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その英雄、機械仕掛けにつき  作者: 24
第一部 憎むべき隣人たち
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報告書14 想いの伐採

マキナ視点

 通路に死体のごとく横たわる、大破した大型四輪。マキナは今まで共に旅をしてきたそれに対面するが、何やら感傷を求めている暇ではないと瓦礫をどかしていく。


 それと同時に、リスティから告げられた言葉を思い出してもいた。マキナに発生した嫉妬という暗い感情、それは人間にとってはごく当たり前な感情であり、誰しもが折り合いをつけて生きていくのだと。


 ……人間はすごいと思った。許されない感情を得てしまったように思えて、自己嫌悪に潰されかけたこの感情を。ただ命じられたことだけをやっていればいいのではなく、感情で考えて苦しまなくてはならないことを。人間は当然のようにこなして生きているのだから。


 そして何故、マキナに嫉妬などという感情が生まれたのか。何にでも真っ直ぐなリスティを見て、うらやましいと思ったからだ。妬ましいと思ったからだ。ただそんな感情は、必ずしも悪いものでもないということを、リスティには教わった。


 私はリスティが好きなんだ、とマキナは今更ながら腑に落ちた。こんな単純なことに気づけたのだから、感情というのが必ずしも悪いものでもないというのも当然だ。


『コマンダー。応答してください。コマンダー。応答してください。繰り返します。コマンダー。応答してください』


「……アナウンサー。緊急作動、換装システム」


『コマンダーを確認。了解、換装システムを緊急作動……換装システムに予期せぬ装備が確認されています。実行しますか?』


「実行」


『了解。コマンダーの換装シークエンスに移行します』


 瓦礫をどかし終わり、ようやく大型四輪の内部へと入り込む。生活スペースは見る影もなく、あらゆるものが散乱していた。リスティとの共同生活がなくなってしまったようで、少し残念な気持ちがないわけではなかったが、マキナは機能を停止していた大型四輪サポートAIシステム《アナウンサー》を再起動させる。


 これであのデリカシーのない皮肉げな声が聞ける、と思っていたものの、崩壊した車内に響き渡ったのは無機質な機械音声だった。それはマキナをここまで連れてきたアナウンスと同じものであり、もはや《アナウンサー》は完全にこのプログラムとなってしまったのだろう。


 ……ならば、先程の大型四輪が大破するまでのサポートは、イユがマキナのために起こした奇跡とでも言うのだろうか。あなたはのうのうと生きているのがお似合いです、などと最後まで憎まれ口を叩きながら。


 心中で似合わないと毒づきながらも、とにかくマキナは本来の姿に戻ろうと《アナウンサー》へ呼びかける。マキナたちに協力的ではなかったプログラムも、大破状態という緊急時だからか、すんなりとマキナの提案を受け入れた。


 ただしその中で、換装システムに予期せぬ装備がある、などと警告が発せられる。考えるまでもなくそれこそがイユの策であり、リスティが言うところの『イユが似合わないことをした理由』であろう。


 マキナは構わず了承すると、瓦礫の隙間からコートが伸びてきて、マキナの四肢を拘束した後に取り除く。代わりに瓦礫を押し退けながら巨大な四肢が現れ、華奢なマキナには似つかわしくないものへと変わる。


 マキナと機械の四肢、それらを同一のものとするために、機械の装甲がマキナという存在を覆い尽くしていく。最後に残ったマキナの部分をすっぽりと隠す、仮面がマキナの手元に渡される。


 いつだかこれを、『優しいマキナさん』から『機械の巨人』に変身させる儀式だと自虐したことがあるが、今のマキナならばこう思える。


「変身、上等」


『換装シークエンス終了。コマンダー、次の指示を』


「待機」


『了解。次の指示があるまで待機します』


「さてと……」


 まるで旧文明の歴史に残る、甲冑を身に纏った騎士のような。リスティが機械巨人と呼ぶ本来の姿にマキナは換装する。ただしその全長は2mほどで、巨人などというのはリスティの言い過ぎだ。


