16.爆発と静寂
『注水完了!…外扉解放よし!』
「3、4番管、発射してください!」
“ドシュッ!”
2本の魚雷が海中へと放たれる。ほどなくソナーを全開にし、目標の探知を始める魚雷。
…が、
“ピー、ピー…”
存在しないはずの音紋データを入れられた魚雷は、目標を発見できるはずがない。プログラムに従い、蛇行する魚雷たち。
“シャアアア…”
その間に、「つきしお」を正面に捉え真っ直ぐ突進してくる魚雷。その音は「つきしお」にとって恐怖でしかなかった。
『距離…700!…650!…600!』
三滝が距離を報告するごとに、声が高くなっていく。
「機関もっと出してぇ~!速くぅ~!」
三咲など手を合わせ、必死に願っているようだ。他のクルーの中にも、手を合わせている者が見えた。
唯一、優希だけが真顔だった。無表情な顔、冷静な顔にも見えた。
「あと10秒…。梓さん、全員に対ショック姿勢をとらせてくれ。」
「え?…あ、うん。」
チャートテーブルにうつむいている梓に向かい、静かな声でそう告げた。
「総員、対ショック姿勢をとってください。」
正直、自分でもびっくりするぐらい冷静な声が出た。ひょっとして、自分自身が諦めてしまったのだろうか。この魚雷は「つきしお」に当たる、もう助からないんだと。…あ、もしかしたら優希さんの冷静さは、死ぬ前のケジメなのかもしれない。
「あと3秒…。」
弾着まで後3秒…。グッと身構える梓。
わずか3秒が長かった。死ぬ前の時間って、こんなに長いんだね…。
“ズズウン!”
海中に重苦しい爆発音が響いた。バッと生じる大量の気泡。
だが、それを作りだしたのは…。
“ドオオ…”
優希の判断、「つきしお」自身の放った短魚雷2本だった。プログラム通り探知を続け、プログラム通りに蛇行し、そしてプログラム通りに航走距離1000メートルで自爆した。
“シャアアア…”
その爆発に突進していく、これまた2本の獰猛な魚たち。ところが、爆発の圧力にその体は耐え切ることが出来なかった。
“グワッ!”
“ドオン!”
炸裂する弾頭。粉々に吹っ飛んだ魚雷たちは、その役目を果たすことができなかった。
「…。」
「…。」
静まり返った、「つきしお」のCIC。爆発の後の静寂が包み込む。
「機関停止。アップトリム5度。深度を50に変更。」
優希の抑揚なき声が響いた。
「…三咲さん、機関停止だ。」
「…え?あ…、機関停止…。」
思い出したかのように、操作を始める三咲。
「潜舵、アップトリム5度。」
「…あ、はい。潜舵アップトリム5度。」
海士たちも、ようやく我に返ったかのように動き始める。つい数秒前まで恐怖に怯えていた反動だ。
「う…?」
梓もノロノロと顔を上げた。ゆっくりと電話をとる。
「…全員、無事ですか?損傷箇所の確認をお願いします。」
小さめの声を吹き込んだ。大声を出したわけでもないのに、なぜか声が出なかった。
『こちら魚雷発射管室、異常ありません。』
『艦首ソナーに異常ありません。』
『こちら機械室、電動機室に浸水中です。…あ、小規模なんで、すぐ止めます。』
入谷の妙に明るい声に、損傷報告ながらもホッとする梓。
「はあぁ…。」
ドッと背もたれに倒れ掛かる三咲。
「助かったあ~…。」
「当たり前だ。あんな程度で沈めるものか。」
優希の冷たい声。今だけは、その自信たっぷりの声がありがたい。
「さすがにすぐ後ろで爆発されたら、無傷じゃ済まないか…。」
まるで回避できると確信していたような優希の口調。一体、何を…?
「…心配かけたな、梓さん。」
「え?ううん、おかげで助かったんだから。ありがとう。」
「その場しのぎの方法だったが、なんとかな。」
優希の顔に、ほんのわずかだが笑顔が見えた気がした。
「…なんだ、どうした?」
「あ、ううん。なんでもないの。」
ホッとする梓。優希の笑顔を見たのは、これが初めてのような気がしたからだ。
“ドボボボ…”
『後方より注水音!距離2500!』
CICにこだまする、三滝の報告。
今、チャートテーブルを前に四人が集まっているところであった。最終探知地点を確認し、動きを考えていたのだが…。
「やはり…、猶予をくれませんね。」
理沙が厳しい顔つきで言う。
「もう撃ってくるのかな?次は避けられるの?」
三咲も不安そうな顔だ。
「いや、まだこちらを完全には捉えていない。」
優希の冷静かつ抑揚のない声。が、眼光は鋭かった。
「おそらく、こっちが動くのを待っているんだと思う。…もう一回連携攻撃を仕掛けるためにね。」
梓が判断を下す。横に視線を移すと、優希が頷いた。
『後方の潜水艦、機関を始動しました!タンクのブロー音も聞こえます!…外扉の解放音がしました!』
落ち着いて…。梓は自分にそう言い聞かせる。
「各個撃破しなきゃね。」
「そうなると、順番が重要となるが…。」
チャートの上で指を滑らせ、前方の潜水艦を指した優希。
「私の推測であるが、最初の動きからしてこちらの艦は技量が低めだと考える。…もちろん、私たちよりは当然上だろうが。」
「じゃあこっちから対処する?」
三咲の言葉に、首を縦に振る。
「強い方からが本来の鉄則だが、今は数を減らす方がいい。」
「しかしどうすれば…?」
「一つ考えがある。」
そう言って、全員へ説明を入れる優希。
チャートテーブルの上で、全員が身を寄せ合った。
暗く、光が届かぬ深海。
そこに潜む、3頭の鉄鯨たち。獰猛で、狡猾な3頭…。
「…いけそうですね。」
説明を聞いていた理沙。顔を上げ、賛成の意を見せた。
「推測の塊だがな。進める内に、修正は必要だろうが…。」
「やってみないとわからないじゃん♪成せば成る、何ごともだよっ。」
三咲の元気な姿。さっきの緊張感はどこへやらだ。
『後方の潜水艦、まもなく2000メートルに接近します!』
「…行くよ。動かなきゃ、始まらない。」
梓が顔を上げる。三人が同時に頷いた。
「機関始動!前進半速!」
三咲が第一声を発する。理沙は扉を開け、魚雷室へと戻っていった。
「機関始動します!半ー速。」
「三滝さん、探信音波の用意をお願いします。」
『了解しました。隅々まで見てやりますよ!』
気持ちに富んだ声。
優希が電話を受け取った。そのまま声を吹き込む。
「魚雷室、1番から4番に長魚雷を装填。すべて有線誘導で雷速最大に設定。」
『わかりました。ただちに装填開始します。』
“ゴウウ…”
ゆっくりと動き出す「つきしお」。その直後だった。
『後方より魚雷発射音!…雷速40ノットで接近中!』
きた…!ここが勝負どころになる!優希から電話を受け取った梓。
“カチッ”
「今です!探信音波を打ってください!」




