きゅうりと、おじいさんと、朝の魔法
「お母さん、このきゅうりのサラダ、美味しいね」
「でしょ〜。今朝、切ってすぐ出したのよ」
シャキシャキッ。きゅうりが元気に歌う。
夏美の頭の中で、きゅうりの妄想がむくむくと広がっていく——
***
「僕は、きゅうり。田舎の山奥で生まれました」
早朝、まだ太陽が顔を出す前から、おじいさんは畑に出る。
帽子を深くかぶって、黙々と手入れをしてくれる。
「誰かの元気な朝のために」
「ひとくち食べたら、しゃっきり目が覚めるように」
おじいさんの手はごつごつしていて、土の匂いがするけれど、
その手に触れられると、なんだかホッとするんだ。
隣にはトマトの姉さんや、ナスの兄ちゃんたちもいたけれど、
「おまえはええ形になったなあ。そろそろ出荷できるかのう」
って言われたときは、少しだけ誇らしかった。
トラックの荷台に揺られて、町へ町へ。
どこに行くのかな〜って思っていたら、
スーパーの野菜コーナーに並んで、
そのあと、可愛い女の子が手に取ってくれた。
「このきゅうり、ピカピカしてる!」って。
それが、夏美だったんだよ。
***
「このきゅうり、ピカピカしてる〜って私、言ったっけ?」
思わず口に出して笑ってしまった夏美。
「え? なんか言った?」とお母さん。
「ううん、なんでもないよ」
(でも、きゅうりさん、ありがとう)
今日の朝が、ちょっとだけ特別になった気がした。
そしてそのころ——
田舎の山奥では、おじいさんが一人、畑の前で湯呑みを片手に空を見上げていた。
「誰かの元気な朝になっとったらええなあ…」
***
シャキッ、シャキッ。
きゅうりは今日も、誰かの朝を照らしてる。
静かに、でも確かに——。
誰かの手で大切に育てられたものが、誰かの朝をちょっとだけ幸せにしている。
何気ない朝ごはんの中にも、そんな小さな魔法があるのかもしれませんね。
シャキッと響く音に、今日もありがとうを。