星夜祭-1
星夜祭当日。
街へと向かう馬車に揺られながら、わたしはぼんやりと景色を眺めていた。
あれほど楽しみにしていたお祭りだというのに、今のわたしの気分は最悪だった。
その気持ちを吐き出すように、重いため息を吐けば、目の前から「ねえ」と不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「まだ怒ってるわけ?」
真向かいに座るレインにそう聞かれ、わたしは窓の外に視線を向けたまま、ぶっきらぼうに答える。
「……別に。怒ってないけど」
「嘘、怒ってるじゃん。アナスタシアって分かりやすいよね」
「……だって、お兄様が……お兄様が……他の女と星夜祭に行くだなんて……!」
そう、今日はテオドールにも「一緒に祭りへ行こう」と声をかけていたのだが、「先約がある」と断られてしまった。
そして女性か、と聞いたわたしに対して、彼は照れたようにはにかみながら頷いたのだった。
「どこのどいつよその女!」
わぁっとその場で泣き出せば「うるさい」と怒られてしまった。何だ、うるさいって。慰めてくれてもいいじゃないか。
「わたしだけのお兄様だったのにぃ……」
「いや、別にアナスタシアだけのものじゃないでしょ」
「うるさい! いいから慰めて!」
そう言えば、渋々といった様子で頭を撫でられる。そして「大好きなお兄様に捨てられて可哀想ですね、よしよし」と、言われた。別に捨てられてはないのだけど。
「テオドール様にも付き合いってものがあるだろうし、そろそろ兄離れしたら?」
「嫌! そんなの認めない!」
まるで子供のように駄々をこねていれば、深いため息が聞こえてきた。そろそろやめないと本気で呆れられるかもと、恐る恐る顔を上げる。
「はい」
すると、目の前に小さな箱が差し出された。突然のことに、首を傾げる。
「なにこれ?」
「開けてみて」
言われるがまま、箱を開けると、中には耳飾りが入っていた。なにこれ、すごくかわいい。
「かわいい! でも、どうしたの?」
「今日の祭りにぴったりかなって思って」
たしかに耳飾りには星をモチーフにした飾りがついている。キラキラと光るそれは、星夜祭にはぴったりだろう。……もしかして、これってプレゼント?
「わたしにくれるの?」
「アナスタシア以外に誰がいるわけ」
素直じゃないその物言いに思わず笑みが溢れる。「ありがとう」とお礼を言って、わたしはゆっくりと箱から耳飾りを取り出した。
「ねえ、どうかな? かわいい?」
耳飾りを片耳につけたわたしは、目の前のレインに見せる。動きに合わせてゆらゆらと揺れて、楽しい。
「はいはい、かわいいですね」
「もう、適当なんだから」
そう言って、もう片方も着けようとするが、なかなか上手くいかない。苦戦していれば、ふいに目の前からレインの手が伸びてきた。
「貸しな、着けたげる」
ギシっと音を立てて、レインが隣に座る。近づいた距離と、耳に触れる彼の手。心臓の音が聴かれてしまいそうなぐらいに、うるさい。
「ついたよ」
「……っ、ありがとう」
お礼を言えば、レインは「ん。よく似合ってる」と微笑んだ。熱くなる頬を誤魔化すように、視線を逸らそうとしたが、そのまま顔を覗きこまれてしまい逃げられない。
「機嫌なおった?」
ふっと笑ったその表情と仕草に、心臓がさらにうるさくなる。なるべく平常を装って返事をしたが、その声は震えていた。
「……なお、った……」
「そ。なら、よかった」
最後にふわりと頭を撫でられて、レインは元の場所へと戻っていった。窓の外を眺める彼の横顔は、いつもと変わらない。わたしだけが意識していて、本当嫌になる。
はやくこの熱が引きますように。そればかりを願いながら、残りの時間を過ごしていた。
◇◇◇◇
賑わう街の中、わたしは立ち尽くしていた。
「思ったよりすごい人ね……! レイン、はぐれちゃだめだからね!」
「それ、俺の台詞なんですけど」
レインの服の裾を掴みながら、わたしはきょろきょろと辺りを見渡す。たしか、待ち合わせはこの辺りなんだけど……?
この人混みのなかでは見つけられる自信がない。それでも必死になって彼女の姿を探していれば、遠くからわたしの名前を呼ぶ声がした。
「アナスタシア様!」
振り返るとそこにはエミリアが、こちらに手を振っていた。
「エミリア!」
エミリアの元へと駆けていけば、彼女は「会えてよかったです」と微笑んだ。そして、二人で人の多さにはしゃいでいれば、ふと彼女の視線が私の後ろに向けられる。
「……あ、いらしてたんですね」
レインの存在に気がついたエミリアがそう声を漏らせば、彼が軽く会釈をする。それ以上何も言わないエミリアに、レインは「安心してください。邪魔はしませんから」と笑った。
いや、この場合邪魔なのはわたしの方では?
そう思って「邪魔だなんてそんなことないのに、ね?」とエミリアに同意を求めたが、華麗にスルーされてしまった。
まって、エミリアの好きな人って、レインで合ってるよね……?
何だか気まずい空気がその場に流れて、わたしは慌ててエミリアの腕を引っ張った。
「ほら、エミリア! あっちに行ってみましょう!」
とにかく今は星夜祭を楽しまなくては! そう思ったわたしは、浮かれた足取りでどんどん前へと進んでいく。
そして、数十分後──わたしは完全に人酔いしていた。




