15th BASE
お読みいただきありがとうございます。
11月になって随分と夜の気温も下がり、就寝時は抱き枕が欠かせなくなっております。
あのふわふわもこもこした感じが堪らなく暖かくて心地良いのです。
七回裏の女子野球部は三人で攻撃を終える。女子野球は七回制なので本来ならここでゲームセットだが、今回は男子野球部に合わせて九回まで行われる。
八回の表、女子野球部はショートに昴、ライトに栄輝、そしてマウンドには祥に代わって春歌を送る。期待のルーキーの登場だ。
「行くぞ春歌。準備は良いか?」
「はい監督、バッチリです!」
ベンチを出る前に隆浯から状態を尋ねられ、春歌は笑顔を弾けさせて答える。先ほどクールダウンを終えたばかりの真裕も、先輩として声を掛ける。
「いよいよ出番だね。さあ春歌ちゃん、結果は気にせず、自分らしさを全面に出して暴れ回ってきなよ!」
「分かりました。頑張ります!」
「良い返事だ。よし、行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
真裕に背中を押され、春歌は全力疾走でマウンドへ向かう。その足取りは傍からだと浮かれているようにも見えるが、本人としては過度な高揚感は抱いておらず、内心は割り方落ち着いていた。
マウンドに登った春歌は、プレートの横に置かれたボールを右手で拾い、暫し見つめる。硬球は赤い糸の縫い目があるため指を掛けやすく、軟球よりも球速も変化量も増す傾向にある。実際に彼女も中学生の頃と比べ、少しだけだが投げる球の質が向上した。
(高校に入っての初登板。気合も入るし、緊張もするけど、自分の投球スタイルを見失ってはいけない。……そうだよ。中学でもやっていたように、いつもの私のピッチングをすれば良いんだ)
そう自らを諭し、春歌は投球練習を開始する。直球のスピードは普段と大差は無く、変化球もほぼ思ったように投げられた。
「八回、盛り上げていこう!」
「おー!」
菜々花の叫びがグラウンドに木霊し、八回表が始まる。春歌の最初の相手は右打者の岡部。この回の先頭に代打として告げられた。
(春歌はコントロール重視のピッチャー。こういうタイプには初めからコースを決めて投げさせた方がリズムに乗れるはず。おそらくこれまでもそうやってきただろうしね)
菜々花はストレートのサインを出し、ミットを外角低めに構える。これが第一球目ということを考えると相当なプレッシャーを与えてしまいそうだが、春歌は寧ろ粋な計らいに感じていた。
(のっけから際どいコースを要求してきますね。それくらいはできるだろってことですか。良いでしょう。ぴったり投げてやります)
春歌がノーワインドアップポジションからモーションに入る。臍の前にある緑色のグラブを小さく上下させてタイミングを取りつつ、硬さの無い慣れた動作から右腕を振り切る。菜々花のミットをほとんど動かすことなく、直球がアウトローに決まった。
「ストライク」
「うおっ、まじか。やるねえ」
捕球した菜々花は驚きながら白い歯を溢す。春歌はいきなり自慢の制球力を見せつける。
(まあこれくらいどうってことないですけどね。さて、次はどうしますか?)
(せっかくだし、もう一球同じコースに投げてもらおうかな)
(分かりました)
春歌が二球目を投じる。今度は若干狙いよりも外れたが、ストライクゾーンには入っている。岡部は打って出た。
「ファール」
高く上がった飛球がライト線から大きく外に逸れていく。春歌はあっという間にツーストライクを取る。
(良いじゃん。二球で追い込めた。ならちょっと変化球も試してみますか)
三球目、菜々花はアウトコースのカットボールを投げさせようとする。ストレートと錯覚させ、空振り若しくはバットの芯を外そうという思惑だ。ところが、春歌は首を横に振ってこれを拒否した。
(え、カットボールは嫌なのか。それとも三球連続で外角は投げたくないのかな。だったらこれでどう?)
