『第13話 火の鳥が落ちるとき(後編)/12・幸せは災難の先に』
トゥワード号によってえぐられた土手は大地の精霊により再び土が盛られ、川の水はいつもの流れを取り戻した。ただし製粉所自体は壊れたまま瓦礫の山となり、泥をかぶってもはや使い物にならない。予定された解体作業は前倒しを避けられず、オレンダ家にとって大打撃は避けられないだろう。
製粉所脇にある公園にトゥヴァード号の乗員たちが集まり、体を休めていた。ここはちょっと高くなっているため、流れ出た水の被害から免れたのだ。すでに市や衛士隊が派遣した医療班や衛士達が駆けつけ、彼らの保護や治療に当たっている。
「まったく、我々はお前たちの尻拭い係ではないぞ」
惨状を見ながら西地区の衛士隊長フィル・ワイドがぼやいた。
「そう言うな。この埋め合わせはいつかする」
「その必要はない。お前達はよくやった。ただ、東の連中ばかりで我々西の出番がなかったのが少々癪なだけだ」
相変わらず凜とした態度に、トップスも
「衛士の出番がないのは良いことじゃないか」
と苦笑い。
緊急に張られたテントの脇には、メルダー達が控えながら傷ついた体を休めていた。
「隊長」
立ち上がろうとするメルダーをトップスは制し
「そのままで良い。ご苦労だった。今日は何も考えず体を休めろ」
「ありがとうございます。カオヤン達は?」
「全員捕まえた。目立った抵抗もしないし、こっちが拍子抜けしたほどだ。イントルスも無事だ」
言いながらプリンスキーの姿を探す。
彼は公園の端、一番高く所にあるベンチにギメイと座りながら惨状を見ていた。数時間前までは優雅に空を舞うスターカイン自慢の魔導飛行船も、今やただのスクラップだ。
「ここまで壊れると却って諦めもつくな」
「これだけの事件だ。ウブもただじゃ済まないだろうな」
「だろうね。トゥワード号はウブの要請で来たものだ。それがウブの独立という言わば内輪もめで壊されたんだ。ゴメンの一言で済むわけがない。賠償金だけでどれだけの額になるのやら。考えたくもないね」
「考える気もないくせに」
「もちろん。それをするのは首都のお偉い連中だ。僕のようなお飾り王子に出番はないよ」
「……頼みがある」
「お飾り王子に出来ることなら」
「賠償をなしにしろとか、ウブの責任は追及するななんて言わない。ただ、それをするなら祭りが終わってからにしてくれ」
「それぐらいなら」
トップス達が上がってきた。
「王子、ご無事で何より」
「ここの衛士隊が優秀なおかげだよ。みんなまとめて親衛隊に引き抜きたいぐらいだ」
「それはご勘弁を」
笑うトップスが横を見て
「どうしたギメイ。どこか痛むのか?」
テントの横でぶすっとして座り込んでいるギメイに声をかけた。
「別に」
「あれが面白くないだけですよ」
スノーレが指さす先には、乗員達の頬にキスして回るクインの姿があった。ちようどワットの頬にキスしているところだ。
「約束したんだそうです。無事に終えたらみんなにキスしてあげるって」
「なるほど、羨ましいのか」
からかうような笑いにギメイは唇をとがらせ目をそらす。
そこへ一通りキスを終えたクインが戻ってくる。
「ご苦労。大変だったみたいだな」
「いえ。トゥヴァード号の乗員はみなさんいい男揃いですから」
言い切る彼女にプリンスキーも笑い
「それは光栄だ。ところで、乗員じゃないけれど無事だった僕にももらえるのかな」
頬を指さす彼に
「もちろん」
クインは抱きつき、頬にキスする。
「俺も無事だったんだけど」
不満げに彼女を見上げるギメイには
「衛士はみんなを守って当然」とにべも無い。
「これだもんなぁーっ!」
顔を埋めるようにして座り込むギメイの耳元で
「ちょっと」クインの声がする。
「何だよ」
と上げた彼の頬に彼女の唇が触れた。
「え?」
戸惑う彼にクインは微かに赤らみながら
「勘違いしないように。これは仕方なくする義理みたいなものだから。言わば義理チューだから」
言い切り立ち去る彼女の後ろ姿を見ながら、ギメイは唇の触れられた頬を撫でふくみ笑った。
一同がテントまで戻ってくると、ちょうどニーベルトが手綱を握る馬車が駆けつけ
