木の枝くん、太陽に手を伸ばす
颯爽と自転車をこぐ夏美。
風が髪をなでていく。
「今日はバイトもちょっと楽しみかも〜」
いい天気。気持ちいい風。昨日洗ったお気に入りのシャツも、ふわっと風を含んで揺れている。
そんなとき――
「いたっ!」
バサッと、何かが頭をかすめた。
「えっ…木の枝?」
少し先まで伸びた街路樹の枝が、まるで手を伸ばしてくるみたいに触れてきた。
その瞬間、夏美の脳内で物語が始まる。
―――
「わっ、ごめんよ〜!!」
びっくりしたように枝が叫んだ。葉っぱがあわてて震えてる。
「えっ、今しゃべった?」
夏美は自転車を止めて、枝を見上げる。
「太陽があんまり気持ちよくて…思わず手をいっぱい広げちゃったんだよ」
「そしたら、夏美ちゃんに当たっちゃった。ごめんね…!」
その枝はちょっと若くて、やんちゃそうで、でも真っ直ぐだった。
下の方のベテラン枝たちは、ちょっと呆れ顔で言う。
「だから言ったじゃない、伸びすぎだって」
「うるさいな〜!今日は特別なんだよ。光、すごくあったかいんだもん」
夏美はにこっと笑って、頭をトントン。
「平気だよ。痛くなかったし、元気もらった感じ」
「枝くんも、ちゃんと頑張ってるんだね」
枝はぽかんとして、すぐにふるふるっと照れたように葉を揺らした。
「…うん。僕、もっともっと伸びて、空に近づきたいんだ」
「そっか。でも、たまには下も見てね。私みたいなのも通るから」
「うん、気をつける!」
太陽の光が、枝を透かして降りてくる。
まるでその会話を、祝福しているみたいに。
―――
「ふふっ」
またペダルをこぎながら、夏美は笑う。
現実には、もちろん枝はしゃべらない。
でも、そんなふうに思えるくらい、今日の朝は優しかった。
「よーし、バイト頑張ろうっと」
背中のリュックが軽く揺れた。
木の枝は、もう何も言わなかったけれど…
葉っぱが風にちょん、と揺れた気がした。
まるで、「またね」って言ってるように。
優しくかすめた木の枝に、ちょっとした命を感じた朝。
そんな風に世界を見られる夏美の妄想は、今日も心にそっとやさしい風を吹かせてくれました。




