膝の上までブカブカにロールアップされたツナギの裾を、泥のついた指先でぎゅっと握りしめた。
「……ご、ごみじゃないです。……こ、これは『パーツ(素材)』で……」
「……そ、それにアルベルトさん。い、今の魔法もっとみ、短くすればいいのに……。むだ、無駄が多すぎます……」
テオの呟きに、アルベルトは顔を真っ赤にして吐き捨てた。
「黙れ、無能が。詠唱を短くするだと? 過去にそれを試した愚か者は全員、制御できない魔圧に体が耐えきれず、内側から破裂して死んでいる。かといって、詠唱をしない『無詠唱』なんて、形を持たない魔力を垂れ流すには膨大な魔力が必要だ。理論すら知らぬガラクタオタクが口を出すな」
アルベルトは杖を突き立て、傲慢に言い放った。
「この15音の調べは神が授けた聖なる器だ。敬虔な信仰心こそが、正しい形となって現れる。神から授かった力を勝手に削るなど、冒涜も甚だしい。今日でお前はクビだ。一人で山を降りろ」
背を向けた魔導師に、テオがボソリと呟く。
「……今の魔法、漏れすぎです……。そ、そんなロスだらけの術式じゃ、いつ、いつか死にますよ……」
「なんだと?」
「……そ、それに、ぼ、僕のリュックの中身。……こ、このネジ一つあれば、あなたのその杖、物理的に破壊できます……」
「黙れ、無能が! 二度とその汚い口を開くな! 屁理屈しか言えないガラクタが!」
アルベルトたちが嘲笑しながら去っていく。
一人になった洞窟で、テオは焚き火を見つめながら、自嘲気味に鼻で笑った。元の世界でのガラクタの山から何に使うかわからないものを作っていた日々。
「……神の器……ね。笑わせるな」
テオにとって、詠唱とは魔力を集約し、形を整え、加工するためのに過ぎない。
「1文字唱えるごとに、魔力を放出するための穴が一つずつ開いていく……。15音唱え終わる頃には、容器は穴だらけだ。だから、魔力があれば誰でも安全に、低出力で分散してエネルギーを排出できる。……でも、そんなの、効率が悪すぎるだろ」
テオのメガネが、焚き火の光で鋭く光った。
「穴を全部塞いで、ノズルを一箇所に絞ればいいんだ。高圧洗浄機みたいに。吃音で口での長い詠唱が安定しないなら、鉄パイプの中に、あらかじめ詠唱の一節を焼き付けておけばいい。……僕の口は、ただ属性を付与して魔力を流し込むだけの給水口にする」
つまり、全魔力をロスなく一点に直噴する。
「無詠唱が魔力を形付けもしないから霧散しやすいし、出口が曖昧だから中で爆発する時もある。当たり前だ、神を冒涜したからじゃない」
テオは廃材の鉄パイプを拾い上げ、その内側に、魔法の核となる詠唱の言葉を精密にガリガリと刻み始めた。完成したのは、世界を支配するシステムへの、最初の「挑戦」だった。
「……できた。これが僕の初号機。『バレル・零式』だ」
「……計算上だと、さすがに腕と肩がもたないかな…。そうだ」
テオは自作のスプリングを取り出した。それを右腕に添えた鉄板に強引に巻き付け、即席の衝撃吸収装置を組み上げる。爆発的に跳ね上がる反動を、物理的に受け止めるための「外骨格だ。
■ 翌朝
テオの前に、昨日の魔熊を遥かに凌ぐ「大公魔熊」が現れた。
森の王とも呼ばれる巨獣の咆哮が、テオの全身を震わせる。
だが、テオは逃げない。
震える両足を何度も叩いて肩幅に広げた。襟元のバイザーをガチャンと装着し、筒の中に詠唱を込めた鉄の玉を装填する。衝撃に備えるために、低く腰を落とす。
スーッ。フーー。
「……火……っ!」
その無骨な1音が、テオの出した答えだった。
――キーーーーン!!
瞬間、バレルの表面に血の這い跡のような、赤黒く荒々しい魔法陣が浮かび上がる。
世界を真っ白な炎光が貫いた後、テオは地面にへたり込んだ。
右腕のバネが衝撃で飴細工のようにひしゃげ、役目を終えたバレルがミシミシと崩壊していく。骨が焼き切れるような激痛が走る。
だが、テオの目は、かつてないほど輝いていた。
「……あ、あはは……。想像以上だ……。……やっぱりあの連中のやり方に従う理由はないんだ」
絶望ではない。テオの脳内では、すでに次なるアップデートの構想が動き出していた。
「……剛性も放熱も、全然足りない。……まずは、筐体の設計と、魔力チェンバーの気密性をブラッシュアップしないとな」
追放された少年は、まだ誰も知らない「物理」の力で、世界の仕様を書き換え始めた。
18:10に第2話投稿します!




