ツツジは見ている
夕暮れの帰り道。コンビニのバイトを終えた夏美は、制服から私服に着替えて、自転車を押しながら歩いていた。日が傾きはじめ、風がほんのり涼しい。
「今日も疲れたな〜。でも、からあげクンの新作、美味しかったなあ」
そんなことを考えながらスマホを取り出すと、友達からLINEが届いていた。
「おっ、新しいスタンプ使ってきたな〜。負けじと、こっちは猫のやつで…と」
夢中になって返信を打っているときだった。
「うわっ、いたっ!」
足元がもつれ、前につんのめった拍子に、ふわっとしたものに突っ込んでしまった。
「い、いった〜……な、なににぶつかったの?」
目の前には、鮮やかなピンク色のツツジの植え込み。もこもこと花を咲かせている。
「も〜う、痛いのはこっちよ、夏美ちゃん」
「えっ……だ、誰……?」
あたりを見回しても誰もいない。けれど、確かに聞こえたその声は、目の前のツツジからだった。
「……しゃべった? ツツジさん?」
「そうよ。ちょっと、びっくりさせちゃったかしら?」
ツツジの花びらがさらりと揺れる。その様子はまるで、白くて清楚なドレスをまとった女性が、そっと微笑んでいるようだった。
「ご、ごめんなさい……スマホ見ながら歩いちゃって」
「うふふ、いいのよ。でもね、歩きながらスマホをいじるのは本当に危ないの。こうやって私たちにぶつかるくらいで済んだなら、むしろよかったわ」
「そうだよね……痛い思いして、反省……」
「私たちはね、ただ咲いてるだけじゃないのよ。町の景観を彩るのもお仕事だけど、それだけじゃなくて、ちゃんと“役目”があるの」
「役目?」
「そう。車道と歩道をやさしく区切って、歩く人と車の距離を保ってるの。無理やり柵を立てるよりも、自然に、気づかせるようにね。そうすることで、歩く人の安全を守ってるのよ」
「知らなかった……てっきり、きれいに見せるためだけかと……」
「ふふ、よく言われるの。でもね、それだけじゃないの。私たち、空気中の排気ガスもちょっぴり吸って、空気をキレイにしてるの。ほんの少しだけれど、そういう小さな積み重ねが、町を守ることにつながるのよ」
夏美はツツジをじっと見つめた。よく通る道なのに、こんなにじっくり見たのは初めてかもしれない。
「……ありがとう、ツツジさん。私、今日、ちょっと救われたかも」
「うれしいわ。私たちはね、時々、こうして誰かの役に立てたって感じられる瞬間が一番うれしいの。だから、今日は私もうれしい」
「うん……もう、スマホは歩きながら見ない。ちゃんと、立ち止まって見ることにする」
「それがいいわ。あなたが安全でいることが、町のどのツツジにとっても一番の願いなのよ」
夏美はスマホをそっとカバンにしまい、軽く頭を下げた。
「ありがとう、そしてごめんね」
ツツジは風に揺れながら、静かにこう言った。
「また通ってね。今度は、ちゃんと私たちを見てくれるとうれしいな」
その声は、風と花の香りに乗って、夏美の心にやさしくしみこんでいった。
そして、彼女はその日から、歩くときにスマホを見ないようになった。ツツジのやさしい声を、胸のどこかで思い出しながら。
町のあちこちで見かけるツツジの植え込み。何気なく通り過ぎてしまうけれど、実はその場所にはちゃんと意味があって、誰かを守っているのかもしれません。
ほんの少し足を止めて、花たちの目線に立ってみると、日常がちょっとだけ優しく見える気がします。




