照明くん、最後のひと輝き
お客さんの波が落ち着いた昼過ぎ。
「ふぅ〜、やっと一息…」
夏美は空いたドリンク棚を見て、補充を始めた。
「今日、飲み物めっちゃ売れたな〜。暑くなってきたし、アイスコーヒーばっかり…」
しゃがんでラベルをそろえていると、視界の上のほうで何かが――
チカッ、チカッ。
「あれっ?」
見上げると、棚の上の照明が明らかにチカチカしていた。
(……苦しいよ〜〜)
「えっ」
誰かの…声?まさか…まさか…
(おいっ、おいっ!こっち!上だよ上!お前がいまチラ見したコレだよ!)
「えっ…しゃ、喋ってるの…?」
夏美は冷や汗をかきながら照明を見つめた。けど、周囲には誰もいない。
(やっと気づいたか!俺だよ、俺!この飲み物棚の一番右の照明!)
(もう限界なんだよぉ〜〜〜〜〜〜!!)
「えっ、でもまだ光ってるよ?」
(それな!それが問題!光ってるからって元気だと思うなよ!)
(俺だってなぁ、最初はピッカピカだったんだ。眩しすぎるって言われるくらいさ!)
(でも最近はもう、ピカどころか…パカ…パカ…だよ…)
「たしかに、ちょっと目に優しい明るさにはなってるかも…」
(優しさじゃねぇ!!寿命だよ!!)
照明くんはヒステリックだった。でも、どこか切実で必死で…
(お前さ、ちょっと前にも“あれっ”って思ってたよな?棚整理してたとき!)
「あ…気づいてたかも…」
(そうだよ!そのとき替えてくれてたら、もう少しラクに旅立てたのにぃ〜!)
「旅立つって…」
(電球にだって寿命があるんだよ。
俺が消えたとき、お前…泣かないでくれよな)
「ええっ!?もうやめて!なんか切なくなってきた〜〜!!」
妄想の中で、照明くんがうっすら光を失っていく。
“今までありがとう”の声とともに、棚のドリンクたちが拍手していた。
「ちょっと待って!そうなる前に、私が何とかする!」
夏美は勢いよく立ち上がり、バックヤードへ走り出す。
「あ、店長〜!あの照明、切れかかってるみたいです!」
「ああ、やっぱり?朝から気になってたんよな。交換しとくわ」
(朝から!?気づいてたんかいっ!)
夏美の中のツッコミが炸裂する。
そしてその夕方。新品の照明が取り付けられ、飲み物棚はまばゆいばかりの明るさに包まれていた。
(お前…新入りか…)
新しい照明くんが輝きながら答えた。
(うん、よろしく。今日から俺がこの棚を照らすよ)
(…あの客が立ち止まってくれたのも、俺が光ってたからだぜ)
(あの子がレモンティーを手に取ったのも、俺のひと押しがあったからさ)
(うん、引き継ぐよ。ありがとう先輩)
照明くんの声はもう聞こえない。
けれど、棚のドリンクたちは、どこか誇らしげに並んでいた。
夏美は、ペットボトルのラベルをそっと直しながら、心の中でつぶやいた。
「ごめんね。…そして、ありがとう」
照明の光は、今日も静かに、そして温かく、店を照らしていた。
気づかれない存在にも、ちゃんと役目と想いがある。
夏美の妄想が、またひとつ、見えない誰かの「頑張り」に光を当てました。
コンビニの棚を照らす照明くんにも、今日もお疲れさまを。