15.囮と本命
「メインタンク、ベント開け!」
「メインタンクのベント開けます!」
「潜行開始!」
“バシュウウウ…”
艦体を徐々に沈めていく「つきしお」。三咲の命令がCICで復唱される。
ここからは水上艦は水上艦と、潜水艦である「つきしお」は同じく潜水艦と戦うことになる。水面で分かれる二つの戦い…。
「そのまま深度100まで潜行してください。」
「了~解。ダウントリム3度ー。」
梓の声に三咲の陽気な声が連なった。いよいよだ。
「人を殺めない戦闘…。」
できるだろうか?…いや、やらなければならない。それが私たちの戦い方なのだから。
『ソナーより艦長。水上では本格的に始まったみたいです。全艦が回避運動中!』
三滝の声がCICに響いた。
「わかりました。海中に集中してください。」
『了解です。』
カチャっと電話を切る梓。今、優希とチャートに向き合っている。
「そろそろだな。」
「うん、ここが第一ポイント。海底が600メートルを越えて、深深度がとれる場所なの。」
梓たちの知識では、せいぜいこれぐらいの予想が限界だった。合っているかなど、残念ながら自信が持てないが…。
「理沙さん、準備はいいですか?」
再び電話をとり、声を吹き込む。ワンテンポおいて、理沙の声が返ってきた。
『はい、大丈夫ですよ。』
「今回は忙しくなるかもしれませんが、よろしくお願いします。」
『任せて下さい。これでも水雷長ですよ。』
顔が見えなくてもわかる、理沙の微笑み。ホッと安心し、電話を切る。
「さて…。」
う~ん、と梓が伸びをした。まさにその時、
『ソナーより艦長へ。キャビテーションノイズ探知しました。』
三滝からの報告。
「…。」
「詳細をお願いします。」
無言の優希を気にしつつ、電話に声を吹き込む。
『…方位2-0-0で距離は7000、速度20ノットです。…同深度みたいですね。』
真正面。針路上に立ち塞がる門番のようだ。
「どうしようかな。…魚雷発射管室、短魚」
『待って下さい艦長!…魚雷発射管への注水音!向こうはすでに攻撃準備体勢に移ってます!』
先手を打たれた!焦りが出始める梓。
「わかりました!…魚雷発射管室、デコイを1番管に装填してください!…マスカーの用意を!」
『了解しました。1番管に囮魚雷を装填します。』
“トントン”
優希に肩を叩かれた。
「…2番管に短魚雷を装填。」
「え?」
優希の無表情な顔がそこにあった。
「デコイを撃って逃げるだけダメだ。当てさえしなくても、回避運動を取る隙を作らせることができる。」
さすが優希、先のことを読んでいるのに感心する梓。コクリと頷くと、
「魚雷発射管室へ、2番管に短魚雷を装填してください。」
「パッシブホーミングでいい。音紋はソナーから転送できるはずだ。」
「…誘導方式はパッシブホーミングでお願いします。最大距離6000メートルに設定。」
了解しました、と理沙の声。
『魚雷発射音!…2本来ます、距離6500で雷速40ノット!』
“シャアアア…”
2匹の魚が「つきしお」目がけて突進してくる。
“カチッ”
「…ソナー、ピンは聞こえるか?」
優希が電話をとった。不思議そうな顔で見守る梓。
『…いえ、魚雷の推進音のみです。』
「…。」
なぜだ?と言わんばかりの顔をしている優希。
梓には何が疑問なのかわからなかった。相手がこちらを捕捉し、魚雷を撃ってきた。魚雷から探信音波が聞こえないということは、誘導かパッシブホーミングか…。
「この距離で有線…。いや…。」
『魚雷1番管2番管装填完了しました。…2番管の注水完了です。』
「外扉解放。…発射!」
“バシュッ!”
鉄鯨、「つきしお」の艦首から放たれた魚雷。一本は魚を惑わす為、もう一本は…。
「機関停止。…三滝さん、魚雷はどうなりましたか?」
『魚雷は…。あっと潜水艦、魚雷発射管への注水を確認。…本艦のデコイ、左へ30度ターンしました。…向こうの魚雷2、デコイに喰いつきます。』
次々とくる報告の中で、とりあえず第一弾の回避を確認した梓。
「おそらく装填しているのはデコイだろう。…だが、」
だが?優希の一言が引っかかった。
「優希さん、それはどういうこと?」
「現状ではパッシブで撃つよりも、アクティブホーミングで撃ったほうが確実なはずだ。デコイに惑わされる可能性も少ないし、…そもそもエンジン音を響かせながら、まるでこちらが気づいていないかのような余裕っぷりだ。」
「…。」
ソナーディスプレイには、「つきしお」の放ったデコイに向こうの魚雷のグリップが近づいているのが見えた。一方で、距離を詰めていく1本の短魚雷。
『本艦の短魚雷、航走距離1000メートルを越えました。…潜水艦より魚雷発射音。』
また一つ、グリップが増え…
『…っ!?』
三滝が息を呑む、微かな音。
「えっ!?」
思わず梓も声を漏らした。視線の先はソナーディスプレイ、そこに映っていたのは…、
『後方より魚雷発射音!距離2000、近いですっ!』
「ちっ!」
優希の舌打ちが聞こえた。
「これが答えか…。まさか後ろにいたとは…。」
悔しそうな顔を見せる優希。今までの無表情から一変、目つきが鋭くなっている。
『魚雷接近中!後方1800、雷速…、はっ速い!50ノットですっ!』
「三咲さん、機関始動を!全開で!」
「わかった!…機関全速始動!」
モーターの甲高い音がCICにまで響いた。体が艦尾側へと引っ張られるのが感じられる。
「前の艦を囮に、いつの間に後方から攻撃を仕掛けるなんて…。深深度まで潜るような時間は…。」
あれこれ考える梓。デコイ?…いや、有線誘導ならおしまいだ。マスカー?…いや、もう位置がバレている以上効果は期待できそうにない。
横を見ると、優希が何やら計算している。魚雷の到達時間でも算出しているのだろうか?
「これでいけるか。…艦長、魚雷使うぞ。」
魚雷?と不思議に思いつつ、思わず首を縦に振る梓。
“カチッ”
「理沙さん、短魚雷を3番と4番に装填して欲しい。誘導はパッシブのウェーキホーミングだが、音紋は存在しない艦のものにしてくれ。…ああ、雷速は30ノットで頼む。最大距離1000メートルに設定。」
『存在しない艦…ですか?』
「そうだ、適当な護衛艦のやつでいい。…急いでくれ、魚雷が来る。」
『…わかりました。』
全く理解できなかった。存在しない艦のウェーキホーミングセット?一体、何に向かって魚雷を撃つの?しかも1000メートルって…。
「ソナーより艦長へ。正面の潜水艦はどうなりましたか?」
『…先ほどデコイを放ち、機関を止めたみたいです。本艦の魚雷、デコイへ向かってしまいました。』
気休めの報告を受け取ると、曽於ナーディスプレイに視線を移す。後ろの魚雷との距離は…、わずか1000メートル。
「早くぅ~。」
三咲のうめき声。おそらくCICにいる全員がそんな気持ちなのだろう。
『魚雷装填完了!…注水開始します!』
“ガボボボ…”
水の音が聞こえた。




