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ラスボス悪女に転生した私が自分を裏切る予定の従者を幸せにするまで  作者: 菱田もな
第三章

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星夜祭-11


 後ろから二人の驚いたような声が聞こえたが、構わずにわたしは走り続ける。そして、レインの部屋に着くと同時に、勢いよく扉を開けた。


「レイン! だい、じょうぶ……」


 言いかけた言葉は、喉の奥で止まった。

 だって、目の前のレインはシャツを脱ぎ、無防備に肌を晒していたのだから。


(まさか、着替えの途中だったとは……!)


 意外にも鍛えられていた身体つきに目を奪われ、思わず視線を外せずにいると。


「……いつまで見てるつもり?」


 呆れたようなレインの声に慌てて「ご、ごめんね!」と叫び、くるりと彼に背を向ける。


 だけど、さっきの光景が脳裏から離れない。顔が赤くなるのが分かる。だけど、この状況ではどうすることもできない。


 すると、そんなわたしを見透かしたような意地の悪い声が聞こえてきた。


「アナスタシアの変態」

「なっ──!」


 変態じゃない。そう叫びたかったけど、この状況では説得力がなさすぎる。なので、やけくそになって、扉を半ば叩きつけるように閉めた。


 後ろから「壊れるからやめな」というごもっともすぎる言葉が飛んできたが、聞こえないふりをする。


(わたしは、変態じゃないもん……)

 

 だけど、いまだにさっきのことで、顔の熱は引いてくれず、心臓もドキドキとうるさい。 

 これでは本当に変態みたいだ。それでも、本来の目的を思い出して、何とか口を開いた。


「メアリーから、レインが大変だって聞いてきたんだけど、もしかして……お母様に虐められたの?」


 レインがお母様に何をされたかまでは、聞いていない。元々、関係がいい二人ではないが、直接お母様がレインに何かをしたのは見たことがなかった。


 まあ、遠回しに嫌がらせをしているのは、何度か見たことあるけど。


「別に虐められてない」

「本当に? あんなに焦ったメアリーなんて、初めて見たのよ」

「彼女が大袈裟なだけ。……もう、着替え終わったよ」


 その言葉と同時に、わたしはレインの方に身体を向けた。確かに、見たところ傷はなさそうだ。しかし、掌に巻かれた包帯が気になる。


「……それは?」


 包帯を指さしてそう尋ねる。すると、誤魔化すように「別に。なんでもない」と言われてしまったが、わたしは引かなかった。


「ふーん。わたしに隠しごとをするんだ」

「……なんでもないって」

「言わないなら別にいいわ。けど、その代わり、わたしもこれからはレインには何も言わない」


 じっとレインの瞳を見つめて、そう告げる。その言葉に顔を顰めた彼だったが、やがて諦めたように口を開いた。


「……鞭で打たれただけ。本当にただそれだけで、別に大したことじゃないから言う必要ないと思った」

「なっ?!」


 充分、大したことじゃないか。そんな大事なことを、どうして言う必要がないと思うのか。


 慌ててレインに駆け寄り、確認するように彼の腕をそっと掴んだ。掌に巻かれた包帯には僅かに血が滲んでいる。


「……どうして、そんな酷いことを……」

「アナスタシアを危険な目に遭わせたから、当然のことだよ」


 わたしを危険な目に遭わせたから、というのは見知らぬ男に襲われたことを言っているのだろうか。

 内緒にするつもりだったのに、レインはちゃんと話したのか。


「なにそれ。わたしが襲われたのは、わたしが約束を破って一人でいたからで、レインは何にも悪くないのに!」

「悪いよ。アナスタシアを守れなかったんだから」

「そんなことない。レインは、ちゃんと守ってくれたもの」


 わたしが今こうして無事にいれるのは、レインのおかげだというのに。こんな仕打ちはあんまりだ。


 そもそも、今まで、お母様はわたしの自由な行動に何も言わなかった。屋敷の人間の目を盗んで、街に出かけていることも知っているはずだ。


 ……それなのに、どうして今回だけこんなことを?


