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2. 戦いと料理のシメはあっさりした方がいい


 街を覆う壁外へとやってきたケディとゼノン。遠くには火を吐き、森を焼きながら空を飛ぶ炎竜の姿が見える。


「本当にアレと戦うんすね、僕たち……」


 紛れもなく、人生最大の敵を目の前にしたケディには実感が湧かない。何故ここに立っているのかも。そして、アレと対峙して勝つ未来も。


「最悪だよホント。こんな馬鹿と心中するのはゴメン被る……」

「死ぬならお前一人だけだ。俺はこんな小競り合いで死ぬつもりはないのでな」

「ここまで誰がおぶってきたと思ってんですか。一人で動けもしない人がよくもまあそんな口が叩けますね」

「その気になれば、片足でも動ける」

「だったら、僕におぶらせないでもらえます!?」


 ケディは背中のゼノンをすぐに投げ捨てた。そして、ゼノンは空中で一回転して優雅に着地した。


「だが、ケンケンぐらいしか出来んのだ。お前におぶられた方が速い。楽だしな」

「最後の一言は心の中に留めておいてもらえます? そのもう片方の脚叩き折りたくなるので」


 ゼノンを放り捨てた所で、ケディはギルド長から受け取ったアイテムを確認する。袋に詰まったアイテムの中身は、【魔法封じの粉塵】、【閃光弾】、回復ポーションとエーテルだった。

 魔法封じの粉塵はドラゴンのブレスを一定時間だけ防ぐ道具で、閃光弾は目眩し用の道具だ。

 使える道具ではあるが、どれも撃退に至らしめるものではない。こんな小細工では1分時間を稼ぐだけで精一杯だろう。


「ギルド長は本当に俺たちを時間稼ぎをするだけの道具としか見てないようですね。文字通り、この道具達と同じように」


 ケディは乾いた笑いを溢す。これでは、本当に死ぬ覚悟でも固めなければならなそうだ。その前にケディは最後の希望にと、鼻に付く男にすがってみることにした。


「一応Sランクってのを自慢するなら、何か奥の手は持ってないんですか? ドラゴンを一撃で殺す技とかなんとか」


 よく考えてみれば、ドラゴンにおめおめとやられて帰った奴にそんなものがあるはずない。そう思い、自分の馬鹿馬鹿しさにケディは頭を振るうが、対照的にゼノンはフッと笑った。


「あるに決まっているだろう。【龍薙】、ドラゴンを一太刀で屠れず、Sランクなど語れまい」

「……は?」


 ケディは想定外の回答に、飲み込むのに時間を要した。


「え、いやいや! なら何でドラゴンに返り討ちにあってるんですか!?」

「先ほども言ったであろう。死闘の中にこそ、華があるのだ。技に頼らず、フェアに戦ってこそ戦いの価値がある」

「すいませんでした、あなたがS級の馬鹿であることを忘れてました」


 だが良いことを聞いた。ドラゴンを一太刀で伏せられるのなら、この男に賭けてみるのもアリだ。


「それで、その【龍薙】の射程距離は?」

「スキルの様なものと期待されても困る。射程など俺の大剣の長さに決まっておろうが」


 ゼノンは片足の骨折で短距離しか動けない。ならば、空を飛ぶドラゴンを地に下ろし、尚且つ隙だらけの状態でゼノンの前に差し出すことが【龍薙】を打つ条件だ。


「いや、殆ど無理なんですが!?」

「小僧。何を喚いている。言ったはずだ。俺は【龍薙】は使わんぞ。一撃で殺す技などフェアではないからな」

「この期に及んで、まだ渋るのかよ!?」


 条件追加だ。先ずもってこのS馬鹿を説得するところからスタートだ。

 運命様はとことんケディを追い詰めるのが好きらしい。


(だが、待てよ。さっきも言ったはずだぞ、俺! 相手は馬鹿だ。馬鹿を説き伏せるには、馬鹿の理論を使えば……)


