恋する歯ブラシとミントの約束
夜。
夏美は、洗面所の蛍光灯の下で、小さくあくびをした。
「ふあぁ〜、眠いなぁ。よし、歯を磨いたら寝よう」
いつものように、コップの横に立てかけられている歯ブラシを手に取る。
そして、棚からミントの歯磨き粉を取り出し、ゆっくりとキャップを外した。
その瞬間、小さな世界で、そっと物語がはじまる。
「今夜も、僕の先に来てくれるかな…」
歯ブラシくんは、ほんのり期待と照れをまぜたような声でつぶやく。
「当たり前でしょ。私は、あなたとじゃなきゃダメなの」
歯磨き粉ちゃんが、ほほえみながら静かに言った。
ぷにゅっ、とチューブを押されて、歯ブラシくんの上に優しく乗る。
「うん…やっぱり、君が来てくれると、しっくりくる」
「ふふ、甘いこと言って。ミント味なのにね」
夏美の手が動きはじめ、ふたりは口の中の世界へと旅立つ。
シャカシャカ、しゅわしゅわ。
歯ブラシくんが繊細に動き、歯磨き粉ちゃんが泡となって広がる。
「今日の夜ごはん…カレイの煮付けに、ひじき。それから…唐揚げだ」
「ほんと、唐揚げ好きよね、夏美ちゃん。可愛い」
泡が舌の上にふわりと触れるたび、ふたりの心が寄り添っていく。
「ねえ、覚えてる?最初に一緒に使ってもらった夜のこと」
「うん…あのとき、夏美ちゃんがちょっと失恋して、泣いた後だった」
「あなたが優しく磨いてくれて、私、すっごく安心したの。
ああ、この人となら、毎晩がんばれるって思ったの」
「僕もあの日、決めたんだ。君の泡が、僕の毛先にふれるたびに、一緒にいたいって、強く思ったんだよ」
ふたりの声は、誰にも届かないけれど、確かに重なっていた。
夏美が口をすすぎ、タオルで口元を拭う。
「ふぅ〜、すっきり。お疲れ様、私
歯ブラシくん、歯磨き粉ちゃん、今日もありがとう」
その声に、ふたりは顔を見合わせて、そっと微笑む。
「夏美ちゃん、今日もきれいな歯になったね」
「うん。あの子の笑顔を見るたび、幸せな気持ちになるね」
歯ブラシくんは定位置のスタンドに戻り、
歯磨き粉ちゃんはキャップを閉じられ、ふたたび静かに横たわる。
「おやすみ、歯ブラシくん」
「おやすみ、歯磨き粉ちゃん。明日も、また一緒に」
洗面所の明かりが消えたあとも、
ふたりの間には、ほのかにミントの香りが残っていた。
それは、恋の香り。
そして、毎晩続いていく小さな幸せの物語だった。
夜の静けさの中、何気ない日課の中にも、小さな愛の物語が息づいているかもしれません。
毎晩並んで過ごすふたりが、今日も夏美の笑顔を守るために力を合わせる姿。
誰にも気づかれないけれど、そこには確かな絆が…
あなたの洗面所にも、そんな小さな恋がひっそりと続いているのかも…




