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ラスボス悪女に転生した私が自分を裏切る予定の従者を幸せにするまで  作者: 菱田もな
第三章

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エミリア・セラフィーネ-1



 エミリア・セラフィーネ。


 「オトイノ」のメインヒロインである彼女は、ひたむきで頑張り屋な性格と、愛らしいその容姿で人気者だった。


 アナスタシアの本性を知ったときも、最後まで彼女を信じ、そして、彼女が投獄されたあとも、その身を案じて、周りに止められても会いに行く。


 ──そんな、優しい子。


「あの、私の顔に何かついていますでしょうか?」

「えっ?!」

「先ほどから熱い視線を感じるものですから……」


 不思議そうに首を傾げるエミリア。

 その様子に、わたしは慌てて口を開く。


「……ああ、違うの! 今日もエミリアは可愛いなって! 見惚れてた!」

「ふふっ、アナスタシア様にそう言われると照れてしまいますね」


 そう言って頬を染めるエミリアは、とても愛らしい。この様子を見ると、わたしに対して嫌な感情を持っているようには思えなかった。


(……単にレインがエミリアのことをよく思っていないだけでは?)


 こんなこと、本人に言うと、絶対に怒られてしまうだろう。だけど、本当に信じられないのだ。


(やっぱり、レインの勘違いでは?)

 

 しかし、ふと、わたしは前にユリウスが言っていたことを思い出した。


(エミリアに脅されただなんて……そんなのゲームの中では、絶対にありえなかった)


 ゲームの中の彼女と、いま目の前にいる彼女。同じに見えるけど、きっと、わたしの知らない秘密があるのは事実だ。


 だから、わたしはそれを確かめないといけない。


(……けど、どうやって?)


「アナスタシア様、大丈夫でしょうか?」

「……え?」

「先ほどから、どこか上の空といいますか……話しかけても返事がないものですから」

「あー、えっと……考え事してて……」

「何かお悩み事が?」


 あなたのことです、とは言えなかった。

 桃色の瞳にじっと見つめられてしまい、思わず背中に変な汗が伝う。


(とにかく、エミリアに対して疑問に思っていることはひとつずつ解消していくべきよね……まずは、前に言っていた好きな人について聞こう)


 星夜祭の日、エミリアはレインにお守りを渡していない。

 だから、彼女はレインのことが好きだというのは、わたしの勘違いだと思った。


(それでも、本人の口からは聞いていないから念のため確かめておかなきゃ。……まあ、その前にまずわたしの好きな人についても話さなきゃいけないのだけど……)


 レインと恋人同士になったいま、この話題に触れるのは、ちょっと、いやかなり勇気がいる。


(もし、もしもエミリアもレインが好きだった場合……最悪、頬を叩かれる覚悟ぐらいはしておこう)


「あのね、エミリア。実はわたし、あなたに言わないといけないことがあるの」

「何でしょうか?」

「わたし、前に好きな人はいないって言ったでしょ。でも、あれ嘘になっちゃった……」


 恐る恐るそう口にすると、エミリアは目を瞬かせた。


「えぇっと……あの従者の方が好きなんですよね」

「えっ?! なんで分かったの?!」

「アナスタシア様を見ていれば、それぐらいわかりますよ」


 そんなに、好き好きオーラがだだ漏れだったのだろうか。だとすると、少し、いやかなり恥ずかしい。

 赤くなる頬を押さえるように、両手で包み込む。


「そ、そんなに、わたしって分かりやすいかな……?」

「そんなところも愛らしくて素敵ですよ」

「……ありがとう」


 どちらかというと、今のは間抜けで可愛いと言うニュアンスに思えた。

 それにしても、そんなに分かりやすかったら、わたしたちの関係がバレるのも時間の問題だろう。


(これからはもう少し顔に出ないようにしなきゃ……)


「実は、エミリアもレインのことを好きなんじゃないかって思ってたの」


 安堵からそう問うと、その場の空気が冷ややかなものに変わった。


(あ、いま露骨に嫌そうな顔したな)


「……どうして、そう思われたのでしょう?」

「前にわたしに協力して欲しいって言ってたから、そうかなと」

「ああ、なるほど。……私の態度を見てそう感じたわけではないなら、よかったです」


 そう言うと、エミリアはどこか安心したように微笑んだ。

 

(そんなにレインのことが嫌いなの……?)

