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ベース⚾ガール!!~HIGHER~  作者: ドラらん
第七章 また、始まる
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90th BASE

お読みいただきありがとうございます。


中々梅雨が明けませんね。

暑過ぎるのも嫌ですが、こうも雨ばかりなのはもっと嫌です。

因みにベスガルの世界では少し前に梅雨は明けています。


《五番ライト、樋口さん》


 改めて樋口の名前がコールされ、彼女が打席でバットを構える。真裕はロジンバックを指先に少量付けて投球の準備を整えつつ、心の中で自分に檄を飛ばす。


(三振を取りにいくか……。去年の私では中々考えられなかったことだと思う。それだけ成長したってことかな。けどいくら成長したからって、それを勝負所で出せなきゃ意味が無い。もう投げミスはしない。翼ちゃんを還さずに二つのアウトを取りきるんだ)


 三振を取りたいとなれば、自ずと決め球はスライダーになるだろう。その前の追い込むまでをどう組み立てるか。真裕の投球だけでなく、優築のリードにも注目だ。


(伊予坂打線は全体的に真っ直ぐに合ってない。真裕はまだ疲れていないし、零原の時と同じ攻めでも押し込めると思う。とにかくどれだけスムーズに追い込めるか。追い込みさえすればスライダーがある)


 一球目、優築は直球を要求し、インコースに構えた。真裕の投げた一球は樋口の胸元を通過。樋口はタイミングが遅れてバットを出せない。まずはストライクが一つ先行する。


(真っ直ぐは相変らず速いな。変化球の方が翼の時みたいな失投が来る確率が高いかも)


 樋口は緩い球に狙いを定める。しかし優築にはすぐに見抜かれていた。


(初球であれだけ始動が間に合ってなかったのに、重心は後ろ足に残ったまま。これはもう、速い球を捨ててるってことなのかも。一球際どいコースで反応を探るか)


 二球目は外角低め、ボール一個分外したところへのストレート。樋口はこれも差し込まれ気味の姿勢で見送る。


(やっぱり変化球を待っている。ならツーストライク目は確実に貰える)

(そろそろカーブくらい挟んでくるんじゃないかな? それを狙い撃つ!)


 残念ながら樋口の当ては大外れ。三球目は真ん中低めに直球が来た。


(え、また真っ直ぐ?)


 樋口はびっくりしたように背筋を伸ばす。もちろんバットを振ることはできない。あっさりと追い込まれた。


(参ったね。三球ともストレートなんて思わないよ。というかことはまさか、次はスライダーが来る? 厳しいなあ……)


 絵に描いたように亀ヶ崎バッテリーの術中に嵌っている樋口。はっきり言わせてもらうと、全く打てそうにない。周りで見ていた者にもその雰囲気は伝わっていた。


(やる気が空回っているのか、舞い上がって自分を見失っているのか分からないけど、こんな状態なら相手にならない。次の一球でさっさと三振に取っちゃいましょう)

(はい。……私がやるべきことは、優築さんのミットに投げ込むことだけ。そうすればきっと空振りさせられる)


 優築と真裕は一切悩むことなくサインを決める。どう考えてもスライダーだが、今の樋口には分かっていても対応できないだろう。


(真裕さんたちは間違いなくスライダーで空振りさせにくる。樋口さんには何とか見極めてほしいけど、きっと引っかかってしまうんやろうな。どうにかできないものか……)


 三塁ランナーの翼は口を真一文字に結び、良い策は無いか思案する。すると突然閃いた。


(……あ、それならこの手があるけん!)


 翼は本塁に目をやる。それからデータ収集のために視聴していたビデオを何度も脳内で再生させる。


(いけるかいけないかは五分五分。……いや、五割もあるわけないか。イメージ通りになっても失敗する可能性の方が高いかもしれん。それでも挑戦する価値はあると思う。寧ろここでやらんでいつやるけん)


 何やら翼には秘策があるみたいだ。ただ彼女の他にそれを知る者はいない。


 そして迎えた四球目。真裕がセットポジションから投球モーションを起こす。彼女は指先で切るようにしてボールを放った。


 それと同時に翼は大きく二次リードを取る。なんと塁間の半分まで出てきた。もしも捕手からのリターンがあれば刺されてしまうぞ。


 真裕の投じたスライダーは、ストライクゾーンからボールゾーンへと逃げていく。大方の予想通り樋口は空振りを喫してしまった。投球は翼の時と同じく、ホームベースの奥でワンバウンドする。


(今だ!)


 刹那、翼は勢い良く走り出し、本塁突入を敢行する。ボールは優築がプロテクターに当てて止めるも、ベースの前へ大きく弾かれる。


「ランナー行った!」

「え? そんな無茶な……」


 優築は急いでボールを拾う。その後ろでは翼が懸命に両腕を伸ばし、頭から突っ込んできた。優築は振り向き様にタッチを試みる。彼女のミットと翼の手が、ベース上で荒々しく交わった。


「翼!」

「優築さん!」


 真裕や勢登香を始め、両チームの選手全員が息を呑んで判定を待つ。グラウンドは胸の詰まるような静寂に包まれた。


 アウトかセーフか。球審は興奮を抑えるかのように大きく目を見開き、深い鼻息を鳴らしてから宣告する。


「セーフ、セーフ!」

「しゃあ!」


 翼の咆哮が天高く響く。まさかのディレードホームスチールが成功し、伊予坂が同点に追い付いた。


「ええ……。そんなのあり?」


 真裕は驚き呆れた苦笑いを浮かべる。信じられないような翼の奇想天外なプレー。しかし彼女には勝算があった。


(映像で確認した限り、真裕さんが空振りを奪ったスライダーは八割がワンバウンドになる。そしてそのワンバウンドを、桐生さんは一〇〇%キャッチしにいかない。下手に捕りにいけば後ろに逸らす可能性が高くなるし、投手としては体を使って止めてもらった方が安心やからね。私はその“堅実さ”に付け入る隙を見つけたんよ)


 優築は真裕から絶大な信頼を置かれている。彼女は絶対に無理な捕り方、お粗末な止め方をしない。要するに丁寧で確実なプレーをしてくれるからである。だが翼はそれを逆に利用したのだ。


(……といっても、ほぼ賭けやった。優築さんだって咄嗟にどんな動きをするか分からんし、タイミングも少しでもこっちが遅ければアウトやった。けど結果的にはセーフやけん、私の勝ちやね)


 翼は何度もガッツポーズをしながらベンチに帰還し、仲間と喜びを分かち合う。試合は振り出しに戻った。勝利の女神はどちらに微笑むのか、まだまだ分からない。



See you next base……


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