ガラスくんは、そこにいる
朝、コンビニのバイトへ向かう夏美。
昨夜ちょっと夜更かししたせいで、頭がまだぼーっとしている。
「ふあぁ〜、眠いなぁ……」
あくびをしながら、無意識に店舗の入り口へ。
ドンッ!!
「いたっ……!」
おでこを押さえる夏美。ぶつかったのは、ピカピカの窓ガラス。
「あれ……? 自動ドア、横だった……。アッホだな〜私……」
ちょっと恥ずかしくなってキョロキョロまわりを見ると、誰にも見られていなかった。
ホッとした瞬間、夏美の妄想スイッチがオンになる。
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毎日、同じ場所に立ってる。ただのガラス。だけど、ここじゃちょっとした存在なんだ。
朝、まだ陽が完全に昇る前、冷たい風を受けながら店長さんがやってくる。
「さて…今日もキレイにしとかないとな」って。
お決まりのスプレー、キュッと一拭き。それから雑巾でゴシゴシ。
…ちょっと力入りすぎて痛いときもあるけど、
その分、キレイになったときの光の当たり方は気持ちいい。
自分でも「どうだ、ピカピカだろ」って言いたくなる。
お客さんが近づいてきたときに、ふと足を止める瞬間がある。
それが俺の見せどころ。
「お、この店、なんか清潔そう」――そう思わせるのが、俺の仕事。
でもね、悲しいこともある。
強い風の日、落ち葉がバサッとへばりつくと、誰も俺を見てくれない。
子どもが手のひらでベタッと触っていった跡も、しばらく消えない。
酔っ払いのおじさんが寄りかかって、鼻息で曇らせて帰っていった夜もある。
だけど、俺は動じない。
だって俺は、ここに立ってるだけでいい。
いつもと変わらない朝を、昼を、夜を、このガラス越しに見つめるだけで。
時々、常連の女の子が反射を見て髪を直していったり、
男の子がふざけて変な顔をして帰ったり――
俺は全部、知ってるんだよ。
あ、さっきの子。
おでこ、ちょっと赤くなってたけど、大丈夫かな。
急いでたのかな、それとも、眠かったのかな。
俺が透明すぎるのが悪かったのかもしれない。ちょっと…ごめんな。
でも、ぶつかったあとに、笑ってたよね。
その笑顔が、少しだけ映った気がして、なんだかうれしかった。
俺は言葉を持たないガラスだけど――
「いってらっしゃい」も「おかえりなさい」も、全部この透き通った顔に込めてる。
今日もここで、誰かの一日を、静かに映していく。
ガラスの向こうには、朝の光と通りを歩く人たち。
配達員さん、小学生、犬の散歩をするおじいさん。
今日も、世界は動いている。
そして――
「夏美ちゃーん、開店準備お願いねー!」
現実に引き戻された夏美は、少し照れくさく笑った。
「はーい!」
ガラスくんのことは、見てるよ。
だって今日も、誰よりも早く「おはよう」をくれたんだから。
誰にも気づかれず、何も言わず、そこに“いる”だけの存在にも、ちゃんと誇りがあるのかもしれません。
夏美がぶつかったガラスには、今日も変わらぬ静かな役目がありました。