 二人に何があったのか、知りたいようで知るのが怖い。


「その様子だと、違うのね?」

「ええ。たしかに、アナスタシア様に協力していただけると助かりますが、違いますよ」

「じゃあ、お兄様?」

「ふふ、ハズレです」

「絶対にないと思うけど、シュローダー先輩?」


 エミリアは首を横に振った。


「全員、違いますよ。……私が、アナスタシア様にひどいことをする人たちを好きになることは絶対にありえませんから」


 ひどいこと、というのは、ユリウスとの図書室での出来事だろうか。

 レインについては……常日頃、彼に冷たくされたと愚痴をこぼしているせいかもしれない。


(でも、テオドールにいたっては一言もそんなふうな話はしたことないけどな)


 先日のレインの言葉も引っかかり、わたしの心の中にわずかな不信感が芽生えた。


 テオドールが、わたしに対してひどいことをしたなんて、心当たりがない。

 だけど、アナスタシアに対して行うことならひとつだけある。


(アナスタシアの破滅の第一歩。彼女の悪行を白日の下に晒すのは、テオドールだ)


 だけど、そのことをエミリアが知るはずなんてない。


(なのに、どうして?)


 緊張で、手に汗が握る。

 それでも確かめなくては、そう思った口を開いた瞬間。


「ねえ、それってどういう──」

「よお、二人とも。相変わらず仲良いいな」


 遮るような声に振り向くと、そこにはテオドールが立っていた。


「お兄様!」

「珍しいな。テラス席にいるなんて」

「たまには気分を変えたくて、アナスタシア様を誘ったのです」


 和やかに会話する二人を横目に、わたしはモヤモヤしていた。

 推しとの時間は、尊いものだ。だけど、今はどちらかというとタイミングが悪かった。


(できれば、今はこないで欲しかったというか……)


 なんだか、いつもエミリアに大事なことを聞きたいときは、誰かに邪魔される気がする。

 これも、ヒロインの力なのだろうか。


(なーんて、そんなはずないわよね。それに、推しに対して邪魔だなんて、オタク失格だわ……)


 心の中でそう反省をしながら、わたしは三人での会話を楽しんだのだった。





「エミリアが知っている先輩の秘密って、何ですか?」


 図書室の端っこ。

 人気のない場所に座っているユリウスに、そう問いかける。


「……いきなりなんだ」

「先輩は、エミリアに気をつけろって言うけど、どう気をつけたらいいか分からなくて……なので、前に言ってたことを知りたいなと思いまして」


 エミリアが脅した内容は、王族しか知らないユリウスの秘密だと、彼は前に言っていた。

 だから、その内容がわたしに明かされるとは思っていない。


 それでも、不安に思ったわたしは無駄だとわかっていても、こうして彼に問いかけてしまったのだ。


「あの女を疑っているのか」

「そういうわけじゃ……」


 ない、とは言い切れなかった。

 わたしは、学園に入学してからの間、エミリアと過ごしてきた。


 わたしたちの関係は、上手くはいっていると思う。気まずくなることがあっても、目立って大きな喧嘩などはしたことない。


 だけど、だからこそ、全てが上手くいきすぎているような気がしている。


「わたし……入学してからずっとエミリアと一緒に過ごしてきたのに、彼女のことをあんまり知らないことに気がつきました」


 エミリアが何が好きで何が嫌いか、聞かれたら答えることはできる。

 だけど、わたしが知っているその情報は、すべてゲームの中の彼女のことだ。


 いま、わたしの目の前にいるエミリアのことは何も知らない。いま分かるのは、先ほどのことといい、彼女はきっと何かを隠していること。そして、それをわたしに明かすつもりはないことだ。


(疑いたくなんかない。だけど、無条件で信じられるほど、わたしはエミリアのことを何も知らない……)


 思わず俯いたまま黙ってしまえば、大きなため息が聞こえてきた。そのことに顔を上げると、眼鏡を外したユリウスと目が合う。


「……俺のソウル魔法は瞳に宿っていると、前に言ったな。だから、力を使わなくても、使っても、常に発動されている状態のようなものだ」

「なるほど……?」

「だが、ソウル魔法は魔力の消費が激しい。さらには、自身の魂にも影響する。そんな魔法が常に発動されたような状態だと、どうなると思う?」


 その言葉に、わたしは首を傾げた。


「俺の身体は、ソウル魔法を使うたびに蝕まれていく。おそらく、この先そう長くも生きられないだろう」


 淡々と告げられた真実に、思わず言葉を失った。ユリウスの真剣な表情を見ていると、いつものように揶揄っているわけではないことは明白だ。


 だからこそ、何を言えばいいのか分からなかった。


「王太子の寿命が短いなんて、知られたらまずいだろう? だから、この話は王族の中でも一部しか知らない。まあ、あの女は何故か知っていたが」

「……そんな大事なこと、わたしに話して大丈夫ですか?」

「よくないだろうな」


 よくないんだ、やっぱり。


「だからまあ、俺に何かあったらお前も疑われるかもな」

「……き、聞かなきゃよかった」


 こっちは、ただでさえ色々とギリギリなラインで生きているんだ。これ以上、フラグを増やさないでほしい。


 思わず不満たっぷりの視線を向けると、「お前が聞いてきたんだろ」と言われてしまった。


(……その通りだから何も言い返せない)



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