 ケディは人差し指を上に向け、最もらしい態度で言った。


「ゼノンさんは言いましたよね? 戦いはフェアでなければならない。だけど、その小さい脳味噌で考えてみて下さい。僕たちが負けた時のことを」

「負けた時のこと?」

「そうです。僕たちのコンディションは悪い。向こうの炎竜も手傷を負っているとはいえ、こちらに比べれば些細なものでしょう。このまま、真正面から戦えば、負ける可能性は十分にある。そうでしょう?」

「まぁ、可能性はあるな」

「なら、負けた場合。ゼノンさんに復讐を終えた後、ドラゴンは次に何をするか。目の前には人が大勢暮らしている街。次の標的は住民達へ向く。そうなれば、住民達はただでは済まない。多くが殺され、焼かれ、食われる。罪もない人々がドラゴンに無理やり“戦わされ”、殺されるんです。これはフェアな戦いですか?」

「……どういう意味だ?」

「つまり、僕たちが負けた未来に待つのは。ドラゴンが街の人々を無理やり戦闘に巻き込み、殺す。蹂躙なんですよ。あなたはそれがフェアな戦いだと思いますか?」

「確かに、それはフェアではない。関係のない者が巻き込まれるのは俺の信条に反する」


(今の状況も全部アンタのせいで、その尻拭いに関係のない僕が巻き込まれてるんですけどね!?)


 ケディはそう思っても言わぬが花だ。今は乗せるだけ乗せておかないと、いざという時ゴネられても面倒だ。


「だから、僕たちはここでどんな外道な倒し方でも、ドラゴンを倒す必要があるんです。良いですね!?」

「今回に限っては承知しよう」


 であれば、さっきの条件に戻ろう。ドラゴンを地に下ろし、無防備な状態でゼノンに引き渡す方法。

 さっきの言葉にもどこかヒントがあった気はしたが、とひたすらに頭を捻り回す。だが、まだ今ひとつ何かが足りない。


「それで、ゼノンさん? まだ何か隠している技とか使える物とか無いですか? この際、ポケットに入ってるポーションとかでも何でもいいので」

「フンッ。普通の技の名前など、とうの昔に忘れた。身体に刻み込んでおけば良いのでな。ドラゴンに特化したものは【龍薙】くらいだな。あと、使える物か……。今入ってるのは【騎乗竜の笛】くらいだな」


 【騎乗竜の笛】は地を移動することに特化した地龍を呼び寄せる笛である。地龍は賢く、小さな移動でも活躍する代物で、重宝されるアイテムだ。


「あのですね。これ持ってるなら、本当になんで僕におぶらせたんですか!?」

「一応地龍は召喚扱いだ。MPが勿体ない」

「剣士なら、MP気にしなくていいでしょうが! SランクのSって性癖で決まるのか、この業界は!!」


 ただ一つ、ケディは嘆くばかりの状況でもなくなったことに少しだけ安堵していた。ここに集ったアイテムと人。全てのピースを掛け合わせれば、何とかなるかもしれない。


(長期戦では勝ち目はない。本当に1分でカタをつけることになるかもな)


 手元のアイテムを握りしめ、戦う決心を固めたケディの頭上。直ぐそこまでドラゴンは迫っていた。


**



 炎竜は怒り震えていた。休眠期に眠っていたところを叩き起こされ、そして自慢の鱗を何枚も引き剥がされたこと。ただでさえ、寝起きの機嫌の悪いところに、その仕打ちだ。もはや、その元凶たる人間を許すわけがない。空気中を漂うこの許し難い匂いはとある街まで続いていた。

 丸焼きにして食うか。生きたまま踊り食いにしてやるか。炎竜はそれだけが頭を支配していた。そして、腹いせに森を焼きながら遂にその街へとたどり着いた。

 長かった。傷を癒していたことと、ここまでの道のり。たった一ヶ月程度でも、ドラゴンにとっては活動期の2割だ。それを奪われただけでも、万死に値することだ。


 街の外に見えたその男。大剣を背負い、外套を羽織り、今もなお涼しげにコチラを見る視線。怒りが吹き出る。そして、口からも! 炎竜は自慢のブレスを早々にその男へとお見舞いする。