「王子。ご無事ですか?!」
カラメルが顔を出す。
「もちろんさ。君のプリンを食べずして死んでたまるものか」
両手を広げてプリンスキーが出迎える。
「どうぞ。お待ちしました。よろしければ皆さんもどうぞ」
プリンをのせたトレイを手に馬車から出てきたのはファウロ夫妻だ。
「どうしてお2人が?」
「ここに来る途中、拾ってもらった」
トレイを持ったまま、ファウロが御者台のニーベルト顎で指す。夫妻共にあちこちに痣があるが動きに変化はない。
「ちょっとあんたら!」
リムルが怒鳴った。その先には1人ぽつんとベンチに座っている魔人がいた。怖がっているのは、誰も近寄ろうとしない。
「わざわざ魔界から私らを助けに来た魔人さんになんて態度だい!」
彼女は魔人に歩いて行くと、その手を取って引っ張ってくる。
「悪いねぇ。ずっと捕まっていたからパンを焼いてないんだよ。でも、このプリンも美味いから食べていきな」
プリンとスプーンをのせた皿を魔人に手渡す。が、魔人はプリンが何なのかわからず、ただ首を傾げるだけだ。
魔人の前に立ったプリンスキーがゆっくりプリンをスプーンですくい口に入れた。周りも同じようにプリンを食べてみせる。
それで魔人もこれが食べ物だとわかったのだろう。見よう見まねでプリンをスプーンですくい口に入れる。途端、唸るような声を上げ、続けて食べ始めた。
その姿に場の空気が一気に和み、皆が笑い出した。
× × ×
翌日。100年祭のオープニングセレモニーはいくつかのプログラムが変更になったものの、予定通りウブ市立競技場で開かれた。
数千人の観客の下、青空に花火が鳴り響き、ダンサー達が様々な舞踊を見せる。
「このウブが国から市となって今日で100年を迎えます。国でなくなったこと、ウブの規模が小さくなったことを嘆く人がいますが、私たちが誇りとし、胸を張ることは土地の広さや権限の大きさではありません。
この街で生まれ、生きていることは楽しいと感じ、幸せに繋がっている。普段全く意識せずにそう感じている人が大勢いる。当たり前すぎていちいち自分に言い聞かせる必要がない。そんな空気が当たり前の街。それが私たちが誇りとするウブの街です」
壇上のマトン・ジンギスカン市長がよく通る声で会場の人達に語りかける。マイクなどないこの世界。地声で広い会場に届かせる声は為政者の必須スキルだ。
「その誇りを知られることなく、当たり前として守る人達がいる。普段は街の片隅で目立たず働くこの人達の言葉を皆に送ろう」
会場の三方から1人ずつ、3人の女性衛士が歩いてくる。
ルーラ
クイン
スノーレ
着ているものは衛士の制服だが、特別仕立ての色違いだ。
クインの制服は赤。牡丹のような落ち着きのある高貴な赤。威厳と誇りを身に纏い、内に流れる血潮の如く、周囲の人達に熱い力を呼び覚ます女王の赤。
スノーレの制服は白。足跡1つ無い新雪のような白。何事もなく全てを覆っているようでいて、その下には多くの命や力がいずれ来たる時をまっている。その時が来たら一斉にその姿を現す。
ルーラの制服は緑。若葉のような淡く混じりっけのない緑。どこまでもどこまでも大きく伸びる命が宿る。未熟さは無限に広がる可能性。その力は世界を支える未来への道しるべ。
マトンと入れかわるように壇上に立つ3人は、静かにそれぞれの得物を掲げる。
クインがサーベルをまっすぐ伸ばし
「私たちは永久に続く幸せの坂を登るための技をこの手に宿し」
スノーレが魔玉の杖をかざし
「時の中、喜びを増し、苦しみを癒やし、笑顔となるための知恵を見つけ」
ルーラが精霊の槍を天へと向ける。
「人も人にあらざるものも全てを育むことを、この大地に根付かせ、風に運び、天に捧げ、水に流れ伝えていくことを」
それぞれの得物の先端を重ね、全てに見えるように高々と掲げた。
『この世に生きる全ての命に誓う!』
合わさった宣言の後、湧き上がる歓声が空気を、大地を、心を震わせ、波紋のように会場の外に広がっていく。
興奮した顔、笑い顔、泣き笑い、食い物を頬張り、酒を飲み、歌い、踊り、動き、作り、運ぶ。
さあ、祭りを始めよう!