 その外見は今までのものとなんら変わってはおらず、イユが策を仕込んでいるというリスティの説は期待はずれだったように思えたが、同じなのは外見だけだというのは他ならぬマキナ本人が分かった。使われている動力源が普段のものに加え、大型四輪のものが使われている――この場に来る前に、マキナが充填のために外したものだ。


 サイズは比較にならない大型四輪を満足に動かすだけの動力源に、マキナは明らかにパワーが普段よりはるかに勝っていると感じた。それは動くマキナ当人を破壊するほどの力だったが。


 マキナは再び、イユの言葉を思い出す。あなたはのうのうと生きているのがお似合いです、などと言いながらも、憎らしいことにあのサポートAIは分かっていたのだろう――マキナがここで、破壊されなければならないことを。


 ただそれは、もう少しだけ遠い出来事だ。リスティを故郷に送り届けねば、マキナとて壊れても壊れきれないのだから。



 そうして。動作確認がてら景気よく壁を破壊しながら、マキナはリスティの元へと戻っていた。すでに妹――いや、最新型の《敵コマンダー》はたどり着いており、一触即発の状況に間に合ったようだと、ひとまずマキナは判断する。


 続いてリスティならば、恐らくまずは戦わないように説得から入るだろうが、様子から見るに失敗したようだ。敵コマンダーはマキナを視認した時点ですでに戦闘体勢を取っており、もはや交渉の余地はなく言葉は意味をなさないとマキナは理解できた。


 何故なら目前にいるのは、嫉妬を得るまでのマキナそのものだからだ。与えられた使命をやっていることだけが楽な、自らで何も考えていない機械。リスティに何が目的で人間を助けているのかと聞かれ、何を言っているか意味が分からなかった頃のマキナ。


 その頃のマキナが、お前のしていることに意味はないからやめろ、などと言われたところで、聞く耳など持つはずがない。


「……マキナさん!」


「リスティは下がってて……守れる自信、ないから」


「しゃべっ……は、はい!」


 言葉を発したことに驚くリスティに、マキナはこの機械の巨人の状態で喋ったことはなかったかもしれない、などと思考する。マキナから機械巨人という戦士に換装されていたからか、と空想していると、すでに敵コマンダーはマキナの懐に飛び込んでいた。


 早い。一足飛びでマキナの懐に飛び込んできたコマンダーは、やはり最新型ということらしい。もはや換装することもなく戦闘に耐えうる構造で、全てのパラメーターはマキナを上回っているだろう。


 その証拠に、放たれた掌底を腕部で防いだものの、機械巨人の身体が宙に浮かされる。そうして身動きが取れなくなったところに、マキナの頭部へのハイキックが炸裂する。寸前、どうにか首をズラしたものの、かすったのみで顔面を破壊する。


 大型四輪の動力を使っているにもかかわらず、パワーがまるで違う。破損した仮面の奥からマキナの瞳で見つめたが、敵コマンダーは感情もなく次の攻撃に入っていた。胸を貫かんとする抜き手、一撃で破壊する気らしい。


 ただ、マキナとてやられてばかりではいられない。近くにあった机を掴むと、即席の武器として敵コマンダーへと叩きつけると、吹き飛ばすことに成功する――ものの。壁に叩きつけられた敵コマンダーに、大したダメージは感じられなかった。


 ワイヤーを放って捕縛するか、いやパワーで劣るこちらが振り回されるだけだ。このまま追撃して机で叩きつけるか、いや武器として威力は足りない――考えがまとまらない。普段ならばサポートしてくれるAIがいるのだが、あいにくと先に壊れてしまった。


