星夜祭-10
屋敷に戻ったわたしは、一直線に自室へと向かう。とにかく今日は色々あったので、先に一息つきたかったのだ。
その後で、色々といま起きている問題について考えよう。なので、まずはレインにお茶でも淹れてもらってと考えていたのだが、彼は反対方向に歩き出した。
「あれ? どこ行くの?」
そう尋ねると、レインは「ちょっとね」と答える。
「ちょっとって、なによ。まさか、わたしに言えないようなことするの?」
「うん、そうだよ」
「えっ?! 嘘、本気で?!」
「嘘だけど」
しれっと答えたレインに、思わず手が出そうになった。何とか必死で堪えていれば、彼はふっと笑う。
「すぐ手が出るとこ、直したほうがいいよ」
「誰のせいだと……!」
「ごめんってば。お詫びに、後でお茶を淹れて部屋に行くから」
そう言うと、レインは去っていく。それ以上は何も答えてくれない彼に、少しだけモヤモヤしながらも、わたしは見送った。
(一体、何なの。どこに行くかぐらい、教えてくれてもいいのに)
レインはわたしの行動は全て把握しないと気が済まないというか、少しでも隠し事をすると怒る。だけど、自分のことに関してはあまり言わない。
立場上、無理やり聞くということもできるが、それはしたくなかった。なので、わたしはいつも彼に振り回されるのだ。
(本当、気まぐれな猫みたい)
近づいてきたかと思えば、急に離れる。……もういいや。レインなんて待たずに、メアリーにお茶を淹れてもらおう。
そんなことを考えながら廊下を歩いていれば、ふと、窓からテオドールの姿が見えた。
(一体、あんなところで何をしてるの?)
庭の真ん中で、手元をじっと見つめている彼を不思議に思って、わたしは庭へと向かった。
ベンチに腰掛けているテオドールの後ろに、そっと忍び寄る。彼は考え事をしているのか、わたしには全く気づかない。
(……そんなに集中して何を見てるのかしら?)
とにかく聞いてみるか、とわたしはテオドールに声をかけた。
「星夜祭は楽しかったですか? お兄様」
「うわぁっ?! 何だ、アナスタシアか……」
驚いたように声を上げるテオドール。一体何を見ていたのだろう、と彼の手元に視線をうつせば、そこにはお守りが握られている。
(なるほど、お守りを見ていたのね。それにしても、そんなに大事そうに見つめるなんて一体何が……?)
しかし、琥珀色の糸で施された星の刺繍を見て、わたしは全てを理解した。
「へぇー。なるほど、ソフィアさんから、特別なお守りをもらったんですね」
「なっ、何でソフィアのことを……」
「ユリ、……シュローダー先輩から聞いたの」
それだけじゃない。二人がまるで恋人同士のように仲睦まじく歩く姿も見ていた。まあ、それは言わないけど。
「いつの間に、ユーリと仲良くなったんだ?」
「ふふ、内緒」
全てを話すには色々と秘密が多い。だから、口元に人差し指を当ててそう言えば、テオドールは肩をすくめた。
「それにしても……よかったですね、お兄様」
「へ?」
「お兄様もソフィアさんのことが好きなんでしょ? だから、両思いだと分かってよかったですね」
ゲームの中では、ソフィアなんて人物は登場しなかった。だからどんな人なのかはわからないが、テオドールが惹かれる相手なら、きっと素敵な女性だろう。
なので、祝福する気持ちを込めて伝えたのだが、テオドールは首を横に振った。
「別にソフィアとはそういうんじゃないって。ただの友人だ」
「お兄様は恋人でもない女性と、密着して歩くの?」
「なっ」
「とっても仲良さそうだったのに、ただの友人だなんて。思わせぶりすぎるわ」
あんなに密着して歩いていたのに、ただの友人だなんて、無理がある。誰がみても好意を持っていることは明らかだったのに、どうして隠すのか。
それとも、テオドールにとってはあれは友人との距離感なのだろうか。そうだとしたら、性質が悪すぎる。
(レインだって、そう。まるでわたしのことを好きだっていう態度をとるくせに、急に突き放すんだもの。それにいつもわたしばっかり意識して……)
先ほどのこともあり、つい棘のある言い方をしてしまう。じっと、テオドールを見つめていれば、彼は気まずそうに視線を逸らした。