菜々花はサインを変え、低めのツーシームを要求する。こちらは意に適ったのか、春歌はすぐに頷いて投球に移る。
春歌の投げたツーシームはやや真ん中よりもインコース寄りに進み、そこから打者の方向に曲がっていく。打ちいっていた岡部は背中を引いて避けつつ、何とかバットを止めた。
「ボ―ル」
「おお、こわっ……」
岡部が恐怖心を露わにする傍ら、春歌は気にする素振りすら見せず菜々花からの返球を捕る。まるでこうなることを計算に入れて投げていたかのようだ。
(私のミットは低めにあったのに、春歌の投球は内角に入ってきた。単純なコントロールミスなのかな。まあこれはこれで効果があるだろうし、次こそはカットで打ち取るよ)
菜々花は三球目の最初と同じサインを出す。春歌も今度は首を縦に動かした。
ワンボールツーストライクからの四球目。春歌はアウトコースにカットボールを投げる。ストレートだと思ってスイングした岡部は小さく横に曲がる変化に付いていけず、バットが空を切る。
「バッターアウト」
「おし」
春歌は岡部を三振に仕留めた。空振りの瞬間を見届けた彼女は微妙に口角を持ち上げて後ろを振り返り、内野がボール回しをしている間にロジンバックを触る。
(これだ。これが私のピッチングなんだ)
見事に最初の打者からアウトを奪い、手応えを感じる春歌。真裕もベンチから彼女を称える。
「ナイスピッチ! 良い球行ってるよ!」
「ありがとうございます」
春歌は真裕の言葉に軽く会釈をして応答し、次の打者と対峙する。打順は九番。男子野球部は再度代打策を講じ、左打者の中山が打席に向かう。
(春歌ぐらいのピッチャーなら相手が左でもどうってことはない。まずは基本に沿って外角低めから入ろう)
菜々花のサインに従い、春歌が初球を投げる。アウトローへのストレート。中山はバットを振ることなく見逃す。
「ストライク」
二球目。バッテリーは同じ球種を続ける。だがボール一つ分外側に外れた。
(ボ―ルにはなったけど悪くなかったよ。次はカーブで緩急を使って、ストライクを稼ぎにいこう)
(分かりました)
三球目。春歌はカーブを真ん中低めに投げ込む。中山はバットを出すもタイミングを合わせられず、空振りを喫する。
「オッケー! ナイスボール」
これでバッテリーはツーストライクを取った。最後の仕上げはどうするのか。
(速い球で内を突くのもありだけど、打者の反応を見る限り外一本で行った方が良さそう。手元で少し動かして引っ掛けさせてやろう)
(うーん……。さっきからアウトコースばっかり。違う。そうじゃないんですよ)
菜々花は勝負球に外角のツーシームを選択した。だがまたもや春歌はサインを嫌う。
(おお? ここもインコースに投げたいってこと? そんなに言うなら投げさせてあげるか。せっかくだし直球でズバッと行くよ)
(そう。それです。それが欲しいんですよ)
サインが決まった。四球目、春歌は中山の胸元を目掛けてストレートを投じる。しかし力んだのかシュート回転が掛かってしまい、ボールは真ん中高めに入っていく。中山は力負けしないよう上から叩くようなスイングで打ち返した。
「ライト!」
低く打ち上がった打球がセカンドの頭上を越えていく。ライトの栄輝が前進してくるも、ボールは彼女の前に落ちた。打った中山は一塁でストップする。
春歌は初めての被安打を浴びた。先頭打者を打ち取る順調な出だしだったが、このヒットをきっかけに暗雲が立ち込める。
See you next base……
春歌’s DATA
ストレート(最高球速108km:常時球速100~105km)
ツーシーム(球速95km~100km)
カーブ(球速90~95km)
カットボール(球速100km~105km)
チェンジアップ(球速88km~93km)




