お姫さまのネックレス
ピッ。
「牛乳ひとつ、ビスケットひとつで…218円になります」
夏美がレジを打ちながら顔を上げると、小さな女の子がこちらをじっと見ていた。
2〜3歳くらいかな。お母さんの横にぴったりくっついて、ビスケットを大事そうに抱えてる。
その首元に、キラキラと光るネックレス。
ピンクや水色、黄色に紫の小さなビーズが、あずき粒くらいの大きさで並んでいる。
…かわいい。おもちゃだと思うけど、とっても似合ってる。
「かわいいネックレスですね〜。おしゃれさんだね」
夏美が思わず声をかけると、女の子はちょっとはにかんで、うれしそうに頷いた。
(お姫さまだな、これは…)
そのとき、夏美の妄想スイッチがカチッと入った。
私はオシャレなネックレス。
キラキラのビーズがたくさん並んだ、ちょっぴり特別なネックレス。
ある日、小さな女の子が私を見つけて、「これ、ほしい!」って言ってくれたの。
そのときから、私はこの子のもの。
お出かけのときは必ず「ネックレス、つけなきゃ!」って忘れずに連れていってくれる。
私を首にかけた瞬間、この子の背筋はしゃんと伸びて、ふわっと笑顔になる。
そう、それが私の魔法。
この子を、ただの女の子からお姫さまに変える魔法。
公園で泥だらけになっても、
お母さんに怒られて泣いちゃっても、
私がそばにいれば、きっと大丈夫。
私のビーズには、元気になるパワーがあるのよ。
ピンクは「やさしさ」、水色は「勇気」、黄色は「笑顔」、紫は「夢見る力」——
それぞれの色が、この子を守ってくれるように、そっと光るの。
今日のお出かけは、コンビニ。
牛乳と、私のお気に入り——丸いビスケット。
レジのお姉さんが声をかけてくれたとき、この子は胸を張って、にっこり笑った。
ふふん、やっぱり今日もお姫さま。
私はこの子の胸元で、ちいさくゆれて、そっと、キラリと光る。
「ありがとうございました〜!」
女の子がビスケットを握りしめて、お母さんと手をつないで帰っていく。
ちょこちょこ歩く後ろ姿。ネックレスが、ゆらりと揺れて光った。
(お姫さま、またね)
夏美はレジ横の棚を整えながら、ちょっとだけほほえんだ。
今日も、ちょっぴりいい気分。
小さなネックレスに込められた、たったひとつの魔法。
それは、「じぶんって、かわいいかも」と思える気持ち。
夏美の妄想は、今日もやさしく、胸の奥をふわりとあたためてくれました。