14th BASE
お読みいただきありがとうございます。
昨日は伊勢神宮まで赴き、全日本大学駅伝の模様を間近で見てきました。
駅伝を生で観戦するのは初めてですが、とにかくどのランナーもスピードがあり、走っている姿に迫力を感じました。
また観にいきたいですね。
次は出雲駅伝かな?
祥は初球のサインを覗う。キャッチャーの菜々花はストレートを要求した後、ミットを真ん中に構える。
(祥に真裕みたいなコントロールを求めても仕方が無い。とにかく私のミットを狙って思い切り投げてきて)
打席には五番の橋本が入っていた。祥はセットポジションから右足を上げ、一球目を投じる。
「ストライク」
外角低め付近にストレートが決まった。橋本は様子を見たかったのか、バットをほとんど動かすことなく見逃す。
同じく二球目も祥は真ん中に向かって左腕を振る。投球はやや内寄りのコースへ行った。橋本は打って出るも、球威に押されて詰まらされる。
「セカン」
「オーライ」
平凡なセカンドゴロ。最初の打者から難なくアウトを取り、祥はほんの少しだけ安堵の表情を浮かべる。
(とりあえず良かった。ここから更に気を引き締めていこう)
続いて打席に立つのは代打の太川。祥が苦手としている左打者である。彼女は以前から左打者への投球に不安を抱えており、イップスに陥った原因も左打者に死球を与えたこと大きく関わっていた。
(左バッターが相手だからってやることは変わらない。練習通りに投げるだけだ)
祥は太川への初球を投じる。低めにストレートが外れた。
「オッケーオッケー。良い球来てるよ」
菜々花は祥に一声掛けてから返球する。ボ―ルになったとはいえ、威力はまずまず。しっかりと腕が振れている証拠だ。
二球目は外角の直球がストライクとなる。非常に厳しいコースを突いており、太川は打ちにいくのを躊躇した。
三球目。再び祥はストレートをアウトコースに投げる。前の球に比べてやや甘くなっており、太川はバットの芯で打ち返す。
「あっ……」
低いライナーが祥の横を越え、二遊間に飛んでいく。ショートの京子は懸命に左手を伸ばし、ダイビングキャッチを試みる。
「抜かせるもんか!」
打球はグラブの中に収まった。京子は腹を叩きつけるようにして地面に落ちたが、決してボールは離さない。
「アウト」
「ナ、ナイスプレー。ありがとう京子」
「えへへ、そっちもナイスピッチ」
咄嗟に振り返って打球の行方を見届けていた祥は、ほっと胸を撫で下ろして京子と笑みを交わす。その背後には、マスクを取って何かに感心した様子で頷く菜々花の姿があった。
(今のは一見京子に救われたように見えるけど、そうじゃない。祥がちゃんと腕を振って投げ切ったから、京子が追い付けるくらいの打球になったんだ。祥と京子、二人で取ったアウトだよ。ナイスピッチング!)
良い当たりこそ打たれたものの、祥は課題の左打者を抑えた。これで二つ目のアウトが灯り、七番の白石が右打席に入る。その初球、菜々花はカーブのサインを出す。
(ランナーを出さずにツーアウトまで来られた。余裕もあることだし、少しずつ他の球種も試していかないとね)
(カーブか。ちょっと不安だけど、変化球を投げられなきゃほんとの試合では通用しないもんね)
祥は一度強く瞬きをしてから、首を縦に振る。菜々花のミットの位置は真ん中やや低め。祥はストレートの時と意識を変えず、ミット一点を目掛けて左腕を振る。
投球は若干外寄りになったが、ストライクゾーンを通って落ちていく。白石は思わずスイングしてしまい、バットは空を切る。
(やった。空振りさせられた)
(うん。ナイスボールだったよ。この調子でもう一球行ってみようか)
バッテリーはカーブを続ける。しかし今度は低すぎてワンバウンドとなり、菜々花がプロテクターに当てて前に落とす。これには白石もほとんど反応しなかった。
「良いよ祥。どんどん低めに投げてきて。ワンバンしても私が必ず止めるからさ」
「わ、分かった」
カウントはワンボールワンストライク。ボ―ル先行にさせないためにも、次でストライクが取りたい。菜々花は球種をストレートに切り替える。
「ボ―ルツー」
三球目。祥は外角低めの際どいコースに投げたが、球審にはボールと判定される。投手不利のカウントを作ってしまった。祥の中に後ろ向きな気持ちが顕れ始める。
(う……。まずい、フォアボールは出しちゃ駄目だ)
(カウントを悪くすると投手はどうしてもナーバスになる。中でも祥はその傾向が強い。これもイップスの影響なんだろうな。でも心配は要らないよ。大事なのはここから。いつもの練習だと思って盛り返そう)
菜々花は握った拳を見せ、祥に強い心を持っていけと鼓舞する。ブルペンでもこうした状況を打破する練習はしてきている。ならば試合でもできるはずだ。
(そうだ。ずっと練習してきたじゃないか。大丈夫、自分を信じろ)
祥は弱気を払い除けてセットポジションに入る。その後じっくり間を取ってから投球動作を起こし、白石への四球目を投じる。
「ストライクツー」
内角に直球が決まった。ツーボールツーストライクと持ち直し、白石を追い込む。
「ナイスボール! さあ次で仕留めるよ」
「おう!」
曇りかがっていた祥の顔に晴れ間が差す。菜々花への受け答えも心なしか明るくなった。
この一球で勝負あり。最後は外角のボール気味の直球を白石が強引に打ち、サードゴロに倒れる。結果的に祥は三人で男子野球部の攻撃を退けた。
「おっしゃ! ナイスピッチだったよ。練習の成果が出せたね」
「うん。菜々花が引っ張ってくれたおかげだよ。ありがとう」
ベンチへと引き揚げる途中で、祥は菜々花とグラブを重ね合わせる。昨年の夏から投手を始めたことを考えれば、今はこうしてストライクを投げ込むことができれば十分であろう。これから夏の大会までの間に場数を踏むことで、徐々に上の段階へと登っていければ良いのだ。
焦る必要など全くない。祥にだって、投手として躍動できる素質は紛う方無く秘められている。何故ならばどれだけ辛くてもマウンドに立ち続けんとする強靭な意思は、それだけで最高の才能なのだから。
See you next base……
PLAYERFILE.10:北本菜々花(きたもと・ななか)
学年:高校二年生
誕生日:6/7
投/打:右/右
守備位置:捕手
身長/体重:156/54
好きな食べ物:串カツ、焼き鳥




