報告書13 想いの剪定
「……マ、マキナさん? 何を言ってるんですか?」
「聞いてた通り。壊れてる私を直してもらうの」
「マキナさんは壊れてなんかいません! だって……」
「ああ、そういうのいいから。じゃあほら、早く連れていってよ」
「先にその侵入者の排除だ」
嫉妬。マキナの感情の爆発を聞き届けたリスティが呆然としているうちに、話はさらに進んでいってしまう。リスティと目を合わせることもなく、マキナは入口の前で立つ女性型の《機械》の方へ向かっていく。
もはやリスティなど眼中にもないかのようだったが、女性型の《機械》が口を開いた途端、マキナの動きはピクリと止まる。女性型の《機械》の仕事はマキナを確保するだけでなく、侵入者であるリスティを排除することでもあるのだから。
ただリスティも黙ってやられるわけにもいかないと、光刃をいつでも発生させられるよう、機械仕掛けの柄を握る。しかしてそんなリスティを庇うように、マキナは女性型の《機械》の前に出た。
「この子ならもう出ていくから、早く私を連れていってくれない?」
「は? 何言ってんだアンタ。そんな保証どこにもねーし、侵入者の排除が優先に決まってんだろ」
「……ほらリスティ、早く出ていって。でないと……」
「……アンタ、感情を得ておかしくなったのか? 殺した方が早いじゃねーか」
「違うわ、その……」
「……まさか、その女のこと庇って逃がそうとしてんのか?」
「っ……」
「マキナさん……なら一緒に戦いましょう! これまでみたいに!」
「……無理よ」
女性型の《機械》の指摘にマキナは息を呑む。リスティに表情ひとつ見せないで、ただ確保されようとしていたのは、故郷を目前としていたリスティを逃がすために。
だがマキナの自己犠牲を許して、自分だけ故郷に帰ることなど、リスティは自分で自分が許せない。光刃を展開しながらマキナの横に並び立ちながら、リスティはその表情を伺うと。
まるで人間が恐怖している時のように。あるいは、子供が駄々をこねているかのように。震える声でマキナは共闘を否定した。
「……なんでもいい。アタシはアタシの仕事を果たすだけだ」
「マキナさん! 来ますよ!」
「っ……く」
どうでもいい、と女性型の《機械》は歩き出す。その歩みは面倒な出来事を適当に片付けるかのような、そんなゆっくりさではあったものの、明らかな余裕を感じて。
リスティには歯がゆい気持ちだったが、やはりマキナの力が必要だった。ただマキナは今は本来の姿ではなく、まず女性型の《機械》を避けて大型四輪へと行かなければ――とまで思考したところで、リスティはようやく気づく。
大型四輪は今、イユではなく別の存在に支配されていること。それはどう考えてもリスティたちの仲間をしてくれる存在ではなく、マキナが本来の姿に換装することが出来ないということ。故にマキナは、勝ち目はないとリスティを逃がそうとしているのだと。
ただその時、聞き覚えのある声がリスティの耳に届いた。リスティの危機を幾度となく救ってきた、そんな腕輪からの通信が。
『リスティ。マキナを連れて後ろに逃げてください』
「はい! マキナさん、こっちへ!」
「え……ちょ……」
「は? 面倒なことを、いや……なるほど」
『マキナをお願いします。絶対に、絶対に逃げてください』
聞き間違えるはずもない。声はあのプログラムやらと同じだが、絶対にイユが発した声だった。
その声に従ってマキナを連れて背後に下がり、マキナの父が映った画面を避けながら、瓦礫に塞がれた研究所への扉を光刃で切り裂いた。大きい体格でないリスティとマキナならば、無理やり通れる程度の穴だ。
リスティの無駄な抵抗に、ため息をつく女性型の《機械》。その背後から、屋根や壁を破壊しながら無理やりにでも大型四輪が突っ込んできた。老朽化した建物を破壊しつつ、側面から武器を発射せんと狙いをつける。
しかしそれらの武器を発射する前に、女性型の《機械》は一足跳びで大型四輪の前に躍り出た。ならばそれも好都合、そのまま轢こうと大型四輪は速度を増した――ものの。
女性型の《機械》が片腕を前に出したのみで、大型四輪はピクリと止まってしまう。その原因は機械に関して、門外漢なリスティでもすぐに分かった。
