表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラスボス悪女に転生した私が自分を裏切る予定の従者を幸せにするまで  作者: 菱田もな
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/57

守りたいもの-8



「へっ?!」


 レインのことは大好きだけど、まだそこまでの心の準備はできていない。

 どう返事をしようか悩んでいると、彼は何も言わず、優しくわたしの頭を撫でた。


「ごめん、困らせたね」

「えっ」


 眉を下げて謝る彼に向かって、慌てて首を振る。


「ち、違うの! レインとキスするのが、嫌なわけじゃなくて! ただ、心の準備がまだできてなくて……」


 必死にそう伝えると、レインは、くすりと笑った。


「分かった。待つよ」

「ありがとう。……あと、ちゃんと、わたしたちのことが認められて、堂々とレインが恋人だって言えるようになる日……その時まで、大事に取っておきたいなって思ってるんだけど……だめ?」


 わたしだって、もっと彼に触れたいと思う。だけど、今はまだ、わたしたちの関係は秘密だから。


 わたしの言葉に、レインは少しだけ目を丸くした後、すぐに「駄目じゃない」と言ってくれた。その様子に、ほっと胸を撫でおろす。


「でも、本音を言うとちょっと心配なんだよね」

「心配?」

「アナスタシアは誰とでもすぐキスしようとするからさあ。誰かに奪われないか、それだけが心配」


 誰とでもすぐキスしようとするなんて、ひどい言われようだ。だけど、実際、マルガレーテさんのことがあったので、強く否定はできない。


「……しないわよ。誰とでも、なんて」

「本当に?」

「うん。……だって、わたしがキスしたいと思うのは、レインだけだもの」


 マルガレーテさんの時だって、本当は心の中で迷っていた。だから、未遂で終わって、すごくホッとしたのだ。


 だけど、もしあの時、レインが相手だったとしたら……わたしはきっと迷わず受け入れていたと思う。


 そう正直に言えば、レインは大きなため息をついた。


「……アナスタシアって、ずるいよね」


 低く呟くと、レインはわたしの肩に額を押し付けてくる。


「あーー、もう……可愛すぎてどうにかなりそうなんだけど」


 ストレートな言葉と、余裕たっぷりな彼らしくない態度に、思わず頬が緩みそうになる。

 それを必死に堪えて、わたしは彼の髪をそっと撫でた。


「どうにかなっちゃうのは、困るわね」

「……このままだと態度にもすぐ出るけど。それで、バレたら責任とってよ」

「えぇ……そんなこと言われても……」


 普段はあんなに猫を被るのが上手なのに。

 ぐりぐりと押しつけられる頭に、やれやれと思いながらも、わたしは撫でる手を止めなかった。


「じゃあ、その時は二人で逃げちゃいましょう」


 冗談めかして、でも、わたしは本気だった。


「こっそり屋敷を飛び出して、私たちのこと誰も知らない場所で生活するの。大変なことも沢山あると思うけど……」


 お金のこと。住む場所。これからの生活。

 考えることは山ほどあるし、簡単な話ではないことは分かっている。


 それでも──わたしは、レインと一緒にいたい。


「レインと一緒なら、きっと幸せだもの」


 そこまで言って、ようやく気づいた。

 レインが、一言も発していないことに。


(……呆れられた? これだからお嬢様は、って)


 出会った頃、彼はよくそんなことを口にしていた。

 

「……アナスタシアさあ、それ意味わかってる?」


 顔を上げたレインは、ひどく真剣な、それでいて少し怖い顔をしていた。

 だけど、この体勢では逃げ場もない。


「責任とってレインを幸せにするってことだったんだけど、ダメだった?」

「……ダメなわけ、ないだろ」


 低く、抑えた声。


 レインは、わたしの額に自分の額を押しつけたまま、離れようとしない。

 わずかに熱を帯びた赤い瞳が、逃がさないと言うみたいに、じっとわたしを見つめていた。


「レ、イン……?」

「覚悟しといてよ。俺は君を簡単には手放さないから」


 そのまま唇が、触れそうになって──思わず目をぎゅっと瞑る。

 けれど、感じたのは、頬に触れる柔らかな感触だった。


「今は、まだこれだけ」


 そう囁くと、レインはゆっくりと距離を取った。さっきまで触れていた熱が離れた瞬間、胸の奥に、名残惜しいような感覚が残る。


 すると、そんなわたしの視線に気づいたのか、レインが、にやりと笑った。


「……物足りなかった?」

「なっ──! そ、そんなことない! 変なこと言わないで!」


 図星を突かれて、わたしは思わずレインの胸をぽかぽかと叩いた。

 本当に軽くだけのつもりだったのに、彼は困ったように笑って、その手をやんわりと掴む。


「はいはい。いい子だから暴れないで」

「暴れてない!」


 そう言い返しながらも、掴まれたままの手から逃げられない。


「……手、冷たい」


 口を尖らせながらそう言うと、レインは困ったように笑った。


「アナスタシアが温めてよ」


 そのまま、包み込むみたいに両手で握って、温める。すると、指の付け根に、かすかな違和感があった。


「……あれ?」


 思わず、手を止める。


「どうした?」

「……この傷、」


 よく見ないと分からないほど薄いけれど、確かに残っている。


「ほとんど消えてるけど……」

「……まだ、気づくんだ」


 そう言うと、レインは視線を逸らした。


「大したことない。もう治ってる」

「でも……」


 星夜祭の夜。

 わたしが襲われて、彼はお母様より罰を受けた。あの日のことを思い出すと、胸がきゅっと締め付けられる。


「……ねえ、アナスタシア」

「なに?」

「今でも、仲良くしたいって思ってる?」


 誰と、なんて聞かなくても分かる。わたしの心の中を、レインは全部知っているかのようだった。


「思ってるよ」


 たとえ、お母様が願う家族の幸せの中に、わたしが含まれていないとしても──たとえ、殺したいほど憎まれていたとしても。


(そのために、わたしは知らなきゃいけない。どうしてお母様がアナスタシアを拒むのか、二人の間に何があったのかを。……アナスタシアが、彼女に何をしたのかを)


 胸の奥の不安を隠すように、わたしはレインに抱きついたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