 そんなサポートAIが何を残したか。この余剰動力だが、その動力を稼働に回しても戦力差は圧倒的だ。ならば――


「マキナさん、わ、わたしも……」


「リスティ! 剣貸して!」


「え……あ、はい!」


 机を投げつけて牽制としながら、参戦しようとしたリスティを止めつつ、マキナはリスティの光刃を借りようとする。光刃を発生させる機械柄を渡そうと、マキナに近づいてくるリスティだったが、二人の間に投げ飛ばした机が跳ね返ってきた。


 牽制のつもりで投げた机が投げ返されたと気づいたのは、右腕が敵コマンダーの手刀で中程から切り裂かれてからだった。投げた机など牽制にすらなっていない、むしろ敵コマンダーを一瞬でも見失ってしまい、接近を許したのみでしかなく。


 ただ切り裂かれて宙を舞う腕部は、もはや優秀な武器だ。バックステップで敵コマンダーから距離をとりつつ、残った左腕からワイヤーを発射し右腕に絡ませ、そのまま頭上から敵コマンダーへ鉄槌として叩きつけた。ただしダメージがあったような素振りはなく、すぐさまワイヤーが絡め取られてしまい、マキナの身体が引っ張られていく。


「マキナさん!」


「……ありがとリスティ!」


 敵コマンダーに肉薄する寸前、ワイヤーが断ち切られてマキナは命拾いする。リスティが光刃を発生させながら機械柄を投げてくれたことで、ワイヤーを断ち切りつつ機械柄をマキナの手の中としたのだ。


 初めて敵コマンダーの表情が歪む。だが標的はマキナのままであり、戦力の劣るリスティを狙う気はないようだ。それ事態はおかしいことではない、今や得物すら失ったリスティに戦力的な価値はなく、マキナこそが優先的な破壊対象だろう。


 しかし性能に劣るマキナにとっては、それこそが勝機。リスティの存在、そしてリスティが存在していることを前提に組まれた、イユが残したサポートこそが。


 敵コマンダーが身を低くして疾走してくる隙に、マキナは機械柄を無理やり左腕に組み込んだ。大型四輪の動力を組み込もうと、敵コマンダーとの戦力差は埋まらない――ただ、あの憎たらしいサポートAIは、イユは無駄なことはしない。


 ならばこの動力は、身体を動かすためのものではない。腕部の中でコードがうごめくとともに機械柄と一体化し、大型四輪の動力全てが光刃として実体化する。


 チャンスは一撃。左腕部から突如として発生した巨大な光刃は、向かってくる敵コマンダーの疾走する地上を一閃に薙いだ。側面に跳ぼうが身を屈めようが、回避することすら許さない圧倒的な範囲攻撃。


 それを避けるためには、空中に逃れるしかない。片足を犠牲にして辛うじて空中に逃れた敵コマンダーだったが、大型四輪を動力とした光刃の射程は空中までやすやすとカバーする。身動きの取れない空中に避けた時点で、もはや敵コマンダーの結果は変わらない。


 しかしマキナが二の太刀を放つより早く、敵コマンダーは身を翻し天井に片足をつけた。そうして天井にみしりとヒビをつけながら、勢いをつけてマキナへと飛びかかる。


 全ての動力を光刃の維持に回しているマキナの動きは、敵コマンダーに比べて遥かに劣り、左腕部を降りきる前に敵コマンダーに肉薄されてしまう。いや、マキナ一人だったらそうなっていたシチュエーションだろう。


「マキナさん! 今です!」


「おまっ……!」


「……言わなかったっけ? その子は私が嫉妬に目覚めるくらい、すごい子なんだから」


 空中でマキナに飛びかかろうとした敵コマンダーの片足を、地上から飛び上がったリスティが無理やり掴んだ。その勢いを殺すことすら出来ず、ただ飛びかかる敵コマンダーの勢いを減じさせるにすぎなかったが……それだけで充分だった。