「思わせぶりって……」
「ソフィアさんのことが好きなら、好きだと言えばいいのに。お兄様の意気地なし」
こんなのは、ただの八つ当たりだ。だけど、止まらなかった。まるで子供のように拗ねた口調で話すわたしを見て、テオドールは「手厳しいな」なんて、困ったように笑う。
「けど、好きだけでは、どうにもならないこともあるんだよ。……アナスタシアにも、いつか分かる日が来る」
「それって、わたしたちでは結婚する相手を決められないから?」
その言葉にテオドールはこくりと頷いた。
「俺は父上が決めた相手と、結婚することになってるからな」
そんなのおかしい、と言いかけてやめた。ユリウスも言っていたように、この世界ではそれが普通なのだ。
(ゲームの中だったら、そんなことなかったのに。身分差とかどうでもよくて、自由に恋愛できていた)
実際、王太子と結婚できるぐらいだ。
(……まあ、そもそも、エミリアはアナスタシアを倒して世界を救った乙女。だから、彼女と攻略対象者に身分差や問題があろうと関係ないのか)
わたしがラスボス悪女にならなければ、家にもテオドールにも、誰にも迷惑をかけることはないと思っていた。世界も平和のままだし。
だけど、わたしが真っ当に生きることで支障がでることもあるのかもしれない。
(例えば、わたしがラスボス悪女になって、それをエミリアの代わりにソフィアさんが阻止すれば、テオドールの恋は実るかも……?)
その場合、わたしは死ぬことになるので無理だけど。推しのためなら死ねる!なんて、前世ではよく口にしていたけど、実際はできっこない。
他にいい方法も思いつかず、つい黙り込んでしまえば、テオドールがわたしの頭を優しく撫でた。
「仕方ないことだから、気にするな。でも、せめてアナスタシアは好きな相手と結婚できるよう頑張ってお願いしてみるよ」
……どこまでも、優しいお兄様だ。だけど、養子であるわたしの方が、その望みは薄そうではある。
お父様に嫌われてはいないと思いたいが、どんな相手が選ばれるのだろう。もしも、変態ジジイとかだったら……?
(それならいっそ、ユリウスと結婚した方がよかったかもしれない……)
だけど、今更そんなことを言っても仕方ない。それにこんな打算的な考えでユリウスを受け入れたら、彼に失礼だ。
(とりあえず、今はまだ見ぬ婚約者のことは考えなくていいか)
「わたしのことはいいの。お兄様は自分の幸せだけ考えて。……わたしも、お兄様がソフィアさんとうまくいくよう頑張ってみるから」
「はは、ありがとな。その気持ちだけで充分だ」
微笑みを浮かべながらも、どこか諦めたような表情をするテオドールに胸が痛んだ。だけど、何も言えずにいれば、彼がわたしの頬辺りを指差す。
「それより、ここ。少し赤くなってるけど、どうかしたのか?」
「え? あぁ……ちょっと転んでしまって…」
流石に見知らぬ男に襲われたとは言えず、わたしは適当に誤魔化した。
それにしても、まだ赤みが引かないのか。とうの昔に痛みはなくなったというのに、厄介だ。
思わず顔を顰めていれば、テオドールがわたしの頰にそっと触れた。
「相変わらず、アナスタシアはお転婆だな」
その言葉と同時に、暖かな光に包まれる。彼の腕に宝石がついた腕輪が現れており、ソウル魔法を使ってくれたのだとわかった。
「ありがとう」
「どういたしまして。元気なことはいいけど、あんまり、レインに心配かけるんじゃないぞ」
もう、充分かけているとは言えない。誤魔化すように「あはは」と笑えば、テオドールのため息が聞こえてきた。
「メアリーもよく困ってたぞ。アナスタシアとレインの間に挟まれて」
「それは……本当に申し訳ないと思ってるわ」
メアリーにこそ一番苦労をかけてるかも、なんて考えていれば、遠くの方から彼女の声が聞こえてきた。なんというタイミングだろう。
「お嬢様!」
息を切らしながらやってきたメアリーに、二人揃って目を丸くする。彼女がこんなに焦っているだなんて、珍しい。
「メアリー? どうかしたの?」
「大変です! レインさんが、奥様に──!」
その言葉を聞くと同時に、わたしは走り出していた。




