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その英雄、機械仕掛けにつき  作者: 24
第一部 憎むべき隣人たち
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報告書11 鋼鉄の視線

苦節10話八万字、ついにほのぼの回を書けました

「ただいま~」


「おかえりなさい。すいません、ついていけなくて」


「怪我人がなに言ってるの、無理しない無理しない」


「も、もちろんですよ! わたしだって、こんな傷で無理はしません!」


「イーユー?」


『確かに無理はしていませんね。無理をしようとしていただけです』


「んー?」


「はは……でも、本当にもう大丈夫なんですって! 完治しましたから!」


「ほんとにー? ちょっと見せて、ほら」


 移動グループ《シャングリ・ラ》の音楽がラジオから鳴り響く、停止した車内にて。以前はリスティには聞かせないようにしていたにもかかわらず、吹っ切れたのか音楽に聞き入っているような気がするイユ。それとは対称的に、リスティはウズウズと落ち着く様子がなかった。


 リスティの故郷たる《内地》はもう少しという距離にまで迫ってはいたが、この《圏外》と《内地》の境界線は《機械》の活動も活発な上に拠点もない。そんな危険地域を踏破するにあたって、先日に立ち寄った平和な町での怪我が癒えていないリスティでは、万が一があった時に耐えられない。


 そのためしばし、リスティの治療のために《機械》が活動する危険地域には立ち寄らず、拠点を探してその場所にたどり着いていた。リスティの故郷と見まがうかのような、巨大な壁によって区切られた建築物を。


 もちろん中に人がいるか《機械》がいるか、その建築物が生きているか死んでいるか、あるならば物資の回収も兼ねた探索に向かう必要があったため。近くに大型四輪を隠し、怪我したリスティを置いてマキナが探索に向かう、という当然の行動がとられた。


 リスティとしてはもう完治しているので、探索に参加したかったのだが、あいにくイユの見張りを突破することは敵わず。もちろん説得も失敗したまま、マキナが探索を終えて帰ってきてしまったようだ。


 そうした話の流れから、すごすごとリスティは服を脱いで、肩口の傷をマキナに見せつける。


「……嘘。ほんとに治ってる」


『本当に完治しているようです』


「疑ってたんですか!?」


「いやだって……ね? 普通はこんなに早く治らないわよ?」


「まあ、わたしは警備隊で鍛えてましたからね……普通とは少し違うのかもしれません」


『そういう問題ですか?』


「そんなことより、あの施設はどうでしたか?」


「ん、んー……施設自体は少し前に壊れちゃったみたいで、物資的な収穫は何もなしね。でも面白いものあったから、治ったならちょっと行かない?」


「面白いもの?」


「ええ、海があったの」


 もう包帯すら巻いていない肩口を見せつけ、珍しく二人を驚かせることが出来たと、リスティは何故か自慢気になって。しばし白い肌を晒し続けたものの、時間が経つにつれて恥ずかしさが勝り、そそくさと制服を羽織る。


 なんにせよ、治ったのがリスティの思い込みではない、ということが分かって何よりだ。まだマキナからは微妙に疑いの眼差しが向けられているが、そんなことより、と施設の内部のことを問いかける。


 施設に何もないことは、帰ってきたマキナが何も持っていないことから薄々と感じてはいたが、リスティは予想外のことを告げられる。マキナがニッコリと笑いながら言ってきた、海という言葉にリスティの頭に疑問符が浮かぶ。


「海というと……故郷で聞いたことがあります」


「あらそう? まあ、もちろん海もどきだけど――」


「錆のような赤褐色色で、水生機械が近くの人間を襲う、とても生きてはいけないという水場ですか……?」


「違う違う! いや間違ってなくもないけど……」


「そんな危険地帯に行って大丈夫だったんですか!?」


「んー、どこから説明しようかな。やっぱイユよろしく」


『リスティ。あの施設はダムと呼ばれる、旧文明の貯水地だったそうです。しかも最近まで稼働していたなら、保存状態も良好かと』


「そうそう、それそれ。リスティ、綺麗な水なんて初めて見るだろうからどうかなーって!」


「ええまあ……はい」


 リスティにとって海とは、警備隊のマニュアルに書いてあった通りの、汚染された危険地帯でしかない。ここ《圏外》ではもちろん、故郷でも水場はそうした扱いだった。むしろ水路から《機械》が侵入してくることを思えば、リスティにとってはさらにいい思い出はない。


 さらに言うなら飲み水とて、ふりしきる雨を溜めたものを熱した後に除菌粉末を混ぜてコーヒーという飲み物にすることで、ようやく飲めるものにしているのだ。リスティにとってあまり水というものにいい印象はなく、綺麗な水が見れる! というマキナの提案は、あまり嬉しいものではなかった。


 ただし自信満々に喜んでもらえるかと笑うマキナを見ると、断るというのも気が引けて。


「では……わたしもずっと座ってましたし、運動がてら行きましょうか」


「ぃやたっ! それじゃ出発~」


「あ、ちょっとマキナさんいきなり引っ張らないで……で、ではイユさん! 行ってきますので!」


『いってらっしゃいませ』


 怪我も治ったことだし、とリスティが申し出を了承した結果、マキナが満面の笑みでリスティの手を引っ張った。巨人に換装せずとも、マキナの馬力はリスティを軽く越えており、病み上がりには辛い勢いで車内から引っ張り出された。


 どことなく普段以上に投げやりなイユの言葉が遠くに聞こえた瞬間、車内から響き渡っていたラジオの音声が途切れた。どうやら今回の放送は、今しがた終わったようだった。


 施設の内部はリスティが言っていたように、つい最近まで稼働していたようだ。ただし物資や部品、生活雑貨……あまり言いたくはないが、人間の死体や《機械》の破片などもない。施設が稼働しなくなったのを察した人間たちが、物資をまとめて別の拠点へ移動したと言ったところだろうか。


 誰とも知らぬ者の無事を祈っていると、リスティの手を引っ張るマキナがとにかく前へ前へと進んでいく。心なしかその足取りは軽く、まるで散歩でもしているかのようだった。


 いつもニコニコと楽しそうに笑ってはいるものの、片時も気を抜いてはいないマキナにしては珍しいと、リスティは手を引っ張られながらも聞いてみた。


「マキナさん、今日はどうかしたんですか」


「どうかした……って何か変?」


「変、というわけではないですけど……普段より、気楽というか」


「気楽……気楽かぁ、そうかもね。ほら……そろそろリスティとはさ、その、お別れなわけじゃない?」


「あ……」


「だからたまにはさ、楽しんでほしいの!」


 階段を一足飛ばしで駆け上がるマキナの笑顔は普段通りではあったが、どこか寂しげでもあった。


 確かにリスティの怪我が治った以上、ここで足踏みしている理由はない。そして故郷はもう目と鼻の先であり、《機械》に気をつけながら進んでも、イユと大型四輪ならばすぐにでもたどり着ける距離だろう。


 そして《機械》の根絶を掲げるリスティの故郷に、マキナとイユの居場所はない。リスティはまったく意識していなかったが、マキナが言う通り……この旅はもう終わるのだ。そして恐らく、もう二度と出会うことはない。


 その事実が、今さらリスティに重くのしかかった。


「そう……そうですね。もう……」


「もしかして、今気づいた?」


「……恥ずかしながら……はい。で、ですが、本当に……マキナさんたちに助けてもらって、良かったと思ってます」


「私も。リスティに会えてよかったと思うよ……もちろん、イユもね。ほらなんかしゃべりなさい」


『………………』


「べ、別に大丈夫ですから! イユさんにも感謝してます!」


「そう? ならいいけど……それとさ。そんなに私たちを思ってくれるなら、私たちと来てもいいんだよ?」


 駆けていたマキナの足が止まり、連動してリスティも階段奥の扉の前で止まった。恐らくその扉の向こうが、マキナの言うところの海――イユの言うところの貯水地なのだろう。


 そんな扉を前にして、リスティはようやく事の次第を考えた。あの日、マキナに出会えていなかったのならば、恐らくリスティはよくて死体、悪くて操り人形だ。今、リスティがこうして生きていられるのは、マキナとイユのおかげに他ならない。


 それから連日連夜を共にするとともに、様々な場所を巡ってきた。大体は悲しい出来事に終わってしまったけれど、リスティにとってその旅は、掛け値なしに楽しいものだった。


 故郷たる《内地》以外のことをまるで知らなかったリスティに、この旅は様々なことを教えてくれた。それはリスティの考え方自体を変えるものばかりであり、マキナに出会っていない自分を想像できないほどに。


 そんなことをリスティが考えている間に、マキナはイユに答えを急かすように腕をぶんぶんと振った後、ゆっくりとリスティに向けてその手を差し出した。引っ張るのではなく、差し出されたその手の意味は、リスティにも痛いほど理解できた。


 一緒に行こう。旅路が始まった時には、ただの護衛でしかなかったリスティに、そう言ってくれたのだ。


 そしてリスティは、その手を――取らなかった。


「ありがとうございます、マキナさん。でもわたしは、故郷の家族を守ります」


「……うん。それでこそリスティだ! 手をとられたらどうしよう、って思ってたよー」


「……どうしてたんですか?」


「そりゃ家族はどうするの! って説教だよ説教。ほら、そんなことより、この扉抜けたらすぐ海だから」


「海……って、イユさんが言うには、水が貯まってるだけなんですよね?」


「あんなデリカシー機能なしAIの言うこと聞かないの! 開けた開けた!」


「あ、わたしが開けるんですね。では……」


 そうして扉を開けた先にリスティを待っていたのは、確かにイユが言っていたようにただの水の溜まり場だった。ただしリスティの想像をはるかに越えており、そこには透明な水という信じられないものが、飲みきれないほどに溜められていたのだ。


 しかもどういった仕組みによるものか、風もなく天井はドームで遮られているにもかかわらず、水は波打っている。恐る恐る近づいて触ってみれば、なんと冷たいままなのだ。初めて見るものに目を輝かせるリスティを、マキナは後ろでにこやかに見守っていた。


「マキナさん! マキナさん! 水が冷たいですよ!」


「うん、水だからねー」


「しかも透明で……そこまで見えます!」


「うんうん、水だからねー」


「これだけの量があれば水不足なんていくらでも解決するのに……マキナさん、腐らずに持っていく手段とか知りませんか?」


「無理かなー」


「ですよね……その、マキナさん……もしかしてこの水、水のまま飲めるんでしょうか……?」


「その腕輪、ちょっと水に浸してくれる? うん、大丈夫大丈夫……イーユー?」


『不純物は規定値。リスティなら大丈夫では?』


「ドームがあるから雨も入らなかったのかしら……あ、だそうよ?」


「で、では……」


 マキナが形容しがたい視線をリスティに向けていたが、当のリスティは水に感動しきりで気づいていない。まるで初めて買ってもらったオモチャを前にした子供のように、リスティは貯水地を跳ね回る。


 さらにずっと気になっていたこと、この水というのは飲めるものなのかと。腕輪ごしにイユに調べてもらえば、本日最大の投げやりさで返答される。とはいえ、イユはどんな態度だろうと嘘を言ったことはない。


 当然のようにイユを信じて、先程この貯水地に至る扉を開ける時のように、少しマキナに声をかける。しかしてその時とは天と地の差ほどの緊張の違いがあり、震える手でどうにか水をすくうと、ゆっくりと口に含んでいく。


「……美味しい」


「そう? よかった! それだけでも連れてきた甲斐があった!」


「あ、その……すいません。はしゃいじゃって」


「別に気にしないでって。それより知ってる? 昔は、こんな綺麗な水に飛び込んでたらしいよ?」


「な……そんな……」


「リスティ?」


「そんな……もったいない!」


「……やっぱりそうなっちゃう?」


 その美味しさに目を見開き、すぐに二口三口と水をおかわりしていく。美味しいと言っても味があるわけではないが、なんの抵抗もなくするりと喉を通っていく感覚は、リスティが初めて味わう感覚で。それを表す言葉を美味しいとしか知らなかったからだ。


 そこに後ろから見ていたマキナが近づいてきて、リスティはようやく今までの自分の恥体に気づき頬を赤く染める。しかも味覚のないマキナの前で、美味しい美味しいなどと言ってしまって。


 幸いなことにマキナはあまり気にしていない様子で、手をぷらぷらと振りながら、貯水地を眼下にリスティへそう問いかける。ただマキナの言葉をしばし信じることが出来ず、どうにかして言葉を絞り出すことに成功した。


「だってそうじゃないですか! 流石に人間が入ったら飲めなくなりますよ、装備だって濡れちゃいますし……」


「あ、それは大丈夫。水着っていう耐水装備があったそうよ」


「水の中でも活動できる装備、ですか?」


「ええ、まあ稼働性を重視したのか、ほとんど下着みたいなものだったけど。だから……ね?」


「わたしの下着は耐水装備じゃありませんから!」


「でも気持ちよさそうじゃない? こんな綺麗な水の中……」


「う……い、いえ、そんなもったいないことできません! ……わたし、泳げませんし……」


 少し考えてみたところで、やはりマキナの言っていることは理解できなかった。せっかく飲めるほど清浄な水に、自分という不純物を入れてしまうなど。身を清めるなら普段通りに保存した消毒液で充分だと。


 とはいえ確かに、飲み込まれそうなほど透明な水を見ていると、飛び込みたくなる衝動にかられはする。ただリスティには、どうしても出来ない理由がある――ことを、ついつい口に出してしまい、マキナはにんまりと表情を変えた。


「なるほどね? 泳げないのね?」


「し……仕方ないじゃないですか、そんな経験ないんですから……そういうマキナさんはどうなんですか?」


「わ、私? 私は……保管してる水泳技術をダウンロードすれば……」


「ではどちらも泳げないということで、戻りましょうか」


「……ちょーっとナマイキになったんじゃないリスティ? じゃあ見てなさい!」


「はあ……マキナさん?」


 何やらムキになったマキナはしばしの後――ダウンロードとやらに時間がかかったのだろうか、普段通りの格好で水の中に飛び込んでいった。水がもったいない、と止める間もなく、肝心のマキナの姿は飛び込んだ際に生じた泡で見えない。


 そうして増殖する泡が止んだ頃、マキナの姿はどこにも見えなかった。底まで見通せるかのように錯覚するこの貯水地で、動いているものを見逃すというのはあまり考えられず。


 まさか溺れてしまったのでは――そう思考した瞬間、リスティは貯水地の中に飛び込んでいた。直後に自分が泳げないことを思い出し、制服がずっしりと水を吸い込んで重くなっていく。


 沈む前にどうにか貯水地の外壁を掴み、すぐ水面に顔を出す。まずマキナの居場所を見つけなくては、と水面から注意深く観察すると、足を何者かに掴まれた。


「ひゃっ! はなっ……離して!」


「あ……はあ。ごめんごめんリスティ、驚かせちゃって……でも助かったわ」


「……マキナさん? 水中で、何かあったんですか?」


「んー……勝手に浮くって聞いてたのに全然で……水底を蹴って脱出しようと思ったら、掴まったのがリスティの足だったのよ」


「な……なるほど。マキナさんにも出来ないことって、あるんですね」


「そりゃ……あるわよ、もう!」


「あはは……じゃあ早く帰りましょう。濡れたままじゃ風邪で死んでしまいます」


 そうして二人で力を合わせ、泳げないなりにどうにか貯水地を脱出すると、急いで大型四輪へと戻って。濡れてしまった服を絞ってから適当なところに引っかけ、リスティは防寒マントを羽織って身体を丸め込む。イユが先んじて車内を温めてくれていたらしく、特に寒さを感じることはなかった。


「ありがとうございます、イユさん」


『いえ、こちらこそ。久々に稼働する機会を得たので、空調が作動して助かりました』


「ごめんねリスティ、もう少しで故郷なのに、足止めさせちゃって……」


「いえいえ! 弟妹たちにいいお土産話が出来ました!」


「そう……」


 最終的には濡れ鼠だったものの、《機械》のことも気にせず遊んだのは久しぶり――いや、リスティにとって初めての出来事だったかもしれない。それにリスティだけ濡れたのではなく、お互いに濡れたのだからいい思い出だと。


 そう、考えていたから。マキナが信じられないほど冷たい表情で、リスティのことを見つめていたことに、まったく気づくことはなかった。


ほのぼの水着回では不穏な空気を漂わせるのが人間のルールではないのか

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