●エンディング・テーマ「365歩のマーチ」
・激突で全壊したトゥヴァード号と製粉所。多くの人達が瓦礫の整理をしている前に、頭が痛いとばかりに顔をしかめるジンギスカン市長。その後ろでは秘書のマッツォがひたすら記録を取っている。
少し離れたところではオールとジェイブがミーナに詰め寄っている。さすがにここまでの惨状は想定外だったのか、兄2人に押される彼女は笑って誤魔化すしかない。その様子を3人の父・ワルドが静かに見ている。自分の引退時期を考えているのかもしれない。
・賑わう街の様子を背にトップスが衛士隊の自室を出ようとする。とその前に立ちはだかるのは書類の山を抱えたセルヴェイ。外を指さしちょっとぐらい良いだろうとするトップスに、セルヴェイはダメですとばかりに書類の山を彼に押しつける。
・魔導師連盟ウブ支部。衛士隊の特別馬車に手枷足枷をはめられ、ズタボロになったルシフィアスが放り込まれる。閉められる扉の前で衛士達に頭を下げているスピンの後ろで、スノーレが彼にジト目を向けている。それに気がついた彼が笑って言い訳し、彼女は笑って誤魔化さないでとばかりに詰め寄る。
・祭りの屋台が並ぶ中、ファウロ・ベーカリーの出張店舗がある。親子連れの注文を受けリムルがパンを袋に入れていく。買ったパンの袋を受け取ろうとした子供が手を伸ばし、ぎょっとする。
目の前には、エプロンを着けた魔人が売り子としてパンの袋を差し出していた。受け取ったものの、こわばり石のようになっている子供に対し、魔人の腕から触手が伸びてその子の頭を優しく撫でる。が、子供の緊張はほぐれない。
・市庁の一室。トゥヴァード号乗員達を前にイチジクとワットが今後の説明をしている。部屋の後ろではメルダーが座って見守っている。
・カフェのテラス。緊張気味のウェイトレスがプリンを置くのを笑顔で受けるプリンスキー。その横ではカラメルが「プリンの美味しいウブの店リスト」にチェックを入れている。2人の前には目一杯お洒落しているクインと、その様子にふてくされるギメイの姿。そこへ王族親衛隊の1人が布に包まれた棒状のものを厳かに持ってくる。
それをプリンスキーが笑顔でクインに渡す。布をほどくと、鞘に収められた一振りのサーベル。トゥヴァード号の舵輪と共に折れた彼女愛用(私物)のサーベルの代わりとして、親衛隊用に鍛えられた特別製のサーベルを彼女に進呈しようというのだ。
鞘から抜いた刀身が見せる輝きは、明らかに他のものとは違う一級品のもの。しかも、鍔にあたる部分には小さくクインの名が刻まれていた。
感謝を込めてクインがハートを飛ばしながらプリンスキーにお礼を言う。それを横目にギメイはプリンのやけ食いをしている。
・祭りの人混みの中、ゴーディス司祭のウララが、サークラー司祭のレジェンドと歩いている。レジェンドはデートのつもりなのか浮かれ気味だ。2人の後ろにはゴーディスの信者服を着たヨーダが控えている。
・祭りの一角でがっしりした若い男同士が喧嘩をしている。その勢いに周囲は遠巻きに見ているだけ。お互いにパンチを繰り出そうとする二人の襟首をつかみ引き剥がす者がいた。イントルスだ。引っ込んでろとばかりに二人が同時に文句を言う。
落ち着いて手の埃を払うイントルスの前に、喧嘩をしていた2人が白目を剥いて伸びている。しゃがみ込んで2人の前で救急箱を開けるホワン。やり過ぎだよぉと言いたげにイントルスを見上げる彼女に、彼は申し訳なさそうに頭を掻いた。
・病院。左腕に包帯を巻いたスラッシュが妻のセシルと一緒に通路を進む。と、半開きになった病室をのぞき込む。
そこには包帯だらけでベッドで横になっているリドゥの横、ラムが半ば怒ったように夏蜜柑の皮を剥いている。
横になったままリドゥが何か言うと、彼女は照れくささを誤魔化すように怒り、皮を剥いた夏蜜柑の半分を彼の口に押し込む。手が動かせないまま器用にそれをもぐもぐしている彼の横、彼女は顔を赤くしたまま残り半分を食べ始める。
その様子を見たスラッシュ夫妻は顔を見合わせ微笑むと、見つからないよう静かに立ち去った。
・留置場の一室。カオヤンが静かに本の山に囲まれ、その一冊を読んでは何か書き留めている。脇に置いた紙の表紙には「独立国家ウブ ~失われた偉大~」の文字。