 だが、まだ距離があるせいかブレスも威力減衰し、片足だけの横っ飛びでそれは躱された。


 今のは、所詮は挨拶程度。次は全身全霊のブレスで焼き尽くしてくれよう。その思いと同時に口に灼熱を溜めようとする。


 その時、炎竜の前に小さな塊が投げ込まれた。その塊は炎竜の目前で、大きな光を放ち、炸裂した。


 閃光弾だ。炎竜は堪らず叫び声を上げ、口に溜めた炎も明後日の方向に吐き出してしまった。

 そして、炎竜が失明している間にも、更なる追撃がなされた。炎竜の鼻に向かって、袋に詰めた【魔法封じの粉塵】投げ込まれた。袋は炎竜の熱で焼け、中の粉塵だけが炎竜の鼻に吸い込まれた。


『グオオオオ!!』


 即効性の粉塵はドラゴンの身体に素早く回り、一切のブレスを吐き出すことも許さない。炎竜は身体から熱が引いていく感覚に身悶えることになった。

 だが、同時に瞳は光に慣れ、憎き男の姿を捉えた。遠くからでも感じるあの“匂い”はおやすみでも紛れもなく、今もなお自身を苦しめる男だとわかる。

 ブレスを吐けない以上、生きたまま踊り食いにしてやろう。炎竜は外套を深く被る男に向かって、一気に急降下した。


 その動きに合わせて、男は騎乗する地龍を壁沿いに走らせ始める。


 逃すかと炎竜もその背後にピタリと付けた。いくら地を走るのが速い地龍でも、空を飛ぶ炎竜の速さには及ばない。ドンドンと差は縮まっていき、遂には目と鼻の先になるまでに届いた。


 今だと、炎竜はさらに首を伸ばし、その男を丸呑みにしようとする。だが、男もその時を待っていたかと言うように、


「【土壁(グラウンドウォール)】!!」


 突如、簡単な土の壁を作り出し、地龍はそこを足場にし、ドラゴン目掛けて反転した。炎竜は流石にその機転に合わせることが出来ず、土壁に激突した。


 だが、所詮はただの土の壁。ダメージを負うこともない。炎竜もすぐさま反転し、騎乗した男へと迫る。一度詰めた距離は、そう簡単に離せない。反転に少々時間を要したが、すぐさま男に追いついた。


 あと一歩であの男を殺せる。その距離まで近づいたその時だった。


「残念だったな、ドラゴンさんよ! お前の負けだ!!」


 追いかけていた男が突如として、外套を脱ぎ捨てたのだ。その中の正体は求めていた男ではなく、ひと吹で殺せそうなまでにひ弱な、別の男だった。


 確かにあの男の外套を着ていて、そしてあの男の匂いがしていたはずなのに。最初に見たあの男はどこ行ったのか。

 その答えは直ぐ隣にあった。


「上手く嵌められたな、炎竜よ。悪く思うなよ」


 外套を脱ぎ、ただの肌着姿の標的が大剣を振りかざして待っていた。


 炎竜は大きな過ちを侵していた。標的の男に固執し過ぎたのだ。

 そして、炎竜の失敗は最初に出会った時に、隣にいた男を見落としていたこと。光を奪った後、ブレスと同時に鼻も奪われたこと。最後に、標的の男を外套を羽織っているだけで、その先入観で判断したことだった。怒りに身を任せず、冷静であれば、匂いの元が2つあることに気づき違和感を覚えたであろうに。


 完全に不覚を取られた炎竜に反撃の余地はなかった。


「死ね、【龍薙】!!」


 ゼノンから研ぎ澄まされた一太刀が繰り出された。その剣撃は炎竜の鱗も割り、首を断ち、地面に断層を作るまでの威力を誇った。頭と体をお別れされた炎竜は頭だけ吹き飛び、絶命した。

 そして、剣撃の威力は街を覆う壁をも吹き飛ばし、瓦礫の山にしたのだった。


 こうして、ケディの戦いは決着した。


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