ただ単純に、馬力が大型四輪よりも女性型の《機械》の方が強いのだ。回る四輪や駆動音が大型四輪に何の異常もないどころか、限界を越えた力を発揮していることが分かるが、その力は女性型の《機械》の細腕一本に満たない。
「アンタも面倒なことしてくれるな……」
「イユっ!」
「マキナさん……っ……いったん引きます!」
「ダメっ! イユが、イユが死んじゃ……」
『マキナ、一度引いてください。恐らく相手はこの施設を破壊できない。リスティの空けた穴に入れば、そのまま別ルートから逃げられるでしょう』
「いやよ!」
『……あなたはのうのうと生きているのがお似合いですので』
イユからの通信を聞きながら、リスティは切り裂いた穴に無理やりマキナを詰め込んだ。それがイユの頼みであったから、歯噛みしながらもリスティもその後を追う。
そして背後から、とてつもない衝撃音を聞く。恐らくは……いや、確実に大型四輪が大破した音であろう。リスティはそれを見ないようにしながら、ぺたりと座り込んだマキナを研究所の奥に連れ込んだ。イユの最期の分析の通り、女性型の《機械》は防衛対象である研究所を破壊できないらしく、面倒そうな舌打ちとともに横道に回っていく。
研究所はもはや稼働しているような様子もなく、女性型の《機械》が何体も打ち捨てられていた。マキナよりも先にこの場所に帰ってきていた、マキナの姉妹とも呼ぶべき存在たちだろう。
そしてこのままここにいた場合の、マキナの未来でもある。恐らくはあの女性型の《機械》が、父親の言うとおりに確保したはいいものの、当の研究所が破壊されたためにろくな整備がされなかった末路。
「マキナさん」
「……無理よ。私、イユがいないと……なんにもできない」
「イユさんの仇を討つかどこかに逃げるか。すぐに決めてください」
「……だから、そういうところが! あなたの真っ直ぐなところが……妬ましいのに……」
「……マキナさん。立ってください。立って」
「いや……」
「……立って!」
リスティはこう見えても、仲間との別れは幾度となく経験してきた。仇を討つことも亡骸を故郷に持ち帰ることも出来ず、ただ帰還するしか出来ないことも珍しくない。そもそもこのマキナとの旅の始まりも、そういった悲劇であった。
ただ目の前でへたりこむマキナは、大切な相手を目の前で亡くすことが初めてなのだろう。ただ自分の無力さを嘆くのみで、座り込んで次の犠牲者になることしか出来ていない。
今のマキナは普段のあけすけなお姉さんではない。嫉妬という自らのほの暗い感情を自覚してしまった上に、イユという大切な相手を亡くし自己嫌悪に包まれてしまった、人形同然の存在だ。ゆっくり時間をかけて慰めてやればいいかもしれない。
しかしこの世界にそんな暇はない。リスティは嫌がるマキナの胸ぐらを掴んで無理やり立たせると、その瞳を覗きこむものの、すぐに視線を逸らされてしまう。
「わたしが妬ましい、ですか。では、わたしがマキナさんやイユさんに嫉妬してないとでも思ったんですか?」
「え? リスティが私たちに……嫉妬? なんで?」
「《機械》と戦う力がある。人を助ける力がある。マキナさんを助ける知恵がある。妬ましい思いでいっぱいに決まってます……あなた方には、わたしにない力があるんですから」
「で、でもそれは……」
「わかってます。マキナさんが別に欲しくて手にいれた力じゃない。だから、妬ましいんじゃないですか……嫉妬なんて別に珍しい気持ちじゃないんですよ」
「ほ、ほんと? リスティも嫉妬するの?」
「はい。だから、そんなに悩まないでください。人間は大抵、適当な折り合いをつけて生きてますから」
「……ありがと」
怯えた様子だったマキナだったものの、徐々にリスティの言っている意味が本当に理解できない、といったポカンとした表情へと変わっていく。最初に理解できた感情が嫉妬だった故に、許されない暗い感情を得てしまったと、マキナは暴走してしまったのだろう。
だがもちろん、嫉妬など珍しくもないことだ。そう証明するために、リスティもまた心の闇を晒す。
ずっとずっと、会っていた時からずっと。《機械》と戦える力を持つマキナに嫉妬していた。そしてそんなマキナの相棒を務めることが出来る、イユにも嫉妬していた。リスティが二人の力を持っていたならば、もっと多くの人間を救うことが出来るはずだと。
