表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラスボス悪女に転生した私が自分を裏切る予定の従者を幸せにするまで  作者: 菱田もな
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/51

星夜祭-9



「俺はあの女とどうこうなるつもりはないよ。……まあ、それは向こうも同じだろうけど」

「えぇ……? でも、お守り貰ってたよね……?」


 わたしはレインがエミリアからのお守りを受け取るところを、確かにみた。だけど、レインは首を傾げる。


「お守りなんて貰ってないけど」

「嘘……だって、わたし、見たもの! 大通りのところで、エミリアがレインにお守りを渡すとこ……」


 必死に説明をすると、最初は顔を顰めていた彼も何かを思い出したかのように「あー……?」と声を漏らした。


「なんかあの女が落としたやつを拾った気もするけど、別にそれ以上は何もない」

「……拾った?」


 あの時の二人の様子は、そんな風に見えなかった。エミリアは眩しいぐらいの笑顔でレインに話しかけていたし、レインもお守りを大切そうに強く握りしめていたように思えた。


 だから、そう素直に伝えたのに、レインは鼻で笑った。


「大切に? 俺が?」

「ええ、そうよ。今にも壊れるんじゃないかってぐらいに、力強く握りしめていたのを見たもの」


 その言葉に、思い当たることがあるのか、レインは少しだけ気まずそうに目を逸らす。……何だ、やっぱりそうなんじゃない。


「……ほら、やっぱり」

「違う、あれは……」

「あれは?」


 しかし、その先の言葉は、なかなか出てこなかった。


(何だ、本当は想い合っているのに、わたしに隠そうとしているだけなのね)


 そう思うと胸がぎゅっと痛んで、つい俯いてしまう。すると、わたしの様子に気づいたレインが焦ったように、口を開く。


「あの女が、アナスタシアのことを一番分かってるのは自分だって言うから……その、怒りでつい握り潰そうとしただけ」

「え?」

「あり得ないでしょ。……ああ、思い出しただけでも腹が立つ」


 レインの声が一気に低くなる。その顔は、どこか拗ねたように口を尖らせていた。


(……え、もしかして、それって──嫉妬?)


 思わず、頭の中をそんな言葉がよぎる。だけど、口には出さなかった。しかし、沈黙を選んだわたしを見透かすように彼は言葉を続ける。


「アナスタシアのことを一番分かってるのは、俺だもんね?」


 まっすぐとこちらを見つめて言われてしまい、心臓が大きく跳ねた。……なにそれ、ずるい。でも、この状況で素直になんて返せるわけがない。


「……一番はお兄様じゃない?」

「へぇ。そんなこと言うんだ」


 レインの目がゆっくりと細められる。その声色はからかうようで、少しだけ拗ねたようにも聞こえた。


「それにメアリーともいい勝負かも! 彼女は小さい頃から──んっ?!」


 気づけば、口が勝手に動いていた。けれど次の瞬間、レインの人差し指がわたしの唇に触れて、思わず息が止まる。


「それ以上言ったら、怒るよ」


 もう怒ってるじゃない、とは言えなかった。


「俺はさ、強欲だから。……他の誰かがアナスタシアの一番になるのとか、我慢できないわけ。──分かった?」


 同意を求められて、わたしはゆっくりと頷く。すると、レインはわたしの口からそっと手を離した。


 しかし、それだけでは物足りないのか、赤い瞳が、促すようにじっとこちらを見つめている。彼が何を言いたいのかはわかった。


 なので、わたしは恐る恐る、だけど、覚悟を決めて口を開いた。


「……わたしのこと、一番わかってるのは……お兄様でも、メアリーでもなく、レインよ」


 恥ずかしくて声がだんだんと小さくなる。それでも何とか言い終えると、レインは「うん、知ってる」と満足げに言った。


 その表情に、思わず視線を逸らせば、レインはくすくすと楽しそうに笑って。「顔真っ赤だね」なんて、わたしをからかった。


(ああ、もう! 本当に厄介な従者だ)


「ところで……俺たちのこと見てたなら、何で声かけなかったわけ?」

「えっ。えぇっと……その……」


 ……言えるわけない。二人が恋人同士になったかもって勘違いをして、傷ついて、嫉妬して逃げ出したなんて。


 なので、ここは適当に誤魔化すことにした。


「声をかける前に人混みに飲まれちゃって……」

「ふぅん? てか、そもそも何であの場所を離れてたの? 俺たちを探してた、とか?」

「あ、違うの。たまたま、二人が買い物に行ってくれた後に、ユリウスが来て──」


 そこまで言いかけて、わたしはハッとして口をつぐんだ。……まずい、確実に余計なことを言った。


「へぇ、たまたま会ったんだ。あの王太子と」

「う、うん……本当にたまたま、偶然……」


 レインの顔を上手く見れない。どうして、今このタイミングでユリウスの名前を出してしまったんだろう。


 だけど、後悔しても、もう遅い。わたしの腰を支えているレインの手に、力が入るのが分かった。


「あの場所からアナスタシアの姿が消えてて、どれだけ俺が心配したか分かる? あそこで待ってるって言ったよね? それなのに、アナスタシアは呑気に王太子と遊んでて、俺との約束を破ったわけだ」

