守りたいもの-2
そして、案内されるまま中へと入る。
そういえば、前に来たときもこの人が案内してくれたな。男の後ろを歩きながら、わたしはマルガレーテさんと初めて会った時のことを思い出していた。
突然現れて「魂が面白い」なんて意味深なことを言い残し、ふわりと去っていったあの衝撃は、忘れたくても忘れられない。
(幽霊だと勘違いするのも無理ないよね……)
あの日のことを思い返すと、自然と笑みがこぼれた。その気配に気づいたのか、後ろを歩くレインがそっと声をかけてきた。
「……何か面白いことでもあったの?」
「ううん。ただ、ちょっと思い出しちゃって……」
神出鬼没なマルガレーテさん。最初はあまりに美しすぎる容姿とただならぬ雰囲気に緊張していた。でも、思ったより気さくで話しやすい人だった。
(それにしても、キスしようとした時のあの瞬間は、本当に神スチルだったなぁ……)
そんなことを思い返していると、案内役の男の足がぴたりと止まった。
「こちらです」
「あ、ありがとう」
お礼を言うと、案内役の男は静かに立ち去る。扉に手をかけたまま動かないわたしに、レインがそっと声をかけてきた。
「入らないの?」
「入る……けど……」
やっぱり、緊張する。犯人について分かったことがあるのは嬉しいけど、胸がざわついて仕方ない。
(何だかよくないことが起こりそうな気がするのよね……)
「ねえ、レイン」
くるりと振り返り彼の名前を呼べば、少しだけ驚いたように目を見開いたレインと目が合った。
「安全祈願、の魔法ってある?」
「は?」
「ごめん、やっぱり何でもないや」
何言ってんだコイツ、と言わんばかりの視線に思わず慌てて謝ってしまう。……もういい。馬鹿なこと言ってないで、さっさと入ろう。
そう思い、わたしはゆっくりと扉を開けた。
「やっほー、アナスタシアちゃんに従者くん」
聞こえてきたのは、何とも気の抜けた声だった。
わたしが緊張しているのなんてお構いなしに、彼女はゆるい笑顔で手を振ってくる。
「ほらほら、座って座って」
お辞儀を返してから、言われた席に腰を下ろすと左隣からやけに視線を感じた。なんだと思いそちらに視線を移せば、仏頂面のユリウスと目が合う。
「ああ、殿下はおまけだから気にしなくていいよ」
「おまけ……?」
(おまけって何だおまけって……)
首を傾げていると、マルガレーテさんが楽しそうに話し出す。
「殿下がどうしても見たいと聞かなくてね、アナスタシアちゃんの想いび──」
「マルガレーテ!」
ユリウスが勢いよく声を上げた。焦ったようなその声に、思わずわたしも瞬きをする。
「……余計なことは言うな」
「ははは、そんなに怒らないでおくれ。ちょっとした冗談じゃないか」
明らかに面白がっているマルガレーテさんとは対照的に、ユリウスの顔はどんどん険しくなっていく。
後半はよく聞き取れなかったが、どうやらわたしの何かが気になるらしい。ちらりとユリウスに視線を向けたが、すぐに逸らされてしまった。……なにそれ。
(わたしの、なにが見たいわけ……?)
頭の中に疑問符を浮かべていると、マルガレーテさんがわたしの右隣を指差した。
「ほらほら、従者くんも立ってないで、そこへ座りたまえ」
「いえ、ここで大丈夫ですので」
「しきたりやマナーなら気にしなくていい。今日はみんなで楽しくお茶を飲むだけの集まりだからね」
今日は楽しくお茶を飲むために集まったっけ……?
そんなはずはないと思ったが、次の瞬間、目の前に差し出されたものに意識がもっていかれる。
「ほら、サクルもたくさん用意したのさ」
甘い香りがふわりと広がった。大量のサクルに思わず身を乗り出してしまう。
「アナスタシアちゃんの好物なのだろう? 好きなだけ食べるといい」
「マルガレーテさん……!」
まさか、彼女がわたしの好物を知ってくれているとは思わなかった。
お礼を言って、わたしはさっそくサクルに手を伸ばす。そして口に運ぼうとした、その瞬間——ぴたりと動きが止まった。
(右から「食べすぎるな」という圧……視線が刺さっている気がする……)
確かに最近のわたしは食べすぎている。
そのせいで、ドレスがキツイなと感じる時も多い。なんとか必死に誤魔化してはいるけど、メアリーあたりはそろそろ気づいていそうだ。
なので、本来であれば、ここは控えないといけないのだろう。……だけど、こんな機会は滅多にない。それにせっかく用意してもらったのに食べないだなんて、失礼だ。
頭の中でそう言い訳をして、わたしはサクルを口へと運ぶ。口いっぱいに広がる優しい甘みに、思わず顔が緩んでしまう。
夢中でサクルを食べていると、隣からわざとらしい咳払いが聞こえてきた。
何だろうと思いそちらに視線を向けると、にっこりと笑うレインと目が合う。笑顔の裏に、わずかな苛立ちが混ざっているのが見て取れた。
(……なんだか、すごく怒ってない……?)
一体、何が不満なのだろう。まだサクルは二個しか食べていないのに。必死にそう目で訴えていれば、「犯人」と彼の唇が動いた。
……あっ、そうだ。今日は、わたしを襲った犯人のことを聞きに来たんだった。
この和やかな空気に流されて、すっかり忘れてしまっていた。慌ててサクルを飲み込んで、わたしは口を開く。
「あの、マルガレーテさん」
「なんだい? サクルのおかわりかな?」
「いや、それはまだ大丈夫です。……その、わたしを襲った犯人について分かったことがあるって手紙に書いてましたが……」
「ああ、そうだったね。すっかり忘れていたよ」
やっぱり、マルガレーテさんも忘れてたんだ……その緩さに少し安心していた矢先、次の一言で頭の中が真っ白になった。
「アナスタシアちゃんを襲った男だけど……自害したよ」




