6 男と女の初夜
最終話です。
扉がノックされ、クリスティーヌが居住まいを正して返事をすると、湯浴みを済ませたばかりらしいフェリクスが寝室に入って来た。
彼はそのまま寝台から少し離れた所にあるソファーに腰掛けた。
「陛下、ワインを召し上がります?」
「ああ、貰おう」
二人きりの寝室には侍女すらいない。クリスティーヌがグラスに注いだワインを、何の躊躇もなく飲み干すフェリクス。
⦅……毒が入っているとは思わないのかしら?⦆
フェリクスはクリスティーヌの顔を見るとニヤリと笑った。
「私は子供の頃から”毒慣らし”をしている。大抵の毒には耐性があるんだよ」
なるほどね。
さて、それでは、そろそろ始めようか――
クリスティーヌは徐に立ち上がると、ソファーに腰掛けているフェリクスの正面に立ち、自ら夜着を脱ぎ始めた。
「なっ!?」
フェリクスが目を剥く。
構わずクリスティーヌは夜着を脱ぎ、更には下着まで全て取り去り、一糸纏わぬ姿となった。
そして、呆気に取られているフェリクスの目の前で、そのままクルリと一回りして見せる。
「なっ、何のマネだ!?」
上擦った声を出すフェリクス。
「母に教わった初夜の作法にございます。敵対していた国の王家へ輿入れした場合の、花嫁の作法だと教えられました」
「そ、そうなのか? 初耳だ」
「花嫁側の作法でございます故、陛下の御耳に入らなかったのかも知れませんわね。大陸共通の作法だそうです」
「……知らなかった」
「陛下。私が凶器や薬などを隠し持っていないか、ご自分の手でご確認ください」
「えっ!?」
「その為に、このように全裸になっております。さぁ、どうぞ」
「い、いや。でも……」
大柄で眼光鋭い強面のフェリクスが狼狽えている。
⦅ 陛下ったら、可愛い! ⦆
「陛下。遠慮なさらず、どうぞ。直に触れてご確認を」
催促するクリスティーヌ。
すると、何を思ったかフェリクスは突然立ち上がり、自分の着ているガウンを投げ捨て、更に夜着を剥ぎ取った。そして、少しだけ躊躇した後に下着も脱ぎ捨てたのだ。
クリスティーヌ同様、一糸纏わぬ姿になったフェリクス。
予想外のフェリクスの行動に、クリスティーヌが唖然としていると彼は言った。
「貴女だけ明るい所で裸になるなど不公平だろう。私の身体も隅々まで見て、その手で触れて確認するといい」
⦅ えーっ!? ⦆
恥ずかしさの余り、顔を真っ赤に染めるクリスティーヌ。
自分自身が新郎の前で全裸になることは、3ヶ月も前から覚悟をしていたせいか、思ったほど羞恥を覚えなかった。
それなのに、今、フェリクスの逞しい裸身を間近に見て、恥ずかしくて堪らない。にもかかわらず、目を逸らそうとすればする程、何故か彼の立派なシンボルに視線が吸い寄せられてしまうのだ――もはや恥ずかし過ぎて、気絶しそうである。
そんなクリスティーヌの様子を見て、フェリクスは可笑しそうに笑う。
「アハハ。貴女は自分が全裸になるより、私の裸を見る方が恥ずかしいのだな。その割には私の王子を凝視しているようだが?」
もしや「変態だ」と言われているのだろうか?!
クリスティーヌは焦った。
「ギョ、ギョ、凝視などしておりません!」
「そうなのか?」
悪戯っぽくクリスティーヌの顔を覗き込むフェリクス。
「ひぇっ!?」
オカシナ声が出てしまったではないか!
「なぁ、クリスティーヌ。私と共にゼロから始めないか?」
フェリクスが急に真面目な声を出す。
「え?」
「こうやって裸になってしまえば、私も貴女も何者でもない。ただの男と女だ」
「はい……」
今の二人は、ただの男と女……本当にそうね。
フェリクスは、真っ直ぐにクリスティーヌの目を見て言った。
「私たち二人は敵国の国王と王女だった。そして、私も貴女も大陸中に知れ渡っている、相手の悪い噂を聞いている。だが――お互い、全ての先入観を捨て去って、ただの男と女として向き合いたい。私と一緒にゼロから始めてくれないか?」
フェリクスの言葉に、クリスティーヌは深く頷いた。
「はい。ぜひ、そう致しましょう」
「ありがとう……」
そう言って、全裸のフェリクスは、同じく生まれたままの姿のクリスティーヌを抱きしめた。
二人の裸身が徐々に熱を帯びてくる……
気が付くと、いつの間にかクリスティーヌの唇はフェリクスの唇で塞がれていた。
長い口付けの後、熱い眼差しでクリスティーヌを見つめながら、フェリクスは言った。
「……クリスティーヌ」
「はい?」
「そろそろ良いだろうか? 物凄く我慢しているが、もう限界だ。今すぐ貴女を抱きたい」
「え? でも、まだ身体を確認して頂いておりませんが?」
「寝台の上で、じっくり確かめる」
何だかとてもイヤらしい言い方である。
「あの……」
「何だ? もう待てぬぞ?」
「優しくして下さいね」
渾身の上目遣いで、フェリクスにお願いするクリスティーヌ。
「も、もももも、勿論だ。し、しししし、心配するな」
何故だか涙目になるフェリクス。
別の意味で心配だ。
二人の初夜はこれから始まる。
共に堕ちて行く幸せではなく、共に進む幸せを探して――
終わり
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。