「いや、はい……ごめんなさい……」

「そもそも──」


 言葉を続けようとするレインの声を遮るように、わたしは急に声を張り上げる。


「あっ! 広場! 広場が見えたわ! 早く降りましょう!」


 低く舌打ちをする音が耳元で聞こえたけど、無視する。そのまま、やや乱暴に地面に降ろされて、足元が安定したと同時に、わたしはほっと胸をなでおろした。


(ふぅ……よかった)


 しかし、安心したのも束の間。レインがこのまま見逃してくれるわけもなく、彼は笑って、残酷な言葉を告げる。


「この続きは屋敷で──覚えておきなよ」

「なっ」

「ほら、行きますよ。アナスタシア様」


 そう言うとわたしの手を引いて、レインは歩き出した。……やばい、このまま帰りたくない。


 重い足取りでレインの後ろをついていけば、前方に見慣れた後ろ姿が見えた。わたしは慌てて彼女の元へと向かうと、大きな声で名前を呼ぶ。


「エミリア!」


 わたしの声に、彼女は勢いよく振り返る。少し目を見開いたあと、こちらに駆け寄ってきた。そして、勢いそのままわたしの胸に飛び込んでくる。


「アナスタシア様!」

「わっ、おっとと……」


 思わずバランスを崩しかけると、レインの手が私の身体を支えた。そのことに軽くお礼を言いつつも、わたしはエミリアを、しっかりと抱きしめ返す。


 すると、彼女の泣き声が聞こえてきた。


「……ご無事で本当に、本当によかった……」

「心配かけてごめんね。それに、マルガレーテさんのことも、ありがとう。エミリアが呼びにいってくれたんでしょ?」

 

 わたしの胸で泣いているエミリアの背中を優しくさすりながら、そう言えば、彼女は首を横に振った。


「いえ、私にはそれ以外に何もできなかったので……」

「そんなこと言わないで」

「でも、結局、アナスタシア様を助けたのは貴方なんですよね……」


 エミリアは顔を上げて、ちらりとレインに視線を向けた。どこか恨めしそうな、そんな表情で。


(エミリアが他人に対して、こんな顔をするなんて珍しい)


「……ねえ、二人とも。わたしがいない間に、何かあったの?」

「「なにもないですよ」」


 ふたりの声が重なり、思わず苦笑いを浮かべてしまった。


(いや、これは絶対に何かあったでしょ……)


 二人が恋人同士になったというのは、わたしの勘違いだった。その事に少し安心しつつも、何だか別の問題が起きていそうで、胸がざわつく。


(……まあ、今は気にするのはよそう)


 今はとにかくは星夜祭を最後まで楽しもう──そう自分に言い聞かせ、視線を上げると、夜空に光籠がちらほらと浮かび始めていた。


「──あ、そろそろかも」


 そう呟いたと同時に、辺りが一気に賑やかになる。一斉に光籠が夜空へと舞い上がり、その光景は本当に美しかった。


 隣にいるエミリアをちらりと見れば、彼女の瞳はまるで少女のようにキラキラと輝いていた。


(そういえば、結局、エミリアの好きな人ってレインじゃなかったってことよね……? じゃあ、一体誰なんだろう)


 わたしに協力をお願いする必要のある相手となると、思い浮かぶのは後はテオドールぐらいしかいない。でも、好意があるような素振りは一度も見せていなかった。


(それに、わたしを襲ったあの男。仕事だって言っていたけど、それってつまり……誰かが頼んだってことよね)


 ラスボス悪女とか関係なく、わたしを始末したい相手が、確かに存在する。その事実に、思わず顔が強張るのがわかった。


「……アナスタシア? 大丈夫?」


 エミリアに気づかれないよう、レインがわたしの耳元でそっととささやいた。その優しさに胸がじんわりと温かくなる。


「何でもないの。……ちょっと、疲れただけ」


 少しの疑惑と不安を胸に抱えつつも、きらきらと光る光籠を見上げる。


 こうして、星夜祭は静かに幕を閉じたのだった。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