そして嫉妬の感情は自己嫌悪へと向かっていく。そのまま落ち込んでいけば生きる気力を失い、生きる気力を持っていないような人間が生きていける世界ではない。だから人間は、適当に嫉妬と折り合いをつけて生きるのだ。
それが伝わったのか、の胸ぐらから手を離すと、しっかりとマキナは自らの足で立ち始めた。しかし表情は晴れないままであり、リスティも少しばつが悪く頭を下げる。
「あの……すいません。偉そうなことを言ってしまって……」
「ううん、ありがと。おかげでスッキリした……だけどね、あいつを倒すのは難しいのは変わらないかな」
「何か理由でも?」
「うん。あの子は多分、私たちの中で一番の新型。多分、換装しなくても本来の私より強いくらい、単純に性能差が違う」
「それは……さっきのを見れば、なんとなく分かります」
「それに……イユが、その、いないから。私も換装出来ないし、サポートも受けられない」
「……本当にそうでしょうか?」
「え?」
「イユさんが無策で動いたとは思えません」
嫉妬という感情を爆発させたことに対しての自己嫌悪は、マキナの表面上は収まったようだが、状況は何も変わっていない。先程までの醜態に触れてほしくないかのように、マキナはすぐに状況を分析するも、リスティはどうしてもそうは思えなかった。
イユがマキナを助けるためとはいえ、考えなしに特攻するような相手だろうかと。むしろ、マキナを助けるための特攻だと思わせることが、狙いの一つなのではないだろうかと。
そんなリスティの言葉にマキナはしばし考えた後、小さく吹き出した。
「そうね。あのデリカシーなしAIが、私を守るために感動の特攻とかありえないわ」
「だからマキナさんは、イユさんのところに向かってあげてください」
「……リスティは?」
「わたしは少しでも、足止めしてみせますから」
「……分かった。すぐに戻るから!」
リスティにすら感動の特攻とかするような人物ではない、と思われていることがそんなに面白かったのか、マキナは人が変わったように笑いだす。もちろん先程までの弱った姿ではなく、こちらの方が普段のマキナではあるのだけれど。
そうしてひとしきり笑った後に。リスティとアイコンタクトを交わして、マキナは入ってきた穴に再び潜り込み、大破した大型四輪へと向かっていった。ただしイユが何を残しているか、敵がどこにいるか分からない以上、リスティはここで足止めの必要がある。
それから研究所の反対側の扉が開けられたのは、マキナがいなくなってしばらくした後だった。
「……アンタ、なんで逃げてないんだ? 頭おかしいんじゃないか?」
「あなたこそ、どうしてまだ命令に従うんですか? もうあなたの父親も、研究所もないじゃないですか」
「……アタシにはこれしかないんだよ。面倒だけど。言われたことだけをやってた方が、楽なんだ」
「わかってるはずです、そんなことに意味はないって」
「うるせぇな……意味があろうがなかろうが、これがアタシの存在意義なんだよ!」
研究所の反対側の扉から現れたのは、もちろん女性型の《機械》。イユの分析通り、その存在意義から瓦礫まみれの研究所を破壊することで道を作ることは出来ず、ずいぶんと遠回りをしてきたらしい。面倒そうに表情をゆがめる女性型の《機械》に、リスティは光刃を向けながら問いかける。
この破壊されつくした研究所で、今は亡き父の言うことを聞いて何の意味があるのかと。ただし返ってきた言葉は、先のマキナと同様に自分の存在意義であるとしか返ってこない。ただ、感情を得て戻ってきた同型機を、確保という意味で破壊してきたのならば、存在意義を超える感情をえた者たちを見てきたはずだ。
故に、自分のしていることに意味がないということは分かっているはずだ。だから態度や言葉に面倒だと表れる。ただしリスティの説得が届くことはなく、女性型の《機械》は戦闘態勢に入る。それと同時に、大破した大型四輪がある通路への壁が空けられる……それもリスティが空けたような小さい壁ではない。
まさに破壊という言葉が相応しい。強靭な装甲による力任せの一撃で、とにかく駆けつけたのだろう。金属製の身体が白煙の中からゆらりと現れた。
――機械の、巨人。
この話で十万字を突破しました。ありがとうございます。