 すると、ドンドンドンドン──と激しいノックの音がその場に響いた。


「アナスタシア! レインは大丈夫なのか?」


 扉の向こうからは、テオドールの声がした。どうやらわたしの後を追いかけてきてくれたみたいだ。


 ……ちょうどよかった。レインの傷を治してもらおう。そう思い、扉を開けようとしたが、後ろからレインの手が邪魔をする。


「……な、何してるの? はやくお兄様に傷を治してもらいましょ」

「いい」

「どうして?!」


 鞭打ちの傷なんて、激しい痛みで辛いはずだ。テオドールのソウル魔法であれば、すぐに治してもらえる。だから、早く彼を部屋に入れるべきだ。


 そう訴えかけるが、レインは手をどけない。


「テオドール様にソウル魔法を使わせたなんて、女狐にバレた方が面倒だ」

「……で、でも!」

「いいから。テオドール様には帰ってもらって」


 扉を押さえている彼の手に、力が加わるのがわかった。これ以上何を言っても、無駄だということだろう。


 ……本当に困った男だ。わたしはため息をついて「わかった」と返事をする。


「ごめんなさい、お兄様!」


 わたしは扉の向こうにいるテオドールに向かって、叫んだ。


「えー、えっとぉ……レインは無事なんだけど、お母様に呼び出されたのが怖くて泣いてて! 流石にこの状態では、お兄様に合わせる顔がないっていうか……」


 苦し紛れにそう言い訳をすれば、扉の向こうで「レインが泣いてる?!」とテオドールがざわついた。さらには、メアリーの驚いたような声まで聞こえてくる。


「落ち着いたら、ちゃんとお兄様のところに行くように伝えるから! しばらくは、わたしに任せてて!」


 その言葉で、足音が遠ざかっていくのを感じて、わたしはほっと胸を撫で下ろした。よし、ひとまずあっちは何とかなった。……けど、問題はここからなんだよなあ。


 後ろからとてもおぞましい圧を感じて、わたしはぎゅっとスカートの裾を握った。冷や汗が止まらない。


(ああ、後ろを振り向くのが怖い……)


 現実から目を背けるように、目を瞑っていれば、頭上から地を這うような低い声がした。


「誰が怖くて泣いてるって?」

「あ、ははは……泣いてるって言えば、引いてくれるかなって思って……」

「なら、代わりに今からアナスタシアのことを泣かせてやろうか」


 恐ろしい言葉が聞こえてきて、思わず声を上げる。


「ぼ、暴力反対!」 

「まさか、痛いことなんてしないよ。……まあ、酷いことはするかもしれないけど」


 ……それって、同じなのでは?

 ゆっくり振り返ると、彼は恐ろしいほどに落ち着いた、穏やかな微笑みを浮かべていた。


 その笑顔に、思わず息が止まりそうになる。


「レ、レイン……」

「なあに?」


 名前を呼べば優しい声で返事をしてくれる。だけど、わたしの身体は恐怖で強張り、ガチガチだった。


「な、何でもするから、許してほしいなーなんて……」


 欲しいものや食べたいものがあるなら用意をするし、二人きりの時であれば、肩だって揉む。こき使ってくれたって構わない。


 そんな思いで口にした言葉だった。

 でも、目の前の赤い瞳がゆっくりと細められるのを見て、わたしは後悔した。……あ、余計なこと言っちゃったかも。


「何でもするって、軽々しく言わない方がいいよ」


 そう言ったレインの手がわたしの頰にそっと触れた。突然のことに、思わず肩が小さく揺れる。


「……後悔しても知らないから」


 とても楽しげに呟かれたその言葉に、思わずごくりと唾をのむ。一体、何をされるのだろうと、全身に緊張が走った。


「い、痛いのはやだからね!」

「大丈夫、痛いことはしないってば」


 その言葉に安心したのも束の間、この後、わたしは泣くほどくすぐられてしまうのだった。



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