 マキナの振るった光の刃は、敵コマンダーの上半身を飲み込んでいった。


「あなたも、旅して誰かに会えれば変われたかもね」


「マキナさん! 大丈夫ですか?」


「リスティ……」


 消え去った敵コマンダー――いや、妹に対して、マキナは半壊した仮面の奥で笑う。とはいえ変わったところで、研究所の床に転がる壊れた姉妹たちのようになるだけだけれど。


 動力を使いきって膝から崩れ落ちて、借り物の機械柄が左腕部から排出される。まるでマキナから逃げ出したかのようなそれを、リスティは回収しながら駆け寄ってきてくれる。


 そんなリスティは、殺さなくてはいけない。残った左腕部をリスティの首筋へと押し当てた。その細くて美しい首は、少しの力を込めただけで容易く折れるだろう。


「マ、キナさ……?」


「――ダメッ!」


「げほっ、ごほっ――マ、マキナさん、どうして……」


「……やっぱりこうなっちゃったか。ねぇリスティ、戦乙女さんたちって覚えてる?」


「え? ええ、はい……あ」


 最後の力を振り絞って左腕部をリスティの首筋から外し、床に叩きつけて自ら破壊する。もはや足しか残っていない機械巨人に自嘲しながら、マキナは例えとして、かつて会った戦乙女を挙げるとリスティは答えにたどり着いたようだ。


 かつて人間たちであったにもかかわらず、身体を機械化したために、人間を殺す《機械》と化してしまった少女たち。当然だ、《機械》が人間を殺戮するものであるのは、この世界の必然であるのだから。


「でもマキナさんは!」


「私も機械。ただ人間を助けるって使命で上書きしてただけ……それも感情で意味のないものになっちゃった」


「じゃあ……わたしのせいで……」


「リスティのせいじゃないよ、《機械》ってそういうものだから。でも責任、感じてるなら……」


 《機械》が人間を殺戮するものだというのを、人間を助ける機械だと使命を植えつけることで上書きしていた。ただそんな使命よりも、リスティと会うことで得た感情が上回ってしまった。


 使命よりも重要なものが見つかった今、もはや使命など意味をなさない。上書きしていた人間を殺戮する本能が表面化し、もうただの《機械》でしかない。


 研究所に散らばる他の姉妹たちもそうだろう。感情に目覚め、使命を忘れ、本能に支配され――そして、ここで待つ最後の妹に破壊されることで人間を守ったのだ。使命に踊らされ、芽生える感情に踊らされ、本能に踊らされ……つぐつぐ機械は哀れな存在だと、イユならば皮肉っただろうか。


「《機械》は自殺も出来ないから……出来れば、リスティに壊されたいな」


「出来ません!」


「それじゃあ私は、人間を殺す《機械》になっちゃうよ。リスティはそれでいいの?」


「…………わかり、ました」


「うん、それでこそ私のリスティだ」


「でも壊すんじゃありません。わたしはマキナさんを、殺すんです!」


「……ありがと」


 そんな突然の申し出に、リスティはしばし戸惑っていたものの、少しばかりの躊躇を見せたのみですぐに決断してくれる。そんな決断の早さもリスティの好きなところだ。


 光刃を発生させながら、ゆっくりと近づいてくるリスティが苦しまないように、マキナは何も言わないように瞳を閉じた。すすり泣く音が聞こえてきたとしても、かけようとしてしまう声を我慢して。


 ……本当はもっと、リスティと話したいことがたくさんある。最後まで送ってあげられなくてごめんだとか、リスティとの旅は楽しかっただとか、ここまで来ればリスティなら一人でも帰れるだとか、こんなことを任せてごめんだとか――いくらでも、リスティと交わしたい言葉は溢れてくる。


 ただ、それらの言葉はリスティを苦しめるだけだ。あらゆる言葉を飲み込みながら、マキナは振り下ろされる光刃を受け入れた。


これにてマキナ編こと「想いの~」編が終了となります。お疲れ様でした、などと。

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