・チヨン教会前ではホレラレタたちが「愛の焼き菓子」と銘打ったクッキーを売っている。
・サークラー教会。自由商人達がたむろするロビー。窓口でルーラがニーベルトから話を聞くと、慌てて外に飛び出す。
教会前、並ぶ馬車を縫うようにルーラは走り、正門を飛び出して左右を見る。祭りに賑わう中、彼女の求める者の姿は見つからない。
誰かが後ろに立ち気配から笑顔になって振り返ると、そこにはオレンダが立っていた。足下でアバターが鳴いた。
がっかりする彼女にオレンダが語りかける。それを聞き、沈みかけるがすぐに無理に作ったような笑顔をあげる。それを見て哀しげな表情を返す彼に、ルーラは強い顔でガッツポーズを返すと空を見上げる。今はウブにいない、どこかを進んでいるだろうベルダネウスの馬車に思いを馳せるように。
(第13話 終わり)
ごめんなさい。このシリーズ。1話完結で長くても前後編というつもりだったし、実際に前後編に分けたのですが、長さは合わせて4話弱! まさかこんなに長くなるとは思わなかった。特にルーラたちがトゥヴァード号に乗り込んでからが長い長い。最初考えていた倍以上になってしまいました。まあ、各キャラみんなを書いていったせいなんですけれど。
あと、本編を読まなくても楽しめるようにと考えていましたが、今回はルーラの過去「しあわせな復讐(ベルダネウスの裏帳簿・前日談)」など本編との絡みが強くなっています。
とりあえず一区切りと言うこともあって、オールスターに近い形にしようと欲張ったのが悪かったか。魔人までが再登場。8話のあとがきでは次に出るときは片言でもしゃべれるようにと書きましたが結局しゃべれないまま。
扱いが1番迷ったのがベルダネウス。もっと活躍の予定でしたが書いていて「ここは衛士隊に任せてお前は引っ込んでいろ」という気持ちになり減らしました。ただ、オレンダとの正面切っての会話は書いても良かったかもと今も迷ってます。
ルーラ、クイン、スノーレをのぞいてさらっと流して、トゥヴァード号も墜落させずカオヤン達を倒した後、何の問題もなくそのまま帰ってくれば、不時着を巡っての部分や魔人がらみが綺麗さっぱり無くなり、初めの予定の長さで終わったんでしょうけれど。やはり衛士である以上、活躍は「敵を倒す」ではなく「みんなを守る」形にしたかった。
ルーラたちが自分の得物を三銃士よろしく重ねて宣言をするラストは最初から決めていました。やはりラストはこの3人で締めたかったので。
そしてエンディングテーマ。最終話の最後で終わりの歌に合わせてその後の登場人物の様子が描かれるのがあるので、それをちょっと想定してみました。
既存の歌で本作のイメージに合うのは何だろうと考えたとき、真っ先に浮かんだのが「365歩のマーチ」でした。自分でも何でだと思いましたが、いつのまにか私の中ではすっかり365歩のマーチが本作のイメージソングになってしまいました。この世界の1年は400日ですけれど。
本作はここでちょっと一区切りします。ここまで書いて一旦、書き方、アップの仕方など再検討します。とりあえず1話1章ではスマホや小型のタブレットで読むと長いと感じそうなので、12、13話のように分割します。1章辺りの文章量は新聞連載小説を参考に、2、3分で読めるように2,000字前後、長くても3,000字ぐらいに止めようと思います。思うだけで終わるかも知れませんが。
キャラクターも出しそびれたお偉いさんも出さないと行けませんし。ウブの衛士隊の大隊長(8話で存在は示しましたがそれっきり)、魔導師連盟の支部長(ずーっと支部を留守にしっぱなし。スピンは副支部長です)、そしてスノーレの恋のお相手や西の衛士隊に所属するクインの剣の兄弟子など。
最後にあらすじについて。あらすじは2回書き直しました。現在のあらすじはテ昔の外国ドラマによくあるOPナレーションを参考にしました。特に参考にしたのが「アメリカン・ヒーロー(原題「THE GREATEST AMERICAN HERO」)というヒーローコメディもの。主人公が視聴者に基本設定を説明するというもので大好きでした。




