星降る夜に願いを-4
◇◇◇
「お守りの作り方を教えて欲しい?」
星夜祭の数週間前、わたしは一人お母様の部屋へとやってきた。突然の訪問に目を丸くしながらも、お母様は快く部屋の中へと招いてくれた。
「はい。一応、作ってみたのですが……これで大丈夫ですかね?」
そう言って、わたしはお母様に作ったお守りを差し出す。数時間かけて作ったお守りは、形は歪で刺繍もぐちゃぐちゃだ。お世辞にも上手とはいえない。
そんなお守りもどきを眺めたお母様は、少し悩んだ後に「これは、ちょっと」と言葉を濁した。どうやらかなりひどいらしい。
「……貴女って、意外と不器用だったのね」
「わたしもここまでひどいとは、自分でも思ってなかったです」
本来のアナスタシアだったら、もう少し上手くできていたかもしれないが。思ってる以上に、わたしは不器用だったみたいだ。
お守りもどきを手に取ったお母様が「どうしたらこうなるのかしら」と首を傾げる。ごめんなさい、それはわたしにも分からないです。
やがて、少しだけ悩んだ後、お母様は材料を取り出し、テーブルの上に並べた。そして、わたしをテーブル近くのソファへと手招く。
「よし、一緒に作りましょう。口で説明するよりやってみせた方が分かりやすいでしょうし」
「ありがとうございます!」
「とりあえず、私の真似をしてちょうだい」
その言葉にわたしはいそいそとお母様の近くへと寄っていく。ふたり並んでソファに腰掛けて、お母様の手元を見ながら同じように手を動かす。
「まずここの部分だけど……」
「あ、なるほど。そういう風にやるのですね」
お母様と同じ動きなんて無理、と最初は思った。だけど、難しいポイントや分からないところは、お母様が丁寧に教えてくれるので、何とかついていくことができた。
そうして、何とか必死に作業を進めていき、無事に一つ目を完成させることに成功した。
「わぁ、すごい! さっきのとはまったくの別物ですよ!」
「あら、上手にできたじゃない」
「でも、お母様が作ったものと比べるとまだまだですね……さすがお母様、天才!」
嬉しさからはしゃぐわたしを見て、お母様が「大袈裟よ」と笑う。なので、「そんなことない。この刺繍の洗練さはわたしでは出来ない」と食い気味に言えば、なぜか困惑した表情を浮かべる。
「何言ってるのよ。刺繍なら貴女の方が得意でしょ?」
その言葉に慌てて否定する。刺繍が得意だなんて、ありえない。わたしのお守りの出来を見ていなかったのだろうか。
しかし、お母様は「でも」と言葉を続けた。
「この家にやってきてすぐの頃。私に花の刺繍を施したハンカチをプレゼントしてくれたでしょう?」
「え。あー、」
おそらく、それは本来のアナスタシアであった頃の話だろう。正直、全くわからないがここは話を合わせるしかない。
なので、わたしは「そうでしたね」と同意をしながら、話の続きを聞くことにした。
「あの時の刺繍、とっても素晴らしかったもの。それなのに、どうしてこんなことに? さっき作ったやつも最初のものと比べると上手だけど……」
そう言って、お母様はまじまじとわたしの作ったお守りたちを見つめる。その横顔はどこか疑惑の表情を浮かべていた。まずい、これは非常にまずい。
まさか、アナスタシアが刺繍まで上手だなんて知らなかった。マナーとか学力とか、そういうのはこの身体に身についていたので、今まで困ったことはなかった。
なのに、どうして刺繍の上手さは、引き継ぐことができなかったんだろう。アナスタシアの本来のセンスを上回るぐらいに、わたしが不器用すぎたのか?
とにかく、今は適当に誤魔化すしかない。そう思って、わたしは口を開いた。
「あの時も全然上手くいかなくて、何回も何回もやり直したんです。そしたら、たまたま奇跡的にうまくいきまして……」
「あら、そうなの」
「はい。だからあの時はきっと妖精か何かが助けてくれたのでしょう!」
実際、助けたのは悪魔かもしれないけど。半ば強引にそう誤魔化せば、意外にもお母様は納得した。わたしが言うのも何だが、チョロすぎやしないか。
少しだけそう不安に思いつつも、それ以上何も言われないことに、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。
◇◇◇◇
「ねえ、貴女は何をお願いするか決まっている?」
「願いごと、ですか?」
「ええ。ちゃんと前もって決めていないと、当日に迷っちゃうわよ」
迷う?と首を傾げていれば、「叶えられる願いはひとつだけなんだから」とお母様が念押しするように言う。
そう言われると難しい。ラスボスになりたくないとか、この先誰も傷つけずに平和に過ごしたいとか。そういうのだったら沢山でてくるけど。
わたしが叶えたいたったひとつの願いごとって、何だろうか。なかなか答えが出ずに頭を悩ませていれば、お母様が「私の願いはね」と話し始めた。
「家族みんなで平和に暮らすことなの。お父様とテオドール、そして……」
その言葉と同時にお母様が私を見つめながら、ふわりと微笑む。その笑みは、まるで聖母のようだと思った。
「だから、そのためなら何を犠牲にしても構わないの」
どこか不穏なその物言いに、思わず表情が強張るのがわかった。それに気づいたお母様が「そんな顔しないで。それぐらいの気持ちってことよ」と笑った。
だけど、わたしは何も言えずにいた。そのことに気づいていないのか、お母様は構わずに言葉を続ける。
「ねえ、アナスタシア。むかし、貴女は言ったわね。私と仲良くなりたいって、それが望みだって」
確かに言った。三年前、わたしはお母様と仲良くなりたいって。そして、あの瞬間からお母様は嘘のように優しくなった。
最初は色々と疑っていたけど、月日が経つにつれ、いつしかそんな疑いをもつこともなくなっていた。
それに、あの日から今日まで、何も問題など起きなかった。だからこそ、すっかり忘れていたのだ。まるで、最初からこうだったと勘違いしてしまっていた。
もしかしたら、それが全部間違いかもしれないのに。
「ねえ、アナスタシア」
俯くわたしの名前をお母様が優しく呼ぶ。ゆっくりと顔を上げれば、彼女の翡翠の瞳がこちらをじっと見つめていた。
「私、ちゃんと貴女の望みを叶えられてるかしら。ちゃんと貴女の言うとおりにできている?」
「お母様……?」
「ねえ、ちゃんとできているかしら」
どこか圧を感じるその言葉に慌てて頷けば、お母様は満足げな表情をした。
「よかった。ならきっと私の願いも叶うわね」
そう言って、笑みを浮かべるお母様。その表情はいつもと変わらないはずなのに、なぜだかわたしはとても恐ろしかった。
「あら、どうしてそんな怖い顔をしているの?」
「いえ、あの、少し不安になってしまって……」
「ええ? どうして? 言ったじゃない、私の願いは家族みんなで平和に暮らすことだって」
そうだ、確かにお母様はそう言った。
何も言えずにいるわたしに「だから、何も不安に思うことなんてないでしょ?」とお母様は言う。
お母様の言うとおり、何も不安に思うことなんてないはず。だけど、少しだけ、ほんの少しだけ思ってしまったのだ。
お母様の言う「家族」にアナスタシアは含まれてないんじゃないかって。
どうか、これがわたしの勘違いで終わりますように。そう思いながら、スカートの上で拳を強く握りしめた。




