義母と娘-6
「……ごめん、酷いこと言った。ちょっと、頭を冷やしてくる」
「待って、違うの!」
「アナスタシアが話したかったことも、聞けなくてごめん。……今度、ちゃんと聞くから」
そう言うと、レインはそのままわたしに背を向けて歩き出した。咄嗟に引き止めようと手を伸ばすが、届かない。
「──行かないで!」
そして、勢いのままレインを追いかければ、足がもつれて──。
「ぎゃっ」
そのまま、盛大に転けた。
鈍い音と共に床へ倒れ込み、しばらく動けない。二人の間に流れる沈黙が、やけに長く感じられた。
「……大丈夫?」
そんな沈黙を破ったのは、レインの心配と困惑が混じった声だった。
(わかるよ、何で今このタイミングでって思ってるよね。でも、わたしだって不思議で仕方ない)
恥ずかしさと情けなさと、いろいろな感情がぐちゃぐちゃになる。それでも、何とか起き上がり、わたしはその場に座り込んだ。
だけど、顔を上げることはできなかった。
「どっか痛い? 顔見せて」
レインは目の前にしゃがむと、わたしの顔を覗き込んだ。その声がやけに優しくて、それだけで、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
「ここ、ちょっと赤くなってる。一応、回復魔法かけようか」
「……待って」
「え?」
額に触れようとしたレインの手を、わたしはそっと掴む。喉から絞り出した声は、自分でも驚くほど震えていた。
「全部……レインの言うとおりなの」
俯いたまま、必死に言葉を続ける。
「わたし、心のどこかで諦めてた。諦めるのは簡単だから。レインに嫌われるのが怖くて、逃げていたのと同じ」
ゲームのアナスタシアのように行動しなければ、死ぬこともなく平和に暮らしていけると思っていた。
だけど、アナスタシアが過去にした行いは許されることじゃない。
(だから……幸せな未来なんて来ない。そう思っていた。そしたら、最悪の未来が来ても「やっぱり」って受け入れられるから)
でも、それは間違いだった。
「わたし、レインが傷ついたら悲しい。大切な人が辛い目に遭ったら、わたしだって辛い」
レインの腕を掴む手に、思わず力が入る。
離したくない、と強く思った。
「……なのに、わたしは気づいてなかった」
逃げるみたいに伏せていた視線を、ゆっくりとレインに向けた。もう、目をそらさない。
「わたしがいなくなったら、レインも同じ思いをするかもしれないのに。わたしのことを大切に思ってくれる人がいるのに……簡単に投げ出そうとしてた。まるで、どうでもいいことみたいに」
自分を大切にしないことが、どれだけ大切な人を傷つけるのか──きっと、ちゃんと理解できていなかった。
「こんなこと……今さら、気づくなんて遅すぎるよね。だけど、もうやめる。わたしは、わたしを大切にするって、約束するよ」
たとえ、これから先の未来にどれだけ辛いものが待っていても。
たとえ、いつか過去の行いに苦しめられる時が来たとしても。
それでも、わたしはわたしを終わらせたりしない。
最後まで諦めずに、抗ってみせる。
(この優しくて、温かな手を、離したくないから)
「本当にもうしないって、約束してくれる?」
「……うん」
「無茶なことはしない、ちゃんと相談もするって約束して……じゃないと、不安でたまらなくなる」
「うん、うん、約束する……!」
何度も、何度も頷いた。
指先でそっと涙を拭われ、わたしはその勢いのまま彼に抱きついた。
「レイン〜〜っ、本当にごめんなさい……!」
「俺も、怒ってごめん」
痛いぐらいに抱きしめられて、わたしはまるで子供のように泣いた。
(やっぱり、安心する)
レインの肩に顔を埋め、わたしはしばらくその温もりに包まれていた。
そして、ひとしきり涙を流した後、わたしは話したかったことを思い出す。
「そういえば、さっきお母様と話してて分かったんだけど、実は星夜祭でわたしを襲った犯人に依頼したのは、お母様じゃなかったの」
わたしの言葉に、レインがわずかに身体を離した。
「もしかして、誰か他に思いあたる人でもいるの?」
「……なんで?」
「そんな顔をしてるもの」
(意外と、分かりやすい時があるのよね)
そんなところがかわいい、なんて微笑ましく思っていると、彼は罰が悪そうな顔をした。
「確証はない。だけど、あの女がアナスタシアに向ける視線には、時々、嫌なものを感じる」
前にも、こんなことがあった。あのときはユリウスに忠告されて──。
だけど、まさかそんなはずはない。
嫌な予感が胸を締めつける。それでも、わたしは恐る恐る彼女の名前を口にした。
「……エミリア、のこと?」
レインはわずかに躊躇うような素振りを見せたが、こくりと頷いた。
その瞬間、わたしの胸に重く、冷たいものが落ちた。




