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ベース⚾ガール!!~HIGHER~  作者: ドラらん
第四章 嫌いです
41/223

40th BASE

お読みいただきありがとうございます。


今回から新章に入ります。

タイトルが不穏です。

内容は……。

「うう……、寒っ……」


 浜静との練習試合が終わった途端、それまでの初夏の陽気が嘘であったかのように冷たい風が吹き出した。防寒できる服を用意していなかった私は、解散後紗愛蘭ちゃんたちと部室に籠って凍えている。


「何でいきなりこんなに寒くなるの……。風止まないかな」

「暫くは無理っぽいね。もう少し待つか、我慢して帰るしかないよ」


 そう紗愛蘭ちゃんに言われ、私は苦虫を噛み潰したような顔をする。時刻は午後四時半過ぎ。家に着く時間を考えると五時には学校を出たいところだが、この寒さで外に出たら冗談抜きで風邪を引いてしまいそうだ。


「あれ? そういえば春歌ちゃんは?」


 ふと春歌ちゃんがいないことに気が付く。気になって外を確認してみると、何十メートルか先に上着も羽織らずに合服姿で歩いている春歌ちゃんの姿が見えた。


「春歌ちゃん、ちょっと待って!」


 私は慌てて春歌ちゃんを呼び止める。吹き荒れる冷たい風が顔を突き刺し、痛みでしっかりと目を開けられない。とりあえず、春歌ちゃんが私の声に反応して立ち止まったことだけは分かった。


「何ですか?」

「この寒い中帰るの? 風邪引いちゃうよ」

「別に。これくらい大丈夫ですよ」


 強がる春歌ちゃんだが、彼女の体は明らかに震えている。今日は疲れも溜まっているだろうし、先輩としてはこのまま帰らせるわけにはいかない。


「いやいや、大丈夫じゃないって。早く帰って休みたい気持ちも分かるけど、もう少し風が止むのを待った方が良いよ。ここで立ってるだけでも寒いし、一旦部室に戻ろう」

「良いって言ってるじゃないですか。そんなに心配しないでください。それに私が戻っても、雰囲気が悪くなるだけでしょ」


 春歌ちゃんは卑屈な笑いを浮かべて言う。確かに今日の試合の出来を考えればそう思いたくなる気持ちも分からないでもないが、そこまで自嘲的になる必要は無い。


「そんなことないって。皆あれくらいで春歌ちゃんを除け者にすることなんてしないよ。サインを無視したことも優築さんは怒ってなかったし、こういう時こそきちんと話し合って意見交換しよう。そうすればきっと次は上手くいくよ」


 私は必死に春歌ちゃんを元気づけようとする。だが春歌ちゃんの表情が変わることはない。挙句(あげく)私の話を聞き終えた彼女は、やさぐれたように後頭部を掻き、大きな溜息をつく。


「はあ……。めんどくさ……」

「え?」

「真裕さんって、やってできないとことはないと思ってるタイプの人間ですよね。才能ある人はほんとにお気楽で良いなあ」

「ど、どうしたの急に? 私だってやってできないことはあるよ。何が言いたいのかさっぱり分かんないよ」

「あー、気にしないでください。端から分かってもらおうだなんて思っていないんで」


 何の希望も持たず、何もかも諦観した物言いだった。そして矢継ぎ早に春歌ちゃんの口から零れた一言によって、私は脳天をかち割られたような衝撃を受ける。


「……前々から思ってたんですけど、私、真裕先輩のこと嫌いなんだと思います」

「へ? ……え、えっと、それはどういうことかな?」


 それまで感じていた寒さが吹き飛び、もっと痛くて重い、別の種類の悪寒が私の身体を包む。私はショックを隠しつつ、悪いジョークだと自らに言い聞かせながら春歌ちゃんに尋ねたが、望んだ返答が来るはずはなかった。


「そのまんまですよ。前々からっていうか、正直出会った時から真裕先輩とは合わないんだろうなって思ってました。それがこの前の男子野球部の試合や今日を通じて、はっきりと嫌いって感情なんだって分かったんです」

