報告書10 平和の残骸
後半です
つい先刻まで町民の笑い声が絶えなかった町は、今や悲鳴が木霊する町と化していた。ただしその悲鳴をあげているのは、そこにいた町民を狩りで弄んでいた武装集団たちだったが。
皮肉にも武装集団が救った家族たちが、町民を町民として留めていた縁であり、それがなくなった今や町民たちは冷徹な殺戮機械でしかない。今まで狩られていた側が入れ替わり、人間の悲鳴が止むことはなかった。
そしてそれは、ここの町民を助けに来たはずのリスティも同様だった。リスティの肩部に痛烈な痛みが走り、背後へ立っていたバララを反射的に突き飛ばすと。肩の肉が食い千切られていくものの、あのままではそのまま食い殺されていたと、リスティは肩を抑えながらバララの方に振り向いた。
振り向いた先にいた彼女は、もう内気で心優しいバララではない。人間の血肉を無表情に噛みしめるその姿に、もはや人間らしさなど一切感じることがなく。もはやただの《機械》になってしまったその姿に、リスティは機械柄をポケットから取り出す。
負傷した肩を抑えている手では持てない。肩が負傷して上がらない手で無理やり機械柄を握り締め、スイッチを押して光刃を展開するものの、戦うどころかとても振れる状態ですらない。
それでも、と対峙するリスティに対し、《機械》に戻ってしまった筈のバララが、無表情のまま首を傾けた。
「まだ死なないなんて、リスティさん、丈夫なんですね」
「……バララさん! なんとか、ならないんですか?」
「では、その人間どもに家族を諦めるように言っては?」
「ふざけんじゃねぇ!」
まだバララと会話できることにホッとしつつも、リスティの説得は意味をなさない。バララたちが人間性を得た生活をするためには、この町に攻めこんできた武装集団の家族たちが必要なのだから。
武装集団の人間たちとバララを初めとした町の《機械》たち。そのどちらもを納得させるような、都合のいい言葉などこの世には存在しない。
そうしてリスティの背後にいる武装集団の指揮官たち。その内の一人がバララの言葉に激昂し、その手に持っていた鉄槌を振りかぶり接近する。ただしバララに怯える様子どころか、ただの感情すらも感じられず。男を一瞥したのみで、何のアクションもすることはなかった。
「危ない!」
「う……わ、悪い、助かった……」
「機械の獣!? あんなもんどっから出てきた!」
「……リスティさん? どうしてその男を助けたんですか? 我々を助けてくれるのでは?」
「……わたしが助けるのは人間でも《機械》でもなく、襲われている方です」
「意味がわかりませんね。自分勝手。自己中心的な。そもそも攻めてきたのは、その人間たちではありませんか」
「お前らが……お前らがオレたちの家族を奪ったからだろうが!」
「あなた方の家族は、この世界で最も安全な場所に匿われているのですよ? 感謝されるこそあれ……リスティ。機械を連れたあなたならば、どちらが正しいか分かるでしょう?」
しかし男の鉄槌がバララに届く前に、側面から男を機械仕掛けの獣が襲った。かつてこの大地を疾走していた四足歩行の肉食獣、その姿形を模した《機械》が突如として現れ、次の瞬間には男の喉笛を食い千切っているはずだった。
はずだった、というのは。一瞬、一瞬だけ早く《肉食獣型》の接近に気づいたリスティの警告に、男がバララへの攻撃を止めたからだ。目の前を《肉食獣型》が横切り、男は後退して武装集団へと後退する。
出現した機械仕掛けの獣に光刃を向けるリスティに、バララが理解できないというように首を傾げる。その声色と表情は変わらず無感情だったが、抑揚もなく早口で、不思議とリスティを責めているように感じられる。
人間たちが襲ってこなければ安全に生活が出来た、と嘆くバララ。そもそもお前たちが家族を奪わなければ、と糾弾する人間たち。どちらが正しいのかなどと問いかけてくるが、リスティには――関係のないことだ。
「どっちが正しいかなんて関係ありません! わたしは……守りたい人を守るだけです……!」
