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ラスボス悪女に転生した私が自分を裏切る予定の従者を幸せにするまで  作者: 菱田もな
第三章

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義母と娘-6



「……ごめん、酷いこと言った。ちょっと、頭を冷やしてくる」

「待って、違うの!」

「アナスタシアが話したかったことも、聞けなくてごめん。……今度、ちゃんと聞くから」


 そう言うと、レインはそのままわたしに背を向けて歩き出した。咄嗟に引き止めようと手を伸ばすが、届かない。


「──行かないで!」


 そして、勢いのままレインを追いかければ、足がもつれて──。


「ぎゃっ」


 そのまま、盛大に転けた。

 鈍い音と共に床へ倒れ込み、しばらく動けない。二人の間に流れる沈黙が、やけに長く感じられた。


「……大丈夫?」


 そんな沈黙を破ったのは、レインの心配と困惑が混じった声だった。


(わかるよ、何で今このタイミングでって思ってるよね。でも、わたしだって不思議で仕方ない)


 恥ずかしさと情けなさと、いろいろな感情がぐちゃぐちゃになる。それでも、何とか起き上がり、わたしはその場に座り込んだ。


 だけど、顔を上げることはできなかった。


「どっか痛い? 顔見せて」


 レインは目の前にしゃがむと、わたしの顔を覗き込んだ。その声がやけに優しくて、それだけで、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。


「ここ、ちょっと赤くなってる。一応、回復魔法かけようか」

「……待って」

「え?」


 額に触れようとしたレインの手を、わたしはそっと掴む。喉から絞り出した声は、自分でも驚くほど震えていた。


「全部……レインの言うとおりなの」


 俯いたまま、必死に言葉を続ける。


「わたし、心のどこかで諦めてた。諦めるのは簡単だから。レインに嫌われるのが怖くて、逃げていたのと同じ」


 ゲームのアナスタシアのように行動しなければ、死ぬこともなく平和に暮らしていけると思っていた。

 だけど、アナスタシアが過去にした行いは許されることじゃない。


(だから……幸せな未来なんて来ない。そう思っていた。そしたら、最悪の未来が来ても「やっぱり」って受け入れられるから)


 でも、それは間違いだった。


「わたし、レインが傷ついたら悲しい。大切な人が辛い目に遭ったら、わたしだって辛い」


 レインの腕を掴む手に、思わず力が入る。

 離したくない、と強く思った。


「……なのに、わたしは気づいてなかった」


 逃げるみたいに伏せていた視線を、ゆっくりとレインに向けた。もう、目をそらさない。


「わたしがいなくなったら、レインも同じ思いをするかもしれないのに。わたしのことを大切に思ってくれる人がいるのに……簡単に投げ出そうとしてた。まるで、どうでもいいことみたいに」


 自分を大切にしないことが、どれだけ大切な人を傷つけるのか──きっと、ちゃんと理解できていなかった。


「こんなこと……今さら、気づくなんて遅すぎるよね。だけど、もうやめる。わたしは、わたしを大切にするって、約束するよ」


 たとえ、これから先の未来にどれだけ辛いものが待っていても。

 たとえ、いつか過去の行いに苦しめられる時が来たとしても。


 それでも、わたしはわたしを終わらせたりしない。

 最後まで諦めずに、抗ってみせる。


(この優しくて、温かな手を、離したくないから)


「本当にもうしないって、約束してくれる?」

「……うん」

「無茶なことはしない、ちゃんと相談もするって約束して……じゃないと、不安でたまらなくなる」

「うん、うん、約束する……!」


 何度も、何度も頷いた。

 指先でそっと涙を拭われ、わたしはその勢いのまま彼に抱きついた。


「レイン〜〜っ、本当にごめんなさい……!」

「俺も、怒ってごめん」


 痛いぐらいに抱きしめられて、わたしはまるで子供のように泣いた。


(やっぱり、安心する)


 レインの肩に顔を埋め、わたしはしばらくその温もりに包まれていた。

 そして、ひとしきり涙を流した後、わたしは話したかったことを思い出す。


「そういえば、さっきお母様と話してて分かったんだけど、実は星夜祭でわたしを襲った犯人に依頼したのは、お母様じゃなかったの」


 わたしの言葉に、レインがわずかに身体を離した。

 

「もしかして、誰か他に思いあたる人でもいるの?」

「……なんで?」

「そんな顔をしてるもの」


(意外と、分かりやすい時があるのよね)


 そんなところがかわいい、なんて微笑ましく思っていると、彼は罰が悪そうな顔をした。


「確証はない。だけど、あの女がアナスタシアに向ける視線には、時々、嫌なものを感じる」


 前にも、こんなことがあった。あのときはユリウスに忠告されて──。

 だけど、まさかそんなはずはない。


 嫌な予感が胸を締めつける。それでも、わたしは恐る恐る彼女の名前を口にした。


「……エミリア、のこと?」


 レインはわずかに躊躇うような素振りを見せたが、こくりと頷いた。


 その瞬間、わたしの胸に重く、冷たいものが落ちた。



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