「で、でも私といる時はあんなに楽しそうな顔をしてくれてるじゃん」

「そんなの外面だけですよ。よくあるじゃないですか。流れに合わせて笑うなんて」


 春歌ちゃんはさぞ当たり前かのように淡々と語る。今までの可愛らしい姿は作り物。しかも私のことを嫌いだと思っていただなんて。これまで感じてきた時めきの全てが脆くも崩れ去り、私は顔面蒼白になる。


「あ、そんな気に病まないでください。別に真裕先輩が悪いわけじゃないので。誰にだって合う合わないはありますし、皆が皆を好きになれるわけじゃないですから」

「そ、そんな……」

「ということで今日は帰ります。まあ険悪な雰囲気になるのは私も嫌なので、これからは見かけだけでも仲良くやっていきましょう」


 左肩から下がってきた鞄を背負い直し、春歌ちゃんは振り返って歩を進めようとする。私は再び足止めする気力は湧かず、肩を落として立ち尽くす。春歌ちゃんが去った後、冷たい風は徐々に静かになっていった。



 

 翌日は朝から通常練習。私は気分が上がらなかったが、京子ちゃんと共に学校に向かう。今日は京子ちゃんも元気が無かったということもあり、ほとんど会話が弾まなかった。


 学校に到着した私たちは、ユニフォームに着替えようと部室に入る。すると何とタイミングの悪いことか、玄関前で着替え終えた春歌ちゃんとばったり遭遇する。


「春歌ちゃん……。お、おはよう」


 私は昨日の件を気に留めないように振る舞いつつ、春歌ちゃんに笑って挨拶をする。ただその口元は引き攣っていることは自分でもすぐに分かった。

 部室の中に気まずい空気が流れかける。ところがそれを振り払うかのように、春歌ちゃんは普段と変わらず満面の笑みを浮かべて挨拶を返す。


「あ、真裕先輩、京子先輩、おはようございます!」


 こんなにもあっけなく、笑顔というものは作れてしまうものなのか。急激に春歌ちゃんへの恐怖が芽生える。


「じゃあ先に行きますね。今日もよろしくお願いします」

「う、うん……」


 春歌ちゃんが私の横をすり抜け、部室を出てグラウンドへと走っていく。心に名状しがたい虚しさが募る中、私は京子ちゃんと着替えることにする。


「昨日の試合で滅多打ちにされたのに、春歌は今日も元気で凄いね。物怖じしないというか。投手としては大事なことなのかな」

「え? ああうん、そうだね……」

「まああれだけ点を取られたのはウチの責任が大きいんだけどね……」


 京子ちゃんは重々しく手を動かしながら言う。彼女は昨日の試合でノーヒットの上、失点に繋がるエラーを犯すなど散々の内容だった。落ち込んでしまうのも無理は無い。私はどうにか励ましの言葉を探す。


「そ、そりゃ長く野球をやっていれば、ああいうことだってあるよ。次で取り返そう」

「分かってる。だからこれからが大事なんだ。天才には一度でも抜かれちゃ駄目だから」


 真っ黒なアンダーシャツに袖を通しながら、鬼気迫る表情になる京子ちゃん。彼女が口にした“天才”とは昴ちゃんのことを指すのは言うまでもない。ここから私と京子ちゃんの二人は、それぞれに近しい後輩に振り回されることになるのであった。



See you next base……


★個人のバッグに関して


 亀ヶ崎の新入生は入部に合わせて部活用のバッグを買い揃えている。どんなバッグにするかは選手間でサンプルを見ながら相談して決めるのだが、ほぼ全員が「容量が大きくてデザインがかっこいいもの」を所望するので、どの世代も大方同じような型が選ばれる。変わってくるのは配色ぐらいで、今の三年生は赤と白、二年生は黒と白、一年生は青と白を基調にしたものがそれぞれ使われている。

 因みに全てのバッグにチームのロゴと個人の名前が刺繍されており、一応どのバッグが誰のものなのかすぐに分かるようになっている。ただし誰かが間違えて他人のバッグを持ち帰ってしまう事件は定期的に起こる。


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