「そうですか。理解できませんね。では、この町の平和を壊した人間たち同様、死んでもらうだけです」
「オレが抑える……逃げろ! あんたもだ!」
「……ありがとうございます。でも、もう大丈夫です」
「はぁ?」
『リスティ、少し右にお願いします』
「……はい、後はお願いします」
守りたいものを守るだけだというリスティの言葉を、バララはどうでもよさそうに、死んでもらうだけだと告げて。ただしその言葉に反して、バララはその場を動こうとはせず、代わりにもう一人の町民がゆっくりと歩いてきた。
そしてバララが何か呟くとともに、町民は比喩表現なしにその姿を変形させていく。人間の皮を破り間接をあり得ない方向に曲げ機械部品を露出させ、人間のふりを止めて《肉食獣型》へとその姿を変える。
そうしてリスティは悟る。この町にいた人間のふりをした《機械》たちと、先ほど突如として現れた《肉食獣型》のことを。バララを主人とした獣たち、それが町民の正体だったのだと。
そうしてリスティの目の前には、二対の《肉食獣型》――いや、町民たちは全て人間の姿を捨てており、町中に機械の獣がはびこっていた。それらを前にして、武装集団のリーダーは自らは前に出ながら、メンバーだけでなくリスティにも逃走を指示する。
ただしリスティに逃げる意思はない。今にも機械仕掛けの獣に襲われるというところで、大丈夫だと微笑みかけるリスティは、リーダーからすれば気が狂ったように見えただろう。それでもリスティは機械柄をしまいつつ、リーダーの手を掴むと、イユの指示通りにその場を離れると。
次の瞬間、その場には機械の巨人が着地していた。それとともに、一体の《肉食獣型》は大型槍に串刺しとなって。
「な……!」
「大丈夫、味方です! 《機械》は任せて、わたしたちは怪我した人の救助を!」
「あ、ああ……おい! 怪我した奴をそこの車のところに運べ!」
「マキナさん……お願いします……!」
「怪我人ってあんたが一番だろ! こっちこい!」
バララとの会話を出来るだけ引き伸ばして、リスティが得た僅かばかりの時間。その時間を使った機械巨人の換装は成功したようで、リスティは少しだけ胸を撫で下ろした。
そんなリスティとは対照的に、新手にやってきた機械巨人を敵の新手かそうでないか、それすら考えられないほどリーダーはパニックになっていて。リスティが無理やり現実に引き戻すと、しっかりとメンバーに指示を出しつつ、リスティに肩を貸して合流に向かう。
リーダーに背負われて集合場所に向かいながらも、リスティは結局今回もマキナに頼りきりになるのかと歯噛みして。それでもその戦いを見届けようと、《肉食獣型》の残る一体を踏み潰した機械巨人の方を見る。
「《機械》のあなたが、どうして私たちと戦うのですか?」
『…………』
「答えないのですか? ……それとも、答えられないのですか?」
「うわああああっ!」
「なんにせよ、私たちには、あなたと戦う理由はありません。その装甲には牙も通らないでしょうから、勝ち目がないと言った方が正しいでしょうか」
「た……助けてくれ!」
「ですがこの平和を壊した人間たちだけは殺しましょう」
バララの問いかけに対し、機械巨人は何も答えない。ただバララを破壊すればこちらの勝ちだと言わんばかりに、足部のローラーを駆動させ槍を構え、必殺の距離へと素早く詰める。
近くにいた《肉食獣型》も潰されており、それらを指揮するバララに戦闘力はあまりないように思える。近くに寄れば機械巨人への対抗策はないと、リスティはその勝利を確信する。
しかし《肉食獣型》は自らの指揮官を守ることはなく、バララがいる方向とは別の場所で人間たちを襲い始めた。バララが語っていた「あなたと戦う理由はありません」という言葉は、機械巨人に構わず人間を襲うという意味で、確かに真実だったのだろう。
人間を守るか、指揮官を殺すか。その二択に立たされた機械巨人は――人間たちを見ることなく、バララに向かった。
「こちらに来ますか、ありがとうございます。これで人間を殺せます」
「皆さん! 動かないでください!」
そんな機械巨人の選択に、バララは人間性を失ってから初めての笑顔を見せた。平和な町を壊した人間たちを殺せる、その喜びに人間性が芽生えたのだろうか。
ただしリスティにそんなことは関係ない。リーダーに肩を貸してもらいながら、ただ「動くな」と叫んだ。リーダーがいる方向だからか条件反射か、機械仕掛けの獣に襲われているにもかかわらず、メンバーの動きが防戦に専念しつつ止まる。
そして機械仕掛けの獣に襲われるメンバーの動きが止まった瞬間、その場に大型四輪から武器が射出される。また、大型四輪そのものも動きだし、人間たちを守るように機械仕掛けの獣へ立ちはだかる。
射出された武器を避け、大型四輪の外壁を鉄の爪に削り、機械仕掛けの獣はそれぞれ人間たちを一瞬ではあるが見失う。その一瞬があれば、機械巨人の速度ならばバララの元にたどり着くことは容易かった。
「あ――」
「バララさん……」
「――私はただ、平和に――暮らし」
ローラー走行により接近した機械巨人の一突きは、的確にバララの胸部に設えられていた核を胴ごと貫いた。そのまま別たれた上半身と下半身をそれぞれ踏み潰し、バララという《機械》はこの世界から消え去った。
それと同時に町中にいた《肉食獣型》の《機械》たちは行動を停止させ、少し遅れてから武装集団の男たちの歓声が響き渡る。機械仕掛けの獣たちは、ただバララに操られていただけの端末だったらしく、自己で行動することは出来ないらしい。抵抗することもなく、武装集団のメンバーによって破壊されていく。
……なら結局は、この平和な町にはバララ一人しかいなかったのだろうか、とリスティはふと考える。平和に暮らしたかっただけだと、口を開く度に語っていたにもかかわらず、その平和はバララ一人だけしか享受できないもので。
一人ぼっちの、平和な町。それはどこか、リスティにとっては非常に寂しいものだった。
それからリスティは武装集団のメンバーに連れられて、町の地下にある生きた工場へと向かっていた。バララに噛み千切られた肩口はリスティが思った以上に重傷で、今までは戦闘中というのも相まって気にしていなかったが、大型四輪に積んだ治療薬ではとても足りないらしく。
バララが語っていた通り、人間たちを匿う安全な場所だというのならば、治療薬くらいはあるだろうとの狙いからだ。そうしてリスティは、負傷した武装集団のメンバーやリーダー、機械巨人から換装したマキナとともに、機械部品だらけの工場にいた。
マキナの素性に関しては、《機械》などと言うとややこしくなるだろうと、機械部品を取り入れた人間であると説明した。納得してくれてはいないだろうが、戦乙女のことを知っているメンバーと、何より助けた恩とそんな事態ではないことから、触れないではくれるようだ。
「まったく、もう。リスティ、普通なら死んでるわよ?」
「……すいません」
「私と違って予備がある訳じゃないんだから、気をつけなさいね。わかった?」
「はい……」
「分かればよろしい。はい、チクってするわよー」
「うう……」
「これでよし。すぐ眠くなってくるだろうから、じっとしてなさい」
「あー……その、少しいいか?」
「あ、はい! もういいですよ!」
そうして目論み通り、町の地下にある工場には治療施設が用意されていた。工場内部は人間が入れられていたらしい、透明なカプセルが所狭しと置かれており、その一角にカーテンを敷いてリスティとマキナは借りていた。
マキナの説教に返す言葉もなく。肩口にとにかく包帯を巻いて止血し、あまり得意ではない注射を我慢して受け入れて。麻酔も含まれているとのことで、肩から腕にかけての感覚が鈍くなっていく。そのまま眠くなってくるそうだが、カーテンの向こう側から控えめな声がかけられた。
声からすると武装集団のリーダーの声だ。急いでマントを羽織って身体をすっぽり隠すと、マキナに頼んでカーテンを引いてもらう。
「女の子が手当てしてるところに訪ねてくるなんて、ちょーっとデリカシーないんじゃない?」
「あ、その、いや、悪い……すまない」
「だ、大丈夫ですよ! ほら、手当ても終わってますから……何か?」
「あ、ああ……その、お礼をと思って。犠牲も多かったが、おかげでみんな家族を取り戻せた」
「ご家族は……」
「……メンバーの機械に強い奴いわく、そろそろ目覚めるらしいんだが……」
「リーダー!」
「なんだ!?」
「お姉さんが……起きたぞ!」
カーテンを引くや否や、マキナがジト目でリーダーに皮肉をぶつける。まさかそんなことを言われるとは思っていなかったのか、目に見えて慌てだすリーダーのフォローに回ると、マキナは面白くなさそうに鼻を鳴らして他のメンバーへ包帯を持っていった。
……リスティが初めて見るマキナの反応だった。ヘソを曲げている、というか。ちょっと子供みたいでかわいいな、などとマキナの後ろ姿を見て思ってしまうが、そんなことよりとリーダーに目的を聞けば。
工場のカプセルに入っていた武装集団の家族たちは、カプセルから助けだしてもまだ目覚めていないらしく、カプセル近くに寝かされていた。しかし噂をすればというやつか、リーダーの姉が起きたと武装集団のメンバーがカーテン内に飛び込んでくる。
それを聞いたリーダーは一も二もなく飛び出していき、すぐさまお姉さんの元にたどり着く。リスティも少し気になってカーテンを捲ってその様子を見ていると、文字通りに感動の再会なのだろう、リーダーは人目をはばからず涙を流していた。また他のメンバーの家族たちも同じく起き上がったらしく、生き残ったメンバーたちはそれぞれ家族と対面していた。
――ただそれは、リスティの想像している再会とは大きく異なることとなった。
「姉さん、なあオレ――」
「……母さんは?」
「……え?」
「父さんもいないし……あんたも大きくなって。ここは、どこ?」
「何を……言ってるんだよ。母さんも、父さんも……《機械》に殺されたじゃないか……」
「ウソつかないで! 家族みんなで《機械》のないところで暮らしてたじゃない! 帰してよ! こんなとこじゃなくて、家に帰して!」
「姉さん……」
「帰して! 帰してぇぇぇぇぇ!」
リーダーと姉さんの会話はまるで噛み合っていなかった。しばらくぶりの再会であるにもかかわらず、まるでずっと一緒にいたかのような。さらに死んだ両親や《機械》がいないところなど、明らかに異常なことを言っているのは姉の方であり、本人も自覚しているのか語気が強くなっていく。
まるで現実を認めたくないように。夢物語にずっと浸っていたいと叫んでいる姿を見て、リスティはバララの言葉を思い出していた。
人間たちは自分の意思で協力してくれている――恐らく、人間たちが入れられていたあのカプセルは、その人物の理想を見せる機能があるのだ。現実から夢に逃げた者たち、それがあの《家族たち》なのだろう。
メンバーの家族たちは夢から起こされたことを自覚しては、それを認められないと発狂してカプセルの中に戻っていく。武装集団のメンバーたちはそれを必死で止めようとするものの、まったく抑えることは出来ずに、家族たちは全員カプセルに入ってしまう。
まだカプセルの機能は生きているらしく、すぐに中に入った家族たちは安らかな顔で眠りにつく――きっと、いい夢を見ているのだろう。
「……リスティ。もう行こう」
「で、ですが……」
「私たちに出来ることはもうないよ」
そうしてしばし離れていたマキナが、信じられないほど冷たい表情で帰ってきた。リスティの言葉も聞くことなく、軽々とリスティをおぶって地下の工場を出ていって。
平和に暮らしていた町を壊した代償は、あまりにも徒労だった。バララが人間を利用して、一人ぼっちの平和を求めたのが悪かったのか? 家族が奪われたと、盛り上がっていただけの武装集団が悪かったのか? 現実を捨てて夢に逃げた家族たちが悪かったのか?
……リスティには何も分からなかった。
「ふざけるな……ふざけるなぁぁ!」
その場を後にするリスティたちの背中に、リーダーの慟哭が届いた。
今回の話はオチが書